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やっと部隊編成なんだけどさ……

 みんな子どもだ。

 城壁の外側にならんだ幌馬車をみたときは、その数におどろいたけど……。いまは集まった連中が、ボクのおもってた兵隊とはぜんぜんちがうことにおどろいてる。

 幌馬車の垂れ幕をめくればめくるほど、少しずつ胸がくるしくなる。この子たちは、ここで何をしなきゃいけないのかわかってくれるだろうか。ただキァハに言われるままにたんたんとやっていくだけ。あれをしろ、これをしろ。戦え。それができるのかな?


「全員下車。四列横隊に整列」


 ボクはこの号令をすべての幌馬車の中にする。

 補助兵たちはぞろぞろと馬車からおりはじめる。

 一応、どの補助兵も整列くらいはできるみたい。

 補助兵、つまり正規軍をたすけるための子ども兵士たちの装備はボクのなんかよりもずっと旧式だ。これはどういうことだろう?  

 キァハもびっくりしちゃうとおもうよ。

 元込式三連発長銃をもってるならまだましだけど、旧式の前込式単発銃をもってる子もいる。銃すら持ってないのだっているよ?


「これよりきみたちを宿舎に向けて案内する。右向け、右――前へ、進め」


 みんな号令の意味はちゃんとわかるみたいだ。だけど行進の足なみがばらばらなのが気になる。それに銃の整備もいいかげんだ。撃てるかどうかあやしいのもある。

 制服が体にあってないのもいる。弾帯がずり落ちてるのもいる。軍靴の手入れがなっていないから、すぐに浸水して足をいためそうなのもいる。

 キァハから受け取った書類では、みな短期教練課程を経ているだけらしい。たった二ヶ月の訓練。しかもほとんどは一般学習中心で、軍事教練なんてろくにやってない。

 まずいよこれは。戦えないよ!

 どうしよう。いや、どうする? とにかくキァハに報告だ。

 子どもばかりの集まりだから、街の人たちがめずらしそうにボクらをながめる。

 補助兵のみんなは注目されることになれてないから、なんだか恥ずかしそうになったり、逆にへんに堂々としたりしてる。

 赤羽根騎兵団がこの姿をみたら、もうちょっと駐屯してやろうか? って申し出てくれそうなじょうたいだってことくらい、ボクだってわかるよ。

 キァハ。きみはたいへんな部隊をまかされたみたいだ。






 キァハ独立支援大隊三百人が暮らすための宿舎は、商工業組合が提供してくれた行商人むけの宿を改しゅうしたものなんだ。凹型木造二階建で、キァハの家が百軒くらい建てられそうなでっかい土地に建てられてる。緑の芝生の中庭まであって、ボクはおどろいた。

 なんでボクはここに住めないで、ずっとキァハの家の軒下なのかな。

 ここから市場も近いし、生活するにはわるくないとおもう。集団生活もなれればそんなにつらくもないし。キァハの意向でちゃんと男女の部屋はわかれてるし、風紀とかいうのは乱れないと思う。

 でも、ボクはこまってる。

 統制がぜんぜんとれないんだ。


――もじがよめません。ぼくのへやはどこですか?

――にもつはどこにおけばいいですか?

――これからなにをすればいいですか?


 しつもんばかりだ! キァハがくれた紙にだいたいのことは書いてあるし、大部屋とかろうかにも計画表とか予定表、規そくもぜんぶ貼ってあるのに!


「ニック戦士長、待て」


 ボクがあたふた紙をもって走り回ってるのを止める命令だ。ボクに命令を出せるのは一人だけだ。つまり、キァハ。


「お疲れさまです。司令」ボクはキァハに敬礼する。


 キァハは朝とはうってかわって、ピシッとした格好をしていた。戦功章もきれいに並んでる。


「できる限り早く引継ぎを終えてきたわ。どうせあんたが混乱してると思ってね」

「たすかります」

「赤羽根騎兵団はいまごろ市長閣下の熱いお見送りを受けながら城門をでてるかしら」


 市長さんじゃなくても、この残念な補助兵たちをみたら正規軍にもうしばらくいるように説得したくなるよ。


「司令、ボクはどうしたらいいんだろう?」


 けっきょく、ボクはキァハに質問するしかない。キァハは一日にいったいどのくらいの質問をうけるんだろうか。


「ま、あんまり気にしなくて良いわ。とにかくいまから十五分で荷物を部屋にほうりこませるくらいできるでしょ? そしたら全員を中庭にだしてちょうだい。なにもかも初めてなんだから、混乱しながら掌握してくしかないのよ」

「うん。十五分後に全員を中庭に出します。隊形は?」

「あのね、そのくらいあんたの裁量に任せるわ。戦士長」

「司令、ボクは下級戦士だよ? 階級をまちがわないでよ」

「いい忘れてたわ。あんた司令権限で昇進させたから。中庭で階級章渡すわよ」


 キァハはそういって、あたふたしてる補助兵たちのようすを見回りにいってしまう。

 ボクが昇進? 

 えらくなるのって楽しいのかと思ってたけど、ぜんぜんおもしろくないよ? むしろ、心配ごとが増えるだけみたいだ。ボクはおかしいのかな……。






 大隊のみんなを中庭に整列させるだけでもたいへんだった。

 りっぱな宿舎でこころがみんな浮ついてるんだ。ボクだってこんなりっぱなところに住めるなら、みんなと同じように私語をつつしむことができないだろうな。


「せいしゅくに!」ボクは声をはりあげる。


 だけど、なぜかクスクス笑いが聞こえる。ボクがバカにされるのは良いけど、キァハが前に立ったときくすくす笑ったらたいへんな事になるからやめさせないと。

 どうしよう。こまったなぁ。


「気をつけ!」


 うわ。ボクはあわて背筋をのばしてかかとをそろえる。

 この号令はこわいときのキァハだ。

 彼女はなんだか楽しそうに、ボクが用意した弾薬箱の上に立って皆を見わたしてる。やばいよ。全部見えてるんだろうね。

 でも、わかってないのが何人かいる。キァハの見た目はかわいい女の子だし、ボクと同い年だから、油断しちゃってるんだろうなぁ。


――いい女じゃん

――女隊長か。こりゃ楽しくなりそうだぜ


 あーあー、その手の会話はまずいんだって。ここはキァハ独立支援大隊。キァハは絶対であって、かわいいだけの女の子じゃないから。


「気をつけ、という号令の意味がわかっていないやつがいるようだな」


 はじまったよ……。


「先任、あたしの号令に従わなかった愚か者を列外に出せ」

「司令、まだなれてないだけだから、許してあげたほうが……」

「命令だ。かかれ」

「かかります」


 ボクはしかたなく、むだ口をたたいてしまったかわいそうな人を全員列外にださせる。


「ほら、キミもしゃべったよね。だから列外に出て」

「あん? お前、オレとカタガキいっしょじゃねえか」

「いうことをきいて。いまだけは」


 あー、もう。わかってないよ。いまはそういう個人的なきもちとかでうごいたらダメなんだよ。キァハはもう軍隊はじめましたって感じだから。


「軍隊ってのは強いやつがエラい! そうだろ? お前ら」

――おうよ

――女なんかにしたがえるかよ


 この元気がいい男の子のとりまきたちが騒ぎはじめた。


「ああ、そういうふうに考えるんだね。そういうのは後できいてあげるから列の外にでよう」

「うるせえ!」


 ボクはどんっと胸を突き飛ばされちゃう。どうしよう。


「司令。いうことをききません!」


 ボクはまばたき一つせず微笑を浮かべてるキァハに、情けない報告をする。

「どうせ女を使って出世したんだろ? 司令官殿?」


 わかってない男の子は、たぶんロジウラで子ども達のオカシラでもやってたんだと思う。

 そのときの感じでここにいるんだろうな。


「そこの元気なやつ。列外に出ろ」


 キァハが宣言する。ボクはなにも命令されてないから何もしない。


「いやだといったら?」ニヤニヤしながら元気な男の子が言った。

「その選択肢はない。前に出ろ」

「出してみなよ?」男の子はおどけてみせる。

「なるほど。初等教育もそういう態度で通したそうだな。リベロ下級戦士」

「なれなれしく名前呼ぶんじゃねえよ、おっぱいのちっちゃい姉ちゃんよ」

「先任。軍規に照らしてその男を処分しろ」


 そういう命令はいやだなあ。でも命令だからしかたないよね。


「えっと、リベロ下級戦士だったね」

「うるせーよ、ガキが」

「ごめんね。抗命罪とかいうのの現行犯でキミを拘束するよ。軍法会議にかかる権利が与えられるから、いぎ申し立てはそこでやってよ。いぎ申し立てってわかる? いいわけって意味なんだって。キァハが言ってた」

「あん? お前がオレを捕まえるって? 笑わせるぜ」


 わからずやだな。

 ボクは吊るしていた銃剣をさっさとぬいて、キァハのことをぜんぜんわかってない男の子の喉元に突きつける。

 ちょっとささって血がたれてるけど気にしない。


「ぐっ……てめえ」

「抵抗しないで。ボクはきみに助かる機会をあたえてるんだ。わかるよね?」


 ボクはさらにぐいっとついていく。もっと刺せばこいつ死ぬよ。


「ボクは命令があればキミを殺すよ?」

「ちっ……」


 男の子は顔をゆがめてそのまま黙り込む。


「キァハ司令。ちんあつしました」

「ご苦労。その男を列外に出せ」


 ボクはいわれたとおり、リベロとかいうバカな子を歩かせて、キァハの前につれてく。


「先任。手錠はあるか?」

「いいえ」

「では、貴様が手錠になれ」

「了解」


 ボクは銃剣をしまう。このすきを突いてどうこうあばれようとするリベロの訓練不足すぎる拳打をさっさとひねりあげて、中庭のやわらかい芝の香りをかがせてあげた。

 めりめり、となにかがきしんでるけど、ボクは気にしない。手錠はたぶん相手が苦しくてもしめあげるのをやめないから。


「そこのお前。それから貴様。隣りのやつもだ。列外に出ろ」


 リベロのとりまき連中がキァハに指名される。ふまんそうな顔をうかべて列外に出てきた。


「あたしとしては、抗命罪の刑罰は重すぎると思っている。銃殺か禁固だ」


 場の空気がいっきにおもくなってる。普通の子たちは青くなってるよ?


「だが、それは趣がなくてつまらんものだと思っている。そこで一つ提案だ。貴様達、自分の親分を殴ることだな。一人三回。三人で九回。全力でやれ。それで終わりだ」

――できません。そんなこと。


 おやおや。おもったより人気があるんだね。リベロって子は。


「おい! いいからオレをたこ殴りにしろ!」

――でも……

「このくそ女、いや、くそ司令が甘くしてくれるって言ってんだよ! やれ」

――は、はい!


 ボクはリベロの腕をひねりあげてむりやり立たせる。

 とりまきの一人が、このバカのほほを一げきした。


「先任。いまのは本気だったか?」

「いいえ。殺すにはいたらないゆるい拳でした」

「そうか。本気でやれ」


 キァハが冷たくいいはなつ。






 四発くらいでリベロのあごはだらしなく外れて、芝生の上にぼたぼたと血がたれた。

 たぶん、そうとう痛いと思う。ボクはけっして拘束を解かなかったから、肩とかもはずれてるとおもうんだ。でも、命令だからしかたないよ。


「ふむ。気を失わないとはなかなかのものだ」

「――」


 アゴがはずれてるし、血がのどまで流れ込んでるだろうから、リベロは返事なんてできない。よく死なずにがんばってるよ。

 だけど、目はなまいきそうにキァハをにらんでる。やめとけばいいのに。

 大隊の女の子たちは目を伏せてるし、男の子たちもにたようなもの。


「ま、こんなところでいいか。リベロ下級戦士。以後命令に逆らうことは許さない。次はないと思え。しかし、貴様に兵達の列内へと戻ることは許さない」


 ってことは、やっぱり禁固ってことなのかな?


「今後は大隊本部付憲兵班長としてあたしの犬になれ。そしてあたしのそばで全てを見据えろ。貴様に真の権限の使い方を叩き込んでやる。偉ぶるな、偉くなれ。処分は以上だ」


 そして、キァハはリベロの顔面をにぎり拳で一げきした。

 鼻の骨がおれたとおもう。キァハの拳は血によごれちゃった。あ、リベロは気絶したよ。ボクはキァハにさっとハンカチをさしだす。

 キァハはまったくもってやりすぎだよ。魔女をよんでこないとなぁ。命令があればだけど。


「さて、諸君。これがキァハ独立支援大隊のやり方だ。あたしの方針に従っていればいい暮らしと給料を保証しよう。あたしに従い、あたしのために死ね」


 みんながキァハをこわがっている。ボクもたまにこわいときがあるけど、でも、本当はただのやさしい女の子だって知ってるし、友だちだから。


「あ、そうそう。階級章を授与しなきゃね。ニック先任下級戦士、前へ」


 ボクはリベロなんてほっといて、キァハの前に進み出る。


「ニック先任下級戦士を司令権限に基づき戦士長に任命する」


 キァハはそういってボクの襟についてる階級章をつけかえてくれる。ただの銅のかなづちから金色の剣に変わった。


「(えっとなんていえば……)」ボクは小声でたずねてしまう。

「ニック戦士長!」

「はいっ!」

「あたしのために死ねるか?」


 キァハがなんだか楽しそうだ。


「ボクはきみのためなら死ねるよ」


 とにかくすなおに応えておく。


「よし。尽くせ。では、部隊を解散させろ」

「大隊長に――敬礼!」


 ボクは、はらの底から号令をかける。

 大隊の連中はみんなそれぞれにさいこうだと思う敬礼をしてるみたいだ。こわいからだとは思うけど、そのうちそれだけじゃなくなると思うよ。


「ご苦労!」


 キァハが答礼する。ほんとうにおつかれさまだよ、キァハは。

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