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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
2章:ルルの秘密
25/47

9

 ミゼルフォールの森の監察強化が発布されてから十日。

 今では昼夜を問わず、人食い森に人が出入りしている。

 立入禁止区域の奥で密かに暮らすネネは、いつも以上に慎重に行動し、調査隊の人数が多い時は、棲家から出ないようにしていた。


 自由に出歩けないストレスのせいか、ネネは途中で高熱を出して寝込んでしまった。

 前後の記憶がいまいちはっきりしないのだが、目を覚ました時に、ルルが必死にネネの名前を呼んでいたことだけは覚えている。どっちが病人か分からない、蒼白な顔を見て、思わず笑ってしまった。ルルは増々泣きそうな顔をして、ネネの膝元に縋りついてきた。


 ――ルルって寂しがり屋だなぁ……、魔性のくせに。でも仕方ないか。光も射さない沼底にずっと一人だったんだから。人恋しくもなるよね……。


 高熱を出して倒れた後、二日かけて復調した。

 森を調査隊がうろついているが、そろそろ狩に出掛けないと食料が尽きる。寝込んでいる間に、幾つか食材を無駄にしてしまったし……。

 狩り支度をするネネを見て、ルルはすごく不満そうな顔をした。


「だから、街に降りて買ってくればいいじゃない」


「だから、何度も言わすな。森の入り口に調査隊の詰所まで出来たんだ。下手に動けば見つかるんだってば」


 ルルはフンと鼻を鳴らした。


「私一人なら、見つからずに行けるよ」


「自分で食べる物くらい、自分でどうにかする」


「ネネの頑固者……」


「うっさいな」


 ふと、聖銀矢を矢筒に詰めようとして、残数が合わないことに気づいた。


「あれ、随分減っている?」


 気になって、狩猟道具を全て確認してみたら、他にも幾つか足りない消耗品があった。まるで、狩に出掛けた後みたいだ。


「――どうしたの?」


「ん、矢じりの数が合わなくて」


「それって、大変なこと?」


「いや……、まだ予備あるし、大丈夫」


 ネネは首を振って答えた。

 狩猟ローブのフードを被り、大型クロスボウを背負うと棲家を出発した。

 睡蓮沼の辺りは、調査隊が多いので迂闊に近寄れない。

 人目を避けて遠くまでやってきたが、狩場に不慣れなせいで探索に時間がかかり、鹿や猪の痕跡を見つけることは出来なかった。

 野兎に的を絞って、矢を射る。

 シュッ!

 急所を外さず、一発で仕留めた。我ながらいい狩りの腕をしていると思う。このまま森が落ち着けば、いつか猟師として生計を立てていきたい。

 合計三羽の兎と、大きな雉を仕留めた。不慣れな狩場にしては上々だ。

 日が暮れる前に棲家へ戻ろうとしたら、小さな足音が聞こえてきた。

 体勢を低くして、様子を伺う。ネネは耳がいい。足音で、およその体格を当てることができる。だから、足音の持ち主を思い浮かべて、目を見開いた。


 ――子供の、足音……?


 泣く子も黙る「人食い森」である。屈強な男共の集結する、調査隊ですらヒィヒィ言っているのに、小さな子供が一体なんだってこんな所へ……。

 もう少し近づいてみようかと迷っていると、か細い少年の声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん……?」


 ――お姉ちゃん? 迷子か……?


「ネネ」


 気づけば、さっきまで幹の上にいたルルが、ネネのすぐ後ろにいた。腕を掴んで引き留めようとするので、口に人差し指をあてて「静かに」と制す。ルルは不満そうにしながら引き下がった。


「こんな所で、何してる?」


 子供の背後から声をかけたら、「ヒャッ」と高い声を上げて、尻餅をついた。どう見ても、害はなさそうだ……。

 ネネが警戒を解いて姿を見せると、子供は花が綻ぶような笑顔を見せた。


「お姉ちゃん! こないだは、たくさんの銀貨をありがとう! 欲しかった薬、買えたんだ! 予備まで買わせてもらったんだ……、それでも銅貨のお釣りがこんなにあるから、返そうと思って……」


 ――何、言ってるんだ、この子……。


 反応がないネネを見て、子供は不安そうにしている。


「あの……、銀貨、たくさん使ってしまって、ごめんなさい……」


 ふと、子供が右手に手袋をしていることに気づいた。話は見えてこないが、この子供は恐らく奴隷なのだろう……。そう思うと、無下には出来なかった。


「何の話かわかんないね。でも……、もらったものは、もう自分のものだ。その銅貨も、返そうなんて思わずに、自分の為に使いなよ」


「でも……」


「いいから。それより、誰を探しているのか知らないけど、こんな森の奥にはもう来るな。もうすぐ日が暮れる。入り口の傍まで送ってやるから、ここで見たことは――」


「誰にも言わないよ! 母さんにも話していないんだ。お姉ちゃんのことは、絶対に誰にも言わないから」


 子供は翡翠の目をキラキラと輝かせて、ネネを見上げた。新緑を思わせる綺麗な瞳を見て、ふと既視感に襲われた。

 何故だか初めて会った気がしない。もしかして、街ですれ違ったことがあるのだろうか……。

 森の入り口の傍まで送ってやると、子供は大分離れた所でこちらを振り返り、元気よく手を振ってから駆けていった。


 ――お姉ちゃん、か……。


「ネネ、日が暮れる」


「――ごめん! 寄り道した、帰ろう」


 最後にもう一度だけ、子供の駆けていった方を見つめた。

 ルルに急かすように名を呼ばれて、思考を切り替えると、静かに、誰にも悟られないように棲家へと帰った――。





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