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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
4章:ネネとルルと恋心
38/47

1

 悪夢のような日から数日――。

 ネネは棲家から一歩も出ずに過ごしていたが、森は静かなものだった。銃声も悲鳴も聞こえてこない。

 ルルとはあの場で別れたきりだ。

 強烈な怒りの後には、虚しさが襲ってきた。あの日をまだ消化し切れていなくて、ルルのことは……、なるべく考えないようにしている。

 それでも毎日、ふとした瞬間に思い出しては気持ちが塞いだ。


 隣にルルがいないと、一言も口を利かずに一日が終わる。時々黒いのが遊びに来てくれて、一言二言、言葉をかけるが、それでおしまいだ。


 ――ルルが来る前は、ずっと、一人でやってきたんだ。昔に戻るだけだ……。


 寂しいなんて、思ってはいけないのだ。

 ルルは恐ろしい、リヴィヤンタンなのだから……。

 心を許してはいけない。ミハイルの言う通りだ。精気を与えるうちに、ネネはきっと、すっかり絆されてしまったのだ。

 ルルの綺麗な笑顔を、偽物だとは……今でも、どうしても思えない。もしも今、目の前にルルがいたら、何を口走ってしまうか判らない。


 ――餌でもいいから傍にいたい……そんなのご免だ。ルルに尽くしてきた、餌の末路は辿りたくない。


 だから、これでいいのだ。

 このまま二度と会わなければ、いつかきっと忘れられる。


 優しい笑顔も……。


 髪を梳いてくれる、大きな手も……。


 ネネって、名前を呼ぶ声も……。


 名前を呼ばれることが、あんなに嬉しいとは知らなかった。

 ルルと出会う前は、十五年生きてきた中で、数えるほどしか名前を呼ばれなかった。別に寂しいだなんて思わなかった。それが普通だったから。

 ルルのせいだ。

 名前を呼ばれる喜びを、知ってしまったから……。


 瞳を閉じると、今でもルルの笑顔が思い浮かぶ。


 勿忘草わすれなぐさのように、青い瞳……。


 綺麗な瞳だった。

 出会った瞬間の、第一印象だった。仄暗い森の中で、鮮明に映る青い瞳。光の加減で、虹彩は星の煌めきのように輝いて見えた。

 実は何度も見惚れていた……。

 優しい笑顔の時には、穏やかな青。

 怒っている時には、光彩を放つ魔性を帯びた青。

 ネネの精気を吸うときも――。


 毎日思い出して、苦しんでいる。

 目が覚める度に、ルルのいない現実を思い知らされて、落胆に襲われる。そんな女々しい自分に腹を立てても、翌朝にはまた同じことを思う。

 眠る時もそう。

 ルルが自分のために整えた寝台は大き過ぎて、ネネ一人じゃ片せない。だから、仕方なくそのままにしてある。

 だけど、何度もその寝台で眠りたい衝動に駆られた。

 ルルが恋しい――嘘だ、恋しいだなんて、考えたくない。寂しいだなんて、思いたくない。


 矛盾した感情が苦しい。

 早く楽になりたい。忘れられることが出来たら、楽になれるのだろうか。いつ忘れられるのだろう。また明日も苦しむのだろうか。

 早く忘れたいのに――。


 狩に集中して、畑仕事に没頭している間は、どうにかルルを忘れていられる。それでも森のあちこちに、ルルと過ごした思い出があって、ふとした瞬間にネネを苦しめる。

 早く忘れたいのに、日を追うごとに、苦しさは増していく。どうして、少しも楽にならないのだろう……。


 ――何で、アタシに嘘をついたんだ……。後悔するくらいなら、どうして魂を抜いたりしたんだ……。森からあいつら、追い出してくれたのに……、本当にもう戻ってこないの? もう、会えないの?


 ルルの残していった寝台に、頬を寄せた。ふわりと、ルルの甘い香りがする。


「――っ……」


 ――泣くもんか、泣くもんか……。


「っ……ふぇ……、ぅ……っ」


 呪文のように、泣くものかと思っていても、引き結んだ唇は勝手に戦慄わなないてしまう。開いた隙間から、情けない嗚咽が零れ出した。

 ネネはこんなに弱い人間だったのだろうか。一人でもやっていけるって、ずっと思っていたのに。

 ルルがいなくなっただけで、こんなにボロボロになってしまった。


 ――ルルが恋しい。会いたい……。


 瞳を閉じると、今でもルルの笑顔が思い浮かぶ。

 あの青い瞳が、本当に好きだった。

 勿忘草のように青い瞳。


 ”私を忘れないで”……花言葉の通りだ。ルルのことを少しも忘れられない――。





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