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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり
4/47

3

 寸分違わず、矢は少年の心臓に突き刺さった。

 死んだと思ったのに。見る見るうちに、少年の全身から青い霊力が溢れ出し、胸に刺さった矢はサラサラと砂のように崩れ落ちた。

 堅牢けんろうな檻がいびつな音を立てる。

 パキィンッ!

 硬質な音を響かせて、少年の四肢を繋ぐ鎖が弾け飛んだ。分厚い聖銀の鎖も、硬質な悲鳴を上げてじ切られた。

 ギギギ……ッ!

 まるで鋼鉄の断末魔だ。耳朶に響く鋼のへし曲げられる音。こんな音、今まで聞いたことがない。一体どれだけの力が、あの分厚い鋼鉄の檻に働いているのだろう。


 ――アイツ、とんでもない怪物かもしれない。


 尋常じゃない破壊音は、滅多に怖気おじけづかないネネを震え上がらせた。矢を番える手が震えて、少年に合わせた照準が左右にぶれる。


「ふぅ……」


 とうとう少年は、檻の中から出てきた。禍々しい鋼鉄の残骸の傍らで、肩を揉んだり、背伸びをしたり……、緊張感に欠ける仕草を繰り返している。


「あ――っ、清々しいっ!」


 満面の笑みを浮かべる少年に、何だか毒気を抜かれた。照準から目を離すと、改めてピンピンしている少年の全身を眺めた。心臓に刺さったはずの矢は、もはや跡形もない。


「アンタ……、それ、どうやったの?」


「貴方! ありがとうっ! 出られたよ」


 少年はスキップを始めそうな勢いで、駆け寄って来た。慌てて照準を絞ると、「止まれ!」と鋭い静止の声を上げた。


「どうして?」


「煩い、傍に来るな。約束は守ったよ。聖銀は、明日取りにくる。その茂みに置いておいて。その馬鹿力で、等間隔に細かく切れる?」


 少年は「こう?」と首を傾げながら、人差し指を振り下ろした。たったそれだけの動作で、分厚い聖銀のかたまりは、いともあっさり細切れになる。ぞぉっと背筋が冷えた。


 ――怖ぇ……、聖銀も平気で触るなんて、只の魔性じゃない。とっとと、逃げよう!


「これでいい?」


「いいよ。その捻じれた檻は沼に落として」


「任せて」


 少年は鋼鉄の残骸に手をかざすと、宙にふわりと浮かせて、紙をグシャッと丸めるように、鋼を無茶苦茶に折り曲げて、丸い形状へと近付けていった。

 ギギィッ! ゴンッゴンッゴンッゴンッ……!

 聞くに耐えない、歪な音がこだまする。

 森に棲む烏達は怯えたように、四方の空へ逃げて行った。ネネはとうとうクロスボウから手を離すと、たまらずに両手で耳を塞いだ。


 ――おおおっかねぇ! 何やってんだ、アイツ……ッ!?


「――ふぅ、スッキリした」


 少年は満足そうに微笑むと、角が取れて丸くなった鋼の塊を、最後はポイッと沼に落とした。騒々しい飛沫を上げて、沼の底に消えて行く――。


「あとは?」


 少年はネネを振り返ると、無邪気に小首を傾げて問いかけた。


「もう、いいよ……。何処へでも、行けば」


「そう? なら、貴方と一緒がいいな」


 少年はふわりと笑った。

 ぞっとした。ああ……、とんでもないモノに手を貸してしまった。


「断る。自由になったんだから、何処へでも行けばいい。もう戻ってくるな」


「でも、何も覚えていないんだもの。何処へ行けばいいかも、分からないし……。貴方は、この森に住んでいるの?」


 そうだ、とは答えたくなかった。正体不明の魔性に、棲家すみかを知られたくない。答えを迷っていると、少年は「こうしよう」と勝手に話を進め始めた。


「もう一つ、何でも願いを叶えてあげる。そうしたら、貴方と一緒にいてもいい?」


「取引はもういい。これで終いだ、何処へでも行きな」


「そんなこと言わないで、何でも叶えてあげるんだよ? 何かないの?」


「ふぅん。じゃぁ……、ルーンガット山脈の頂上で採れる、最高純度の火石リンタイトを、明日までに両手一杯に欲しい」


 体のいい断り文句のつもりだった。ルーンガット山脈は天にも届く高山だ。先ず辿り着けない。明日までに両手一杯の火石を採掘してくるなんて、無理難題にも程がある。

 少年は分かっていないのだろう。「交渉成立だね」と嬉しそうに笑った。


「じゃあ、アタシはもう行くから……。明日の昼、ここに置いた聖銀を取りにくる。もし石を持ち帰ることが出来たら、その時に見せて」


「任せて」


 少年は嬉しそうに笑うと、ポォン……、と高く跳躍して、たちまち森の彼方へ姿を消した。

 辺りには何事も無かったように、静けさが戻ってきた。


 ――行った……? まさか、本当に採りに行く気じゃ……、なわけないか。


 ネネは首を振ると、こんもり山を築いている聖銀の欠片を、土を掘って埋めた。その上から枯葉をかける。明日掘り起こして、棲家に持ち帰ろう。

 少々肝は冷えたが、良い取引をした。おかげで貴重な聖銀が山ほど手に入った。

 ネネは、ほくほくとした気持ちで睡蓮沼を立ち去った――。





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