第一章
「清治、お前のお父うは、お前が2つの時に家を出たまんまじゃ。お前のお母あも2年前に死んでしもうた。わしでは、もうお前を育てられん。わしの子は、死んだお前のお母あ一人じゃったし、わしにはもう頼る親戚とて無い。お前を引き取りたいと言う夫婦が居るんじゃ」
「嫌じゃ、嫌じゃあ!」
「聞き分けの無い事をゆうんじゃない。ここに住んでいても、学校も無い、友達も出来んのじゃぞ?」
「わしのおじいは一人しか居らへん!うわあああん!」
清治は、泣き止まなかった。不憫な孫を亀吉は強く抱きしめた。
「やっと・・年取って出来た一人娘が、この子を残して死んでしもうて。ばあさんもも5年前に死んでしもうた。わしには、もうこの孫をどうしてやる事も出来ん・・・」
皺枯れた亀吉の目からは、止めど無く涙が溢れた・・。清治の母親の写真は、しかし一枚も無かった。父親の写真もである。しかし、確かに亀吉の前に清治の手を取り連れて来たのは、自分の娘であった。その娘も清治が5歳の時に謎の死を遂げていた。清治には、その記憶も殆ど無かったのである。亀吉もその事を清治には、詳しくは喋ろうとしなかった。
やがて・・春を迎える前に、清治は、俵と言う町内で、印刷会社を営む、中年の夫婦に引き取られた。亀吉は、老人医療施設に入院となった。亀吉の申し出で、今後一切、清治とは面会せぬ・・それが夫婦への条件であった。思えば、余命少ない亀吉の孫を思いやる悲壮な決意であったのだろう、老人の死を孫に見せないと言うその悲痛な思い・・俵家の子として育って行くその孫の将来の為に・なんと言う、悲しい決断・・涙ながらに俵夫婦はその気持を受け継いだ。