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人食い森のネネとルル  作者: 月宮永遠
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり
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 弱いところを見せてしまったことが恥ずかしい。

 照れ臭かったけれど、ルルの食餌がまだだから、そっぽを向いたまま左手を差し出した。


「ネネ……、右手を見せてごらん」


「――っ」


 小さく息を呑んだ。

 右手の甲には、奴隷の焼き印がある。二つの輪が絡まる、鎖のような焼き痕……。だから食餌の時は、ずっと左手を差し出してきた。

 けれどもう、秘密を明かしてしまった。右手でも構わないだろう。ネネは瞬巡した後、ゆっくり右手を覆う革の手袋を外した。


「ごめんね、本当は右手に痕があることは、前から知ってたんだ」


「え……?」


「ネネってば、水に触れる時ですら手袋を外さないから……、かえって怪しかったよ。森で採取している時、手袋に入った土を捨てようと、手袋を外しているところを樹の上から見ていたんだ」


「そっか……」


 ルルは火傷の痕を、親指の腹で優しく擦った。赤く引き攣れた醜い痕に、そんな風に触れたのはルルが始めてだ。


「気持ち悪くない……? 左手でもいいよ」


「気持ち悪くなんかない。でもネネが嫌なら、治してあげる」


「え?」


 ルルは、吐息を吹き込むように、火傷の痕に唇を押し当てた。暖かい吐息が肌を濡らして、いつものように……いや、いつも以上に身体が熱くなった――。


「く……っ!」


 ――手が、熱い……っ、燃えているみたい……!


 目は開いているのに、見慣れた室内はおぼろに揺れて、灼熱の炎が視界いっぱいに拡がった。

 思い出してしまう、あの頃を――。

 しなるほど、背中を鞭で叩かれた。力いっぱい頬を張られて、棒切れみたいな身体は、何度も壁に打ちつけられた。骨の軋む鈍い音。嗚咽おえつ。意識が飛んでも尚、襲いかかる暴力。

 どうして、あんなにも辛く当たられたのか、今でも意味が判らない。あんなの、指導でも懲罰でも、なんでもない。ただ自分より弱い者をいたぶっているだけだ。意味なんてなかった。

 右手が熱すぎて、呪わしい記憶と混濁こんだくする。


 ――違う……っ! これは暴力じゃないっ!


 おののくネネを宥めるように、ルルは与える灼熱の合間に、痕を舌で舐めたり、唇で吸ったり、ネネの恐怖心を散らしてくれた。


「ん……、もう少し。大分綺麗になったよ」


 恐る恐る右手を見ると、あんなにはっきりと残っていた痕が、大分薄くなっていた。


「大丈夫だよ、あと少しだから……、ね?」


 ルルの青い勿忘草わすれなぐさの瞳が、魔性を帯びて煌めく。背筋はぞくりと震えたけれど、声も表情もすごく優しかったから、唇を引き結んで頷いてみせた。

 この熱の先を、見てみたい。痕が消えてなくなるというのなら、どんな痛みだって耐えてみせる――。

 覚悟を決めた途端、ルルは強く肌に吸い付いた。


「……っ、あ――っ!」


 身体中の血が勢いよく駆け巡り、火が出そうなほどに、どこもかしこも熱い。痛みというより、酒に酔ったような、酩酊感だ。くらくらする――。

 ようやくルルが唇を離した時には、息をするのもやっとの状態だった。肩を上下させて、テーブルに突っ伏しそうになる。


「ネネ、よく頑張ったね。見てごらん」


「――うそっ」


 奴隷の焼き印は、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。信じられない。滑らかな肌を何度も指でなぞった。


「私に出来ないことはないの」


 ルルは得意そうに、けれど優しく微笑んだ。


「ありがとう……」


 ――夢みたいだ……。絶対に消えないと思っていたのに……。


「ネネ、今度一緒に、カタルカナユ・サンタ・ガブリールに出掛けてみようよ」


「それは……」


 いくら奴隷の痕が消えても、人に見られるのは怖い。視線や仕草で、奴隷だとばれてしまわないだろうか……。


「大丈夫、私がついているから。聖銀を換金して、買い物しようよ。卵を食べたいって、言っていたじゃない。小麦もパンも油もいっぱい買えるよ」


 ――卵に小麦にパン……。


 買い出しに行きたい気持ちがむくむくと膨れ上がってきた。欲しいものはいろいろある……。とうとう誘惑に負けて頷くと、ルルは「約束ね」と綻んだように笑った。

 ウァンッ!

 じっと様子を見守っていた黒いのも、嬉しそうに吠えた。





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