部隊経営ってたいへんだよね。
どのくらい日がたったのか、記録をみないとちょっと思い出せない。
そんなに立ってないと思うんだけど、とにかくここんところずっと忙しくてボクはつらいです。
で、キァハはこの手ぜまな司令小屋にリベロを呼びつけていた。
かれは不動の姿せいでキァハの前に立ってる。顔はまだちょっとはれてるけど、目あった敵意はぜんぜんない。ふしぎだなぁ。
「憲兵活動はどうかしら? リベロ憲兵班長」
「キァハさまの規則に逆らってやがるバカを叩きなおしてます! 見逃しはありません」
リベロのやつはキァハを恨んでるんじゃないかとおもったけど、ぜんぜんそんなことない。逆にキァハに対して全面的にへりくだってる。キァハさまって何?
「ニック戦士長。憲兵班長の職権濫用の報告はあったか? また独自調査にてこの点について懸念すべき事項があったか?」
「ないんだよ。ふしぎだよねぇ」
そうそう。リベロのヤツって路地裏で浮浪児あつめて盗みとかやらせてたヤツじゃないか。
何でこんなのが職務に忠実なのがふしぎだよ。
「なるほど。やはり憲兵は向いてたみたいね。あと、報告書は必ず出しなさい。さぼったら解職するわよ」
「しっかり出します。このままやらせてください! 絶対にキァハさまに逆らわせません。キァハ様の規則に違反するやつは必ず処罰します」
「よし。任せたぞ、リベロ憲兵班長。おまえだけがこの仕事をこなせるはずだ。期待する」
「失礼します!」
リベロは敬礼して、胸をはってでていった。
「ねぇ、なんでリベロのやつはすっかりキァハに従ってるの?」
ボクは気になりすぎて、書類の整理をしながらキァハにたずねてしまう。
「そんなの簡単よ。適材適所ってやつ。ああいうのって威張りたがり屋なのよ。それを押さえ込もうとせずに威張れる権限を与えたほうが役に立つわ。あとは、いつでも頼りにしている感を出すことね。男って女に頼られると断れない生き物なのよ。ああいう単純な男は特にね」
「でも、もともと小さな窃盗団の団長やってたやつだよ?」
「そこにも利用価値があるわ。悪には悪を当てろってことよ。清廉潔白なヤツだけの組織なんてすぐに瓦解するわ。ある程度の必要悪があるの。規則違反者に一番詳しいのは、いつも規則破ってたやつって相場が決まってるもんよ」
キァハはさらさらと羽ペンを走らせる。そして処理済の箱に紙をいれる。
また新しい未処理の紙をとって、紙をじっとみつめてる。
「ふーん。キァハはいろいろ考えてるんだね」
「あたりまえよ。あと、あんた未処理の書類に処理済みのが混じってるから注意してよね?」
キァハが紙をひらひらさせる。あれ、失敗しちゃったか。
「ごめん」
ボクにはこういう書類仕事はテキザイテキショとかいうのに当てはまらないと思うんだ。
キァハ独立支援大隊の編成は、憲兵班長のリベロのヤツをのぞいて、けっこうひんぱんに配置換えが行われた。今日も第一長銃中隊の中隊長が解任された。第二長銃中隊の隊長はねばってるけど、たぶんそろそろ泣き言をこぼしに司令小屋に飛び込んでくると思う。なんかへらへらしたやつだったし。
「うーん。適当に文字が読めて計算ができるやつを中隊長にしてみたけど、しっくりこないわね。どうしたものやら」
キァハは人員の身上書をぺらぺらめくりながら、紅茶をのんでる。もちろん砂とうは手に入ってないから甘くない。そろそろ砂とうを買ってもいいんじゃないかな。
「文字が読めないとこまるの?」
「あたりまえよ。あたしの命令書読めなかったら困るじゃない」
「読める人に読んでもらうとかはだめなの?」
「ダメよ。中隊長くらいだと自分でいろんな資料調査して勉強するくらいのやつじゃないと務まらないわ。あたしの命令書に文句つけられるくらいの知性が欲しいところよね」
「それは、なってないリンゴを欲しがるようなものだよ」
「そう?」
「キァハはなにごとも自分の基準で考えるからね。よのなかにはできない人のほうが多いんだよ? ボクに中隊長が出来るとおもうかい?」
「ムリね」
即答されると、なんだかボクはやっぱりバカなんだと落ち込みたくなるよね。
「だけど、ほとんどの子はボクくらいの勉強もできないんだよ?」
「だから出来るやつを中隊長にしてみたのよ。だけどダメね」
うーん。いまいちキァハにつたわらないなぁ。どういえばいいのかな。
「こう考えたら? いまあるものじゃなくて、明日とか、あさってとかに手に入るもので考えるんだよ」
「は?」
「今日はリンゴはなってないけど、もう二ヶ月もすればまっ赤になるよ?」
「……なるほどね。あんた役に立つわね」
「ボクはいいたいことを上手にいえないから、キァハじゃないと分ってもらえないんだ。すごいのはキァハだよ」
「やっぱり、あたしがシッカリとした教育をあんたに施さないと。あたしが休みのときとか部隊を任せられる人材を用意しときたいし」
「えー。ボクはいやだよ。キァハみたいな仕事はたいへんだよ」
「命令だ。毎日二〇〇〇までに私事を終わらせて、あたしの家に集合。どうせ最近自習をサボってるんでしょ?」
「いそがしすぎるんだよ。はやく事務官をきめて欲しいな」
「それはあたしが判断すること。じゃ、仕事中断してあたしの直衛について。今から兵舎のほうに行くわよ!」
ええ! ちょっと困るよ。ボクはぜんぜん仕事がかたづいてないよ? このままじゃ今日は夕食ぬきでキァハのところで自習になっちゃう。
市場は再建がおわって、なんだかすっきりした街並みになった。屋台とか露店もそれぞれある程度の距離があけられていて、商品を満さいした荷馬車とかが行き場に困るみたいなことがおきないようになってる。これで荷馬車にひかれて死んじゃう人とかがへるんじゃないかな。それに、なんだか商品の値段もちょっとだけ下がってるみたい。
「キァハ。砂とうがちょっと安くなってるよ? 銀貨二枚だって。この前は銀貨二枚と銅貨五百枚だったのにね」
「商店通りが拡張されたから荷馬車が効率よく通れるようになったの。だから商品の大量仕入れが出来るようになったわけ。そうすると仕入れ費用が下がるから、値下げも出来るのよ」
「ぜんぜんわかりません……」
「まあ、べつにあんたには不要な知識だから。それよりもうすぐ兵舎よ。あんた、腰に吊るしてる銃剣の脱落防止ヒモを解除しときなさい。そうすればみんなの顔が引きつって緊張感が増す」
「なんでみんながこわがるの?」
「あんたね、自分が初日に何したか覚えてないの?」
「もちろんおぼえてるよ。キァハの命令をかんぺきにこなしたんだ。いくらボクでもそんなにすぐ物忘れしないよ?」
「なるほど。そういう記憶の仕方なのね……」
とにかくキァハに言われたとおり、銃剣に手を加えておく。
兵舎の敷地への出入り口は、正門と東の小さな通用門だけなんだ。キァハがいうには、兵隊を管理するには出入り口は少ないほどいいんだって。よくわかんないや。
――おつかれです。司令
このあいだリベロのやつを殴ってたやつが正門の警衛についてた。
「ご苦労。ケンツ憲兵。班長はどこにいったのかしら?」
――はっ。バカバッツ、いえ、バッツ憲兵をつれて市場のじゅんかいにでてます
「市場の巡回ね。たしかに憲兵規則にそんな業務も書いてあったわね。ま、結果さえ出してくれればそれでいいわ。報告書に嘘を書いたら銃殺と伝えておきなさい」
――……あそびにいったと白状するよう、つたえておきます
「よろしくね」
ケンツ憲兵の敬礼に答礼して、ボクたちは兵舎にはいった。
キァハの方針で、中隊を運営する体制が出来上がるまで大隊の各補助兵士はキァハ所定の個人練成計画をやることになってる。今の時間は……なんだっけ?
「ま、どうせみんなサボってるわ。でも、それでいい」
キァハが兵舎の中にはいると、玄関先でなにやら楽しそうにお話してた男の子と女の子が石像になったみたいにかたまった。
「べつに気にしないわ。続けて。見ててあげるから」
――いえ。えっと……
――そのぉ
楽しみをじゃましてごめんね。だけど運が悪いんじゃなくて、やることをやってればこういう気まずい事態にはならないはずなんだ。たぶん。
「なぜ銃を携行していない? 武装はどうした? 何があっても銃は常に保持するよう規則にしるしてあるはずだが」
キァハが二人を静かに問いつめる。おおかみに狙われた子羊ってこんな感じかもね。
――すいません。憲兵が見てないからつい……
――ごめんなさい
二人とも頭を下げた。ごめんなさいっていえばなんとかなりそうな感じじゃないけど。
「謝らなくていいわ。大事なことは規則の意味を自分の頭で考えることよ。どうして銃を保持していなければならないかわかる?」
――きそくだからですか?
男の子がまったく考えてない答えをだしちゃった。ボクと同じくらいバカだねえ。
「頭を使えといったでしょ。あんたは補助兵なの、つまり兵士。ってことはいつ緊急事態が生じても自分の身くらい守れるようにしておかなきゃいけないの。戦士長!」
「はっ」あーあ、また何かさせられるんだろうな。
「そこの女補助兵を殺せ。そこの男に銃が如何に重要だったかを刻み込む」
なるほど。命令だから仕方ない。
ボクは銃剣を抜く。刃先はこのまえ手入れしたばかりだから、さっくり刺さるはず。
「いたくしないから、うごかないでね」
――待ってください!
男の子が女の子をかばうように、ボクの前に立ちはだかる。女の子のほうはよくわかんないけど、目を大きく開いてふるえてる。今起きてることが信じられないのかな。
「じゃまだよ。ボクはキミのうしろの女の子を殺さなくちゃいけないんだ。じゃまするとキミも死んでもらうことになるけど、いいの?」
「男は殺すな」キァハの命令がとんできた。
「了解」
ボクは男の子のわき腹を、銃剣の柄でおもいっきり殴りつける。
男の子はぐぅ、といってひざをつく。これであさってくらいまで赤い小便がでるから。
「はい。うごかないでね。楽に死にたいでしょ? だから、肩の力をぬいて殺される用意をするといい」
ボクは女の子のどこを突いて殺そうか考える。たぶん、一番痛みをかんじないで死ねるのは心ぞうだとおもう。やわらかそうな胸をつきさすのは気が向かないけど、命令なんだ。
ボクは狙いをさだめて、肩の筋肉に力をいれる。
「戦士長、そのまま待て」
また命令だよ。ボクはいつでも殺せるように構えをとかない。
「待ってくださいっ! いくらなんでも横暴だとおもいますっ!」
なんだかリスとかそういう森の小さな生き物みたいな女の子が飛び出してきた。
身長もキァハよりちょっと小さい。
銃も持たずボクらの行いの行く末をみまもるだけの補助兵とはちがって、ちゃんと銃を携行してたし、鉄兜もかぶってる。だから栗色の髪がわずかにのぞくだけだ。装備と身長がちょっとちぐはぐでかわいい。
でも、瞳の色に怯えはないよ。まじめな女の子なんだろうな。自分のやってることが正しいと思ってるんだろうね。それに、キァハに逆らうのはとっても勇気がいることだから、勇気もあるのかもしれないよ。
「名乗りなさい」
「エリシュカ下級戦士です。いくら司令でもやりすぎです!」
やばい。キァハがニヤついてる。女の子を二人も殺すのはきぶんが悪いよ。それはこまるよ。
「エリシュカ下級戦士。なぜ貴官は二種武装なのだ?」
「敵襲があったらどうするんです? わたしはこんなところで死ぬつもりはないですっ!」
「はい、あんた採用!」
キァハがいきなりエリシュカさんを指差して宣言した。
「エリシュカ下級戦士。あんたそのままあたしについてきなさい。ニック戦士長は武装解除。ついてきなさい」
「ちょっと待ってください! 司令! 話が理解できませんっ」
エリシュカさんがリスみたいにほっぺをふくらましてキァハを追っかけていく。
ボクはいわれたとおり銃剣をしまう。そしてうずくまってる男の子と、へたってしまった女の子をみる。
「ボクに殺されたくなければ、銃を持ってればいいんじゃない? そうしたら身を守れるよ」
ボクは二人にそういい残して、キァハの背中を守るために、追いかけることにした。
キァハとボク。それからわけもわからずキァハの家までつれてこられたエリシュカさんで、円卓をかこんでる。ボクが入れた紅茶をキァハはえんりょなく飲んでるけど、エリシュカさんは手をつけてない。冷めちゃうよ? もったいないなぁ。
「ちゃんと事情を説明してくださいっ。そうじゃないとわたし、ここでどうふるまえばいいかわからないですっ」
何だか思ってることをはっきり伝える子だね。
「じゃ、説明してあげるわよ。あんた見込みあるから、第一長銃中隊の中隊長に任命するわ。以上、かかれ」
かかります、とボクだったらいうんだけど、エリシュカさんはうす桃いろの唇をかんだままだまってる。
「そんな大役、わたしにはこなす自信がありませんっ」
あれ? キァハがおこらないや。ボクができないよぉって言っても、出来るできないじゃない、やれっておこるのに。不公平だっ!
「大丈夫よ。いま自信がないなら努力して明日身につけなさいよ。それでもダメなら明後日。そうやって繰り返して自分を鍛えれば、いつかは必ず自信と能力を身に着けられるはずよ。さ、お茶でも飲んで気楽にいってみましょ」
「そんな……そんな簡単に決めちゃっていいんですかっ? 人の命とか、運命がかかってるのにそれでいいんですかっ?」
なんだか不安そうだね。警戒するリスってこんなかんじかも。
「あー、そんなの適当にこなせばいいのよ。命ってのは思い通りにならないもんなのよ。あたしもあんたも、いつ死ぬかなんてわかんないじゃない? それでもアホみたいに『わたしはこんなところで死ぬつもりありません』って世界に文句言えるんなら、他人の命を預かる資格くらいあるわよ? だからあんたに第一長銃中隊百人の命を預けるわ。あんた以外にあたしに文句言える勇気もったやつが一人もいなかったし。じゃ、そゆことで」
エリシュカさんはしばらくだまってた。
で、冷めた紅茶をいきなりぐいっと飲み干すと、イスを静かにひいて、不動の姿勢をとった。
「エリシュカ下級戦士は、第一中隊長を拝命したことを光栄に思い、与えられた権限と責任を全う致しますっ」
「任せる、エリシュカ一中隊長。一中隊をなんとか掌握してみせてほしいところだわ。期待してる。かかれ」
「かかります」
エリシュカさんは本当にリスみたいにすばしっこくて、あっというまにキァハの家から出て行っちゃった。
「だいじょうぶかな? なんだかリスみたいでかわいらしくて」
「かわいいだけの女をあたしが中隊長にすると思う?」
「ぜんぜん」
「ま、そういうことよ。あとは二中隊と本部直轄中隊の人事管理ね」
だけど、キァハ。そんなよゆうはないみたいだよ。ボクにはきこえちゃった。
「キァハ。警鐘だよ」
キァハの表情がきびしい。
わかるよ。こまったなぁ。ちょっとまにあわなかったね。