出会い
「目が覚めたか、我が主」
目を覚ました俺の目の前に、なぜか銀髪の美人が立っていた。
そんな意味不明な状況だったが、しかしそうとしか表現しようがない。
「……え?」
「早速で申し訳ないが我が主よ。周辺に『剣むす』の反応を確認した」
銀髪の彼女はそう言って周囲――と言っても俺の部屋だが――を見回す。
明らかに日本人離れした顔立ち。
さらに異様なのはその服装。
紫がかった装束は、鎧のようにも見えて、現代日本にはおよそ似つかわしくない。
そんな美女の、切れ長の瞳が俺を見詰めていた。
「どうかしたか我が主」
「ええっと……まるで状況が分からないんだけど」
そう前置きしてから、俺は尋ねた。
「君、誰?」
俺の質問に少しだけ目を丸くし、そして彼女は微笑んだ。
どきりとするような、美しい微笑。
「私の名は――」
彼女が名乗ろうとしたその時だった。
ザン、という刃音と共に部屋の窓ガラスが割れた。
「うわっ!」
「失礼する」
慌てて飛びのこうとした時、銀髪美人が俺の体を抱えると、割れた窓から一気に外へと跳ぶ。
ここ、二階なんですけど!?
そう突っ込もうとしたが、しかし彼女はピョンピョンとまるで跳ねるように、民家の屋根を走っていく。
まるで漫画だな、と麻痺した俺の頭は思った。
「な、何が起きてるんだ?」
いわゆるお姫様だっこされたまま、俺は叫ぶ。
下から見上げる形になった彼女の顔は、しかしこの角度でも美人だ。
「敵の『剣むす』の攻撃だ」
「は、敵? けんむす?」
「ああ。そうだ」
そう言って野生の豹を思わせるような笑みを浮かべた。
「刀剣戦争の始まりだ」
どこかで聞いた単語だった。
しばらく彼女は俺を抱えたまま跳躍し、やがてどこぞの雑居ビルの屋上まで飛び上がった。
周囲を確認し、彼女は俺を下ろす。
ありがとう、と言うのも変な感じなので、軽く頭を下げた。
「さっきから、一体何の話をしてるんだ? そもそも君は――」
「話は後にしよう、我が主」
そう言って彼女は俺に背を向ける。
いや違った。
屋上のその向こう側に、俺たちとは違う人影があった。
男女のペア。
一人は茶髪の男性で、俺より少しばかり年は上。
もう一人は褐色の肌に赤い髪の毛と、いささか現実離れした容姿の少女であった。
服装も肌の露出の多い異国風の姿。
まるで――俺の前にいる銀髪の彼女のような、そんな同質の異様さがあった。
「さぁて、狩りの時間だ。やるぞ、シャムシール」
「はい、参りましょう」
そう言って、褐色の少女――シャムシールは、いきなり剣を取り出した。
包丁くらいしか、刃物を見た事がない俺でも分かる、圧倒的な暴力の象徴。
剣という、殺意を具現化した武器。
薄く反った剣は、美しく陽光に煌めいている。
「行け!」
男の掛け声と共に、女が突進してくる。
刃を振りかぶり、一気に振り下ろす。
危ないとか、そんな声を発する暇もなく、曲刀が、銀髪の彼女に振り下ろされた。
「……挨拶もそここに粗野な事だ。剣が曲がっていると、性根も曲がっていると見える」
甲高い金属音。
それは、銀髪の女性が取り出した剣と、曲刀が打ち合わさった音。
「シャムシール……アラビアの曲刀か」
距離を取り、シャムシールを見据えて呟いた。
それが彼女の武器の剣なんだろうか。
褐色の女は、ゆっくりと歩きながら、品定めするようにこちらを見ている。
「……直刀……騎士剣……。どこぞの鈍刀か知りませんけど、私の敵ではありません。斬り捨ててさしあげましょう」
「さて、貴公に出来るかな?」
挑発するように言い放ち剣を構える。
それは美しい剣だった。
古来より、刀剣には美術的な価値もあると言われているが、それも納得できるほどの美しさ。
煌びやかな意匠がある訳でもない。
単なる剣でしかなかったが、まるで吸い込まれそうな、そんな魔性を放っていた。
「我が主よ」
「え、あ、俺?」
突然呼びかけられ、思わず返事をする。
「これが初陣となる。貴方の剣の行く末、そこで見ててほしい」
視線は目の前の相手に向けたまま、彼女は言う。
その声は凛と澄んでおり、決して曲がらない剣のような声。
だから俺は――まったく訳の分からない状況だけど、「分かった」と答えた。
「逢瀬は終わりましたか? 疾く死になさい」
褐色の女は剣を両手で握ると、一気に駆ける。
それに合わせて今まで黙って立っていた後ろの男が、スマホを片手に何かを操作している。
「シャムシール! スキル【熱波】使用!」
その刹那、シャムシールの剣から炎が放たれる。
灼炎の奔流が、銀髪の女性と、そしてその後ろに立つ俺めがけて襲い掛かる。
「溶けなさい。鉄屑は再利用してあげましょう」
「私を溶かすには、残念ながら火力が足りないな」
そう言って、彼女は襲い来る炎を、刃の一振りで切り払った。
炎は一瞬で消える。
まるで最初から存在しなかったように、あっさりと。
「なっ!?」
シャムシールの表情に驚愕が生まれた。
素人目にも分かる、技量の違い。
「所詮は大道芸だな鈍刀はどちらかな?」
「貴様……」
シャムシールの顔に焦りが生まれる。
そしてその背後にいる男に視線を向けた。
「ケイタ、全力で行きます。スキルを!」
「分かった、スキル【大炎龍】仕様!」
先ほどよりも大きな炎がシャムシールの眼前に生まれる。
離れているこの距離でも熱が伝わってくるほどの火力。
炎はまるで巨大な龍のような形を作り、眼前の女性を睨みつける。
しかし銀髪の女性は、涼しげな顔でそれを眺め返していた。
「あなたがどれほどの剣かは知りませんが、この【大炎龍】、受けられるものか!」
「さて、どうかな」
再び騎士剣をゆったりと構える。
「我が主よ」
「え?」
「先ほどの話、我が銘についてだが……」
そう言って彼女はちらりと視線をこちらに向ける。
そして口の端を上げて笑う。
「貴方の声で我が銘を呼んでほしい。そうすれば、私は力を出す事が出来る」
「銘って、でも俺……」
彼女の名前なんて知らない。
しかし彼女は続ける。
「契約は既に果たされた。我が主の心の奥底に、剣銘が刻まれた」
どくん、と心が躍る。
分からない。分かるはずがない。
でも、何かが俺の中に生まれた。
それが彼女の名前なのかどうか、俺には分からないけれど。
自然と、俺は口に出していた。
俺の剣の銘を。
「我が銘を呼べ、主よ!」
「――バルムンク」
その瞬間、シャムシールの剣の先から炎が放たれた。
触れただけで全てを焼き尽くす紅蓮の焔龍は、しかし銀髪の女性――バルムンクの剣の一閃で切り裂かれた。
「それが我が剣銘。竜を殺す剣なれば、我が主の敵を一人残らず斬り捨てよう」
「バルムンク……だと!? 馬鹿な、名剣クラスなんて話が違います!」
驚愕の表情で、シャムシールがこちらを睨む。
彼女がシャムシールの必殺の一撃を防いだ事か。
あるいは、彼女の真の名のせいか。
「ケイタ、ここは下がりましょう。相手が悪すぎます」
「残念ながら、それは出来ぬ相談だ」
シャムシールたちがバルムンクが一気に駆ける。
速い。
一瞬で距離を詰めると、斬撃をシャムシールに放つ。
シャムシールはその攻撃を受けようと剣を構えた。
だが――
「終わりだ」
斬、という音が周囲に響き渡った。
バルムンクの剣は、受け止めようとしたシャムシールの曲刀ごと、断ち切った。
まるで、枯れ枝を斬るがごとく、あっさりと。
そしてそのまま、バルムンクの刃は、シャムシールの体を大上段から切り裂いた。
「がっ……」
褐色の少女が天を仰ぐ。
同じように、その背後にいたケイタと呼ばれた男も、目を剥く。
「申し訳、ありません……ケイ、タ……」
ばたり、と二人が倒れる。
何が起きたのか、俺には分からないけれど。
分かるのは、バルムンクがこの勝負に勝利したという事。
そして、何かとんでもない事に巻き込まれてしまった、という事だった。
「我が主よ、この勝利を貴方に捧げる」
「え、あ……ああ」
「どうした? 貴方の剣が勝ったのだ。少しくらいは喜んでくれた方が、私も嬉しい」
そう言われてもな、俺には何の事か、さっぱりだ。
「一体、何が――」
起きているのか、そう問おうとした時、俺の持ってたスマホから通知音が流れる。
場の雰囲気にそぐわない、楽しげな音楽。
画面には、『大勝利!』と色鮮やかな文字が大きく表示されていた。
「勝利って……」
「勝者は次の戦いに進める。そして、敗者はその時点で終わる」
彼女はそう言って、戦いに敗れたシャムシールたちに目を向ける。
倒れた褐色の肌の少女の体から、白い霧のようなものが出ている。
ゆっくりと、シャムシールの体が崩れ落ちていくのが見えた。
「消えてる……」
「敗北した決闘者の持つ『剣むす』は消滅する。それが定め」
「消滅って、どうなるんだ?」
「さて、な。私は消えた事がないので分からない」
バルムンクはどこか遠くを見つめていた。
「あの男……も死んでるのか?」
「いや、剣将は死なない。ただし『刀剣戦争』に関する一切の記憶が失われる」
消滅とか記憶が消えるとか、意味不明な事ばかりだ。
しかし脳は理解していなかったけれど。
俺の心はもう分かっていた。
戦いが、始まったんだと。
シャムシール
レアリティ:ノーマル
クラス:戦士遊撃型
ATK:665
DEF:684
SPD:845
-特徴-
褐色の肌に赤い短髪の少女の姿を持つ『剣むす』。
シャムシールとは中東で用いられる湾曲した剣である。
速度に特化した性能であり、それ以外の能力はさほど高くない。
しかしレアリティが低い割にコストパフォーマンスは高く、使いやすい性能である為、愛用者も多い。