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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
3章:人食い森と追跡者
37/47

10(3章完)

 ミハイルはルルを見て、嬉しそうに笑った。


「ああ、ようやく会えましたね。明かりは消さないでおくれ」


 どういう仕組みなのか、ミハイルの言葉に従うように、消えた無数の松明に再び火が灯った。

 覆面の男達は、ミハイルを背に守るようにして前へ出る。調査隊の男達も、それぞれ聖銀の武器を手に取り、ルルに対峙した。

 何の武器も持たないルルを、埋め尽くさんばかりの武装兵達が取り囲む。もはや絶対絶命に見えた。


「ルル……ッ!」


「ネネを離して」


「ルルが一緒にきてくださるのなら、ネネは返しましょう」


 ルルは余裕の態度で鼻を鳴らした。見ているネネの方がハラハラしてしまう。


「この間は、せっかく見逃してあげたのに。そんなに死にたいの?」


 頭からローブを被った祓魔師エクソシスト達が、聖銀の鎖を手にルルを取り囲む。まるで生きているかのようにうごめく聖銀の鎖は、蛇のようにルルの身体に絡みついた。


「逃げろっ! ルルッ!」


 無我夢中で馬上で暴れると、ミハイルは「おっと」と手綱を操りながら、器用にネネを押さえつけた。

 ルルがこちらに視線を向ける。馬上に囚われたまま、ルルと目が合った。青い瞳が怒りに燃え上がる――。

 聖銀の鎖は一瞬にして粉々に砕け、煌めく塵は風と共に消えた。

 ルルは確かな足取りで、脇目もふらず真っ直ぐに歩いてくる。調査隊は一斉に銃口をルルに向けた。躊躇いなく引き金に指がかけられる。


「やめろぉ――っ!」


 ネネは必死に叫んだが、無情にもパァンッと耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。一つ鳴った後は、次々と銃口から火が噴き上がる。むっと立ち込める火薬の匂い。薬莢やっきょうが弾ける硬質な音。目を疑うような、一斉射撃だった。


「うわぁ――っ! ルル! ルルッ!」


 ――ルルが死んじゃう……っ!!


「離せ! 離せよっ! ルルが……っ!」


「――落ち着きなさい。リヴィヤンタンがあれしきで死ぬものですか」


「何、言って……」


 この男はルルを何だと思っているのだろう。聖銀を四方から撃ちこまれて、魔性が無事で済まされるわけがない。いくらルルだって――。

 沸々と怒りが込み上げてきた。

 憎悪を込めて睨みあげると、ミハイルは眼鏡の奥でアイスブルーの瞳をスゥッと細めて、不気味な笑みを浮かべた。


「ほら……、見てごらんなさい。傷一つついていませんよ」


「――っ!?」


 我が目を疑った。

 ミハイルの言う通り、ルルは平然とそこにいた。血はおろか、場違いなグレーのジュストコールにも、傷一つついていない。


「あれが人の精気を餌にする、おぞましいリヴィヤンタンの本性です」


 ネネが呆然と見ている前で、ルルの足元に白く発光する円陣が浮かびあがった。魔を封じる働きのある、特別な結界だと判る。

 ルルは初めて、歩みを止めた。その隙に覆面の男達が聖銀の斧を構えて一斉に襲いかかる。

 ザンッと恐ろしい刃が首を抉る――鮮血が噴き上がる光景に、声にならない悲鳴を上げた。


 ――あぁっ! そんな、ルル……ッ!


 しかし、宙に舞った鮮血は地上を濡らすことなく、不気味な形状に姿を変えた。禍々しい赤い棘。尖った先端が、覆面の男達の心臓をズドンッと貫いた。

 聞くに堪えない断末魔が森に響き渡る。

 貫かれた心臓から黒い霧が溢れ出し、風に流れて跡形もなく消えていく――。


「何だと……」


 ミハイルは初めて動揺を見せた。ルルが覆面の男達を消してしまったことが、予想外だったのだろうか。

 ルルは円陣の外へ足を踏み出した。

 聖なる円陣は力を失うように、朱金に燃え上がる。血が焦げつくような、濃厚な匂いがたちこめた。

 ついに分厚い円陣の外へ出ると、ルルはネネを見つめて真っ直ぐに歩いてきた。

 武装兵達は恐れをなしたように、左右に退いて道を空ける。


「ネネ、お待たせ……」


 どう応えればいいのか、判らなかった。「ルル……」と呼びかけたものの、後に続く言葉が見つからない。

 迷っているうちに、はらりと両手首の戒めが独りでに解かれた。

 ルルはネネに向かって両腕を伸ばす。恐る恐る手を伸ばすと、思い出したようにミハイルに後ろから抱きしめられた。


「――邪魔だよ」


 ルルは冷たく言い放つと、ネネの手をぐいっと引っ張り、強引に抱き寄せた。ミハイルの呻く声が背中に聞こえる――。

 ふわりと身体が浮いたと思ったら、子供を片手で抱えるようにして持ち上げられた。そのまま、凄まじい速さで森を疾走する。

 瞬く間にミハイル達を引き離し、棲家へ戻るとようやく地面に降ろされた。


「赤くなってる……」


 ルルはネネの手首についた跡を見て、眉を顰めた。そこへゆっくりと顔を近づける――。

 気づいたら、パシッと音を立ててその手を振り払っていた。


「ネネ?」


「ルル……、リヴィヤンタンなの?」


 ルルの視線が足元に落ちる。まるで、やましい心を隠すような仕草に、カッとなった。


「アタシに、何した!?」


「ネネ……」


「魂を抜いたって、本当なの!?」


 怒りと恐怖に心臓が早鐘を打つ。どくどくと、確かに脈打っているのに――実はもう、ネネは死んでいるとでも言うのだろうか。

 そんな馬鹿な。

 指先にいたるまで、確かな五感があり、心は強烈な怒りに支配されている。死んでいるわけがない。


 ――そうでしょ……!?


 唸り声を上げて、ルルに掴みかかった。

 乱暴に揺さぶって「答えろ!」と吠える。


「――本当だよ」


 ――あぁ……、そんな……。


「一度は魂を抜いたけれど……、直ぐに後悔して、再生したんだ。ネネの魂は、少しも損なわれていないよ……」


 ――後悔しただと……? そんなの当たり前だ。ふざけるなよ。人の身体を何だと思ってるんだ――。


「ルルッ! お前……っ! 許せない、よくも――!」


 振り上げた手を、ルルは避けなかった。思いっきり頬に命中して、渇いた音が響く。けど、それくらいじゃ、少しも気は治まらなかった。


「ふざけるなっ! 殺してやる!」


「ネネ……」


「信じてたのに!」


「ネネ!」


「二度と顔を見せるな……!」


 ルルは今こそ衝撃を受けたように、息を呑んだ。腫れた頬を押さえもせず、悲しそうな目でネネを見つめる。


「――何度やり直しても、こうなるのかな……」


 勿忘草わすれなぐさの瞳が、うっすらと潤み、はらりと綺麗な涙を零した。


 ――騙されるものか。


 信じたネネが馬鹿だったのだ。二度と心を許したりしない。


「ネネ……、一緒にいたい。でも……もう、嘘はつけない……。ネネが、好きだから……」


 ――嘘だ! 耳を貸すものか……!


「あいつらを片づけたら、森を出て行くよ」


 ルルは静かに立ち上がると、なかなか動こうとせず、じっとネネを見下ろし続けた。


「――行けよ」


 冷たく言い捨てると、ルルは辛そうに顔を歪めた。ふわりと跳躍すると、仄暗い森の奥へと溶け込むようにして姿を消した。





 それが、ルルを見た最後だった――。





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