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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり
7/47

6

 小鳥がさえずり、もやが晴れ、森が目覚める頃。

 ネネは目を開けた。いつもこれくらいの時間には、自然と目が覚める。一日の仕事を頭の中で組み立て始めた時、視界に青銀色が映った。


「――ッ……!」


 少年だ。昨日会った、あの謎の少年が、ネネと同じ寝台で眠っている。

 混乱と共に、昨日の出来事を断片的に思い出した。睡蓮沼、鋼鉄の檻、聖銀の鎖、抱える程の火石リンタイト――。

 腰に少年の腕がのっていることに気づいて、慌てて腕を跳ねのけた。逃げるように四つん這いで寝台から降りると、ナイフを手に持ち、動機を抑えながら少年の様子を伺う。

 少年は、レースシャツの胸元を寛げて、人の寝台で気持ち良さそうに眠っていた。けぶるような青銀色の睫毛が、目元に濃い陰影を落としている。滑らかな真珠のような肌、形の良い唇……。こんなに綺麗な顔は生まれて初めて見た。綺麗過ぎて、微かに胸が上下していなければ、血の通わないビスクドールのように見える。

 顔の造りをつぶさに眺め、自然とシーツの上に散った、艶やかな青銀色の髪に視線が流れた。

 いろんな青がオーロラのように重なり、不思議な光沢を帯びている。こんな髪色見たことない。髪結師に売れば、いい金になりそうだ……。

 触れてみたくなり、つと手を伸ばした。想像以上に滑らかで、絹のような手触りに思わず瞠目する。


「お早う」


「――ッ!?」


 慌てて飛びのいた拍子に、体勢を崩して尻餅をついた。勿忘草わすれなぐさのような青い瞳が、楽しそうに煌めいている。

 声をかけられるまで、まるで気づなかった。あまりにも綺麗だから、知らず魅了されていたらしい……。


「元気になったね」


「アンタ、何で寝てるの」


 床についた腕に力をこめたら、指先に布の擦れる感触が伝わった。見れば、舞台衣装のように煌びやかな上着と、シャツについていたレースのジャボを尻で踏んづけていた。立ち上がりながら拾い上げると、少年に向かって投げつけた。


「出て行って」


「え? 嫌だよ……。貴方は、火石リンタイトを採ってきたら、傍にいていいって言いました」


 少年は拗ねたように、何故か敬語で答えた。


「勝手に人の寝台で寝るような奴、信用できない。昨日の話はなしだ」


「だって、一緒にいてもいいって、言ったもの。どうして、同じ寝台で寝たらいけないの?」


 話が通じなさすぎて眩暈がする。


「とにかく、火石リンタイトはいらない。下にあるの? 持って行っていいから、出て行け」


「えぇっ? 横暴! 嘘つき!」


 少年は子供っぽい非難を飛ばした。


 ――魔性相手に、横暴ってののしられてもなぁ……。


「いいから、もう。出て行って」


「嫌!」


 らちが明かない。二人はしばらく睨みあい……、ネネが折れた。


「はぁ……、とりあえず身支度させて。アンタ、下で座って待ってて」


 少年はまだ不満そうな顔をしていたが、上着に袖を通すと、言われた通り寝室から出て行った。

 扉が閉まるのを見届けると、ネネは額を押さえてため息をついた。





 着古したシャツにズボン、革のブーツ。肩に届くくらいの髪は、後ろで一つに結い上げる。手際よくいつものスタイルに着替えると、少年の待つ二階へ降りた。

 台所に入ると、異質な少年が視界に飛び込んでくる。茶色の多い質素な室内で、少年は実に浮いていた。彼の周りだけ、世界が色づいているようだ。

 少年は、年季の入った木椅子に腰かけて、机の上に置いてあった果物を、勝手に咀嚼そしゃくしていた。遠慮のない男だ……。


「アンタ、果物も食べるんだ。人間みたいだね」


「食べれないこともないけど、人間の食べ物じゃ、お腹は膨れないよ」


「じゃ、食べるなよ……」


 机の上に置かれた、山のような火石リンタイトを目にしたら、やはり手放すのは惜しい気がしてきた。

 やっかいごとはご免だが……、これだけ質のいい火石リンタイトを、みすみす逃すのはもったいない……。

 ネネの葛藤を読んだように、少年はニヤリと笑った。


「私を此処に置いてくれるなら、いつでも採ってきてあげる。どう?」


「それで……、アタシは代わりに何をすればいいわけ?」


「ほんのちょっぴり、精気を分けてくれるだけでいいよ」


 ネネは盛大に顔をしかめた。少年が慌てたように続ける。


「痛くないし、危なくもないよ。昨日はちょっと失敗したけど、もう間違えないから。気持ちよくなるだけだよ」


「アンタ、もしかして淫魔の類……?」


 淫魔は人を誘惑して精気をむさぼる、闇の眷属けんぞくの総称だ。彼等は姿を変える技に長けていて、見目麗しい人の姿で現れることが多い。

 人を堕落させる性質の悪い魔性として、聖職者には嫌われている。だから、聖銀の檻に囚われ、沼に落とされたのではないだろうか。


「そうかもしれないね」


 少年は、まるで他人事のように微笑んだ。





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