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ボクの上官は、がんばってます

 いよいよ明日はキァハの部下がとうちゃくするってことで、ボクはたくさん仕事を与えられてる。まだ文字もうまくかけないのに、たくさん管理資料をつくらなきゃいけない。倉庫に届いた物資の数をかぞえて、それを記入するだけのかんたんな仕事だけど、枚数がおおすぎるんだ。あと物資の種るいとか、数とかが。


「なによ?」

「こんなの今日じゅうにできるわけないよ」

「あのね、それあたしだと三十分くらいで終わるわ」


 うそだろ? そんなのボクみたいなやつにはぜったいムリ。


「キァハってどこで教育を受けたの?」


 キァハが書類の上をすべる羽根ペンを止める。


「基本教導教育を三ヶ月。以後特別教育隊で六ヶ月。士官準備教育を三ヶ月」

「あれ? ボクの受けたものとはちがうってこと?」


 キァハは羽根ペンを置いて、ふうっと背のびした。そういうしぐさはやっぱり女の子だ。


「あんたが履修したのは特技課程よ。ガラが悪いか、自分が結構危ないヤツだってことを自覚してない孤児を集めた特殊なやつらを教育するところ。特技兵計画ってのが計画名だったと思うけど。あれ予算どこがだしてるんだっけ……どっかと折半だったような」

「ボクってガラわるいの?」


 ボクは自分ではそんなふうには思っていなかったなぁ。


「話聞いてた? あんたは自覚してないほうなんだって……。十二ヶ月の訓練は結構大変なはずだけど。噂じゃ実弾訓練ばっかりしてるとか」

「そうだね。毎日うちあってたよ?」

「え? 実弾で?」

「そう。生きのこったら教官どのがほめてくれるんだ。紅茶に好きなだけ砂とうを入れていいんだよ? すごいよね。あーあ、さい近は甘い紅茶をのんでないね」

「特技兵計画ってやばいわね。大人って実はすごく頭おかしいのかも」

「で、なんでキァハはボクの訓練知ってるの?」

「……あのね、人事記録ってのはちゃんと部隊司令は目を通すのよ。だからあんたの受けた教育と成績・特技・性格的特長なんかも大体書いてあるわけ。ただ特技兵士計画って詳細不明なのよ」

「おお、やっぱりキァハはすごいんだね」


 ボクはすなおに感心する。


「いやいや、記録したのはあたしじゃなくて軍だから」

 キァハの苦笑いと照れ笑いを区別するほうほうがいまいちよくわからない。


「キァハはボクのこと知ってるんだよね。じゃ、ボクがキァハのこと知らないのは不公平だろ?」


 キァハが水差しからカップに水を注ぐ。キァハはつめたい井戸水が好きだか、ボクがしょっちゅう井戸まで水くみに行かなきゃいけない。


「確かにそうね。けれど、相手を知るって経歴とかそういうものじゃないわ。でも、あんたが知りたいっていうなら教えてあげる。べ、別にあんたに知って欲しいわけじゃないんだからね!」

「あ、それ知ってる。このまえ、旅芸人一座がやってたよ。ツンデレッタ姫のゆううつ」

「なによ、あんたも意外と流行りに詳しいのね」

「ごまかしてないで早く話してよ、キァハ」

「そうね、あたしは元々奴隷だったわけ。あたしって可愛いでしょ?」

「うん、まあまあ」

「ぬ。イラっとくるわね。ま、女の子だし性奴隷候補として奴隷商人に懇切丁寧に大事に育てられてたわけ。奴隷商人はあたしを富豪とか、北方の王国貴族向けの清楚で教養溢れた処女という魅力的商品に仕上げるつもりだったみたい。傷物って安いのよ、知ってた?いま思い返せば、性奴隷候補の生活って最低よね。一日中何だか知らないけど太い棒をしゃぶらされたりとか、ほんと頭おかしくなるかと思ったわ」

「ふぅん。棒をしゃぶるのが上手になったの?」

「あんたって……いえ、なんでもないわ。でもまあ、奴隷商人も金策詰まったらしくて、あたしを共和国首都サグラダで売り払うことにしたわけ」

「売れた? いくらだったの?」

「あんた結構失礼なヤツね」

「なんで? やっぱりキァハだからすっごく高いんじゃないかな」

「……まあ、金貨一枚と銀貨一枚なんて中途半端な値段だったわ」

「まえからおもってたんだけど、金貨一枚って、銀貨何枚? 僕の給金は銀貨一枚なんだけど」

「銀貨千枚。あんたの給金百年分よ」

「キァハっておいしいの?」

「は?」

「だって銀貨一枚でたくさんおいしいもの買えるんだよ?」

「……最初は不細工な成金に変われるところだったけど、たまたま広場にいた魔女があたしを買ったの。銀貨一枚追加で」

「じゃ、魔女のどれいになったんだ。カカシとかにされなかった?」

「あんた魔女についてずいぶん偏見あるわね。一応言っとくけど、あたしにとってのお母さんはあたしを買った魔女だから」

「ええっ!」

「いい人だったわ。魔女には深く愛する人がいて、彼のために子を成したかったの。でも、人と魔女の間に子は生まれない。だからあたしを買ったの」

「じゃあ、キァハは孤児じゃないんだ。ボクとおなじだと思ってたのに」

「身分的には相変わらず奴隷よ」

「そうなのかぁ」


 なんだかどれい制度ってふくざつすぎてボクのりかいにあまるよ。


「何、まだ何か知りたいの?」

「だって話がすすんでないよ」

「話の腰を折ったのはあんたでしょ? まあ、そんなこんなで魔女からこれまた変な教育を受けたわけ。で、自律して生きてみたいって思っちゃったの。魔女に教育受けるとそう思いたくなっちゃうのよ。人は自らの王であれ。意思の力で己の価値に挑戦せよ。こんなこと言われたらまあ、そうですかってなるわ」

「で、お母さんとお父さんは許してくれたの?」

「許すも何も、奴隷で孤児なのは身分上明らかだし。勝手に補助軍の志願用紙に名前書いて出しちゃった。もう、お父様激怒。お母さん爆笑。やっぱ母さんは一味違うわ」

「まじょはへんだから。このまえボクたちを治してくれたまじょはいままで笑ったことなんてないってさ」

「あんた、魔女に対する認識改める機会をもったほうがいいわよ? まあ、そんなこんなでここにいるわけ。『運よく良い家に買われたがゆえに、そこに安住するなど我の娘ではないのう』というのが母さんの言。高貴なる者であれ、高貴なるものの義務を果たせってさ」

「こうき?」

「諦めぬこと、見捨てぬこと、寛容たること」

「むつかしいね。言葉だけでもむつかしいよ」

「ええ。とっても」

「でも、キァハならできるんじゃないかな」


 とってもつよいもん。ちょっと泣き虫だけどさ。


「ありがと」そういって笑えるキミはやっぱり――。

「ねえ、キァハ。またお母さんとお父さんに会いたい?」

「そうね、生きてるうちにもう一度は。多分会えるわ。そんな気がする」

「ボクはお父さんもお母さんも知らないんだ。たぶん、さいしょから孤児としてこの世界にあらわれたんだよ。小さいときのことでおぼえてるのは、どのゴミ箱から何を手に入れられるかばっかり」


 ボクがおもいだせることなんてそんなもの。ボクの人生が楽しくなったのは、キァハの部下になってからだ。


「あんたは祝福されてここにいるわ。親がいなくたって、あたしがいる」

「ボクはキァハの友だちになれて楽しいよ」

「ええ。あんたはバカだけど悪いやつじゃないわ。さて、お父様になんて報告したものやら」

「報告?」

「ううん。なんでもないわ。無駄話が過ぎたわね。執務にかかれ、下級戦士」

「かかります」

 





 書類をつくりおわって、キァハの分まで銃のせいびをした。倉庫のなかみも確認したし、司令小屋のまわりの草むしりもやった。キァハに言われるままたくさんの手紙の束をもって、市庁舎のまん前にある共和国郵政ってところの窓口にも行った。窓口のおねえさんはしんせつで、どの手紙をどの窓口に出せばいいのか教えてくれた。こんどはまちがえないようにしよう。


「あ、そうそう。あんた宛に中央から面白いものが届いたわよ」


 キァハはなかなかりっぱなつくりの封筒をボクにくれた。

 中をみると、ぶあつい紙が一枚入ってた。なんかむつかしい文字ばかりだから読めない。


「ねえ、キァハ。読んでよ」


 執務机で仕事してるキァハにたのむ。彼女は紙をうけとる。


「あんたに分るように簡単に言うと、警官を助けてくれてありがとう。皆感謝してますって書いてあんの。ということで……気をつけ!」


 ボクは反射的に背すじをのばして、あごを引き、かかとをそろえる。


「ニック下級戦士、民政支援章を授与する。民政の向上のための作戦に従事し、見事に任務を果たし、これにより人々の安寧に資したことを表彰し、当戦功章を授与する」


 キァハはなんだか形式てきな口上をいって、ボクの胸元にかがみのようにつるつるの小さな銅貨みたいなのを、あみこまれた派手なリボンと共に、ピンでとめてくれた。


「ねえ、これって?」

「おめでとう、下級戦士。きみの功績を軍は見逃さない。以上だ、休め」


 ニボクはキァハに敬礼する。そしてこのめずらしいものをながめる。


「ねえねえ、これって勲章ってやつなの?」

「バカ。そんな立派なもんじゃないわよ。戦功章よ。あんたの寂しい胸元もこれでちょっとは飾り物がつくでしょ。あ、メダルは日ごろは外してしまっときなさい。そっちの箱に入ってる略綬だけで十分だから」


 そういって、キァハはまた羽根ペンを手にとり、仕事にもどった。

 自分がもらってみて、ボクは初めてキァハの左胸(なんだか恥ずかしいからキァハの丸い胸はあんまり見ないようにしてる)には、ボクと同じものと、そのほかに三つくらい四角いりゃくじゅってのががあることにきづいた。


「キァハはけっこう持ってるんだね」

「二つは訓練課程で最優秀だったやつ。一つは単純に部隊指揮官章。まともに立てた戦功は今のところあんたと一緒よ」

「これからいっぱいもらえるのかな」

「こんなものいらないからさっさと食料を送れっての、人事補給本部は」


 ボクとしては気分がいいけど、なんだかキァハはいろいろ不満があるみたいだ。仕方ないからしげきしないようにいそいそと司令小屋を退出しようとする。


「ニック、もうすぐ倉庫前に商人が来るから、商人に指示を出して倉庫内に積荷を運ばせなさい。あと、納品書と倉庫のどこにおいたか記録書を作って提出。かかれ」

「うわ、休みなしだねぇ。かかります」

 





 お疲れさんといって、空になった荷馬車を率いた商人の後姿をみおくって、ボクはさっさと司令小屋にもどる。終わった報告しないとキァハふきげんになるからね。

 司令小屋のなかで、キァハはひまそうにしていた。未処理の紙束は全てせんめつされたんじゃないかな。


「納品業務、おわったよ」

「ご苦労。さてと、納品書確認したら外出するわよ」

「どこいくの?」

「飲みに行くの」

「じゃ、ついていくよ」

「当然でしょ」

「あれ? そういうものなのかな」


 キァハはさっと納品書に目を通し、なにやら帳簿にそれをはさみ込んだ。そして帳簿を机の引き出しにしまってカギをかけた。そんなに大事なものなのかな。でもいいや。何よりも、飲みに行くことのほうがが楽しみだし。






 ボクたちは軍服のまま、おしゃれな赤れんが造りのお店にきた。入り口にはやわらかい光のランタンがあって、とびらは真っ黒でぴかぴか。ドアノブがよごれてないっておどろきだ。

 お店の中は、シャンデリアのかがやきが静かな夜のふんいきをだしてる。身なりのいいお客さんばかりがおさえた声で会話してる。


「いらっしゃいませ。お客様。当店は紹介制となっております。紹介者の方の推薦状をお持ちですか?」


 背の高い口ひげをたくわえたおじさんが低い声でキァハにたずねる。


「これよ」

「拝見いたします……。ほほう。モモポフ様からですね。ということはあなた様が先日の市場制圧作戦の女性指揮官ですか。女偉丈夫を想像しておりましたが、これはまたいい意味で予想外です。すぐに特別席をご用意いたします。今後ともごひいきに」


 おじさんがすっと手を上げると、若いお兄さんがボクたちを店の奥にある個室につれていってくれた。

 個室の壁一面には、いろんな種類の酒びんがきれいに整とんされて置いてある。


「ごゆっくりおくつろぎください。料理のほうは今回は当店がお出しいたします」

「あら、気が利くわね」

「組合の盟友、ということでございますから」

「そう。じゃ、下がっていいわ」


 失礼いたします、といって店員のお兄さんがさがる。みんな背すじ伸ばしてたいへんそうだ。


「このイス、キァハの家のソファよりすわり心地がいいね。寝ちゃえそう」

「そうね。さて、飲みますか」

「これって、そこに並んでるお酒ぜんぶ飲んでいいの?」

「そういうことになってるわね。でも、全部あけられるほど長生きできるとは思ってないわ」


 キァハはそういって、ぶどう酒のビンをとった。彼女はぶどう酒が好きみたい。

 ボクは火酒のほうがすきなんだけど。

 




 青菜とジャガイモをにんにくと特製ソースで炒めたものが卓上に置かれる。空になったビンを回収すると、店員さんは下がっていく。

 炒め物を遠慮なくふたりでがっつきながら、だまって新しいぶどう酒のビンを開けて飲む。

 話すよりも食べて飲む。

 あっという間に野菜炒めがなくなり、今度はもりもりの厚切り肉のぶどう酒煮込みがどどんと個室の卓上におかれる。煮汁がこぼれようがおかまいなく、ボクたちは肉をもぐもぐ。

 やっと腹が一段落ついたころに、ほほにやわらかな赤みをさしたキァハが口をひらく。


「これこそ幸せってやつじゃないかしら! おいしいものさえ食べれれば実は幸せなんじゃないの?」

「そうかもしれない」


 ボクは氷でみたされたグラスに火酒を注ぎこむ。


「キァハ。氷ってどうやって作ってるの?」

「もともとは医療用だったのよ。だから魔女が製法を独占してる。魔女にたのんどけば指定時間に配達してくれるわ。しかも無料だし」

「人の技術では作れないのかな?」

「さあ? 氷なんて魔女に頼んどけばタダで手に入るから誰も気にしてないわよ」

「まじょはふしぎな人たちだなぁ」


 でも、なんでお酒を飲むとふわふわするのかな。それのほうがふしぎだなぁ。


「ねえ、ニック。もしあたし達が戦わなくっていい世界だったら、何をしたい?」酔ったキァハはみゃくらくがないね。


 うーん。ボクはすこし考える。火酒を飲むとどうしても考えるのに時間がかかるようになる。


「そうぞうもつかないや。ボクはこういう生き方以外、ぜんぜん思いつかない」


 へー、とキァハがとろんとちゃう。だんだんほほの赤みが増している気がする。気がつけばぶどう酒のビンが三本も空になってる。


「戦わなくていい世界なんて絶対にこないわよね」

「どうして?」

「『敵』は常にどこかにいるから」

「『敵』っていったい何なんだろうね?」

「時と場合によって意味が変わるから厄介よね。でも、それは常に存在する」

「そっか。敵がいたら戦わないと死んじゃうもんね」

「みんな生きてる実感が欲しいから敵を作ってるだけかもね。どうでもいいわ。どいつもこいつもつまらない権利のための闘争でもやってりゃいいのよ。戦ってないと生きてる実感がないってのが人間最大の欠点よね。さあ、もう一本飲むわよ」

「どうぞ」


 キァハはだんだんいいかげんな感じになってきた。それに、なんだか世の中に対して攻げき的になってる。これはやっかいだなぁ。


「キァハは戦わなくていい世界があったらなにするの?」

「あたし? たぶん、そういう世界を戦いが必要な世界にするんじゃないかしら。なんかあたしって戦ってないと生きていけないのよ。あたし、人間だもん。子どもだもん」

「子どもは戦わなくていいんじゃないかな?」

「だーめっ! 子どもがおっきくなったりゃ大人になるのぉ。おっきな子どもが大人なんだから、ただの子どもが一番戦いを愛してるの! 虫を捕まえて、羽根をじわじわむしるのは子どもにしかできないの。子どもだけが命の軽さを本能的に知ってるの。その意味で『生権力』の管理の一形態としての戦争がある」

「大人は殺しあいに理屈をつけるもんね。で、キァハみたいな賢い子どもは、ボクみたいな頭のわるい子どもをこき使って好きなだけあばれちゃうんだ。いやなやつだな、キァハは」

「そそ。下級戦士よ、そこのぶどう酒のビンを取ってよこすのじゃ。かかりぇ」

「かかりまふ」


 ボクはふらふらしながらビンをとる。キァハはどれだけ飲むつもりなんだろうか。

 





 とにかくキァハがふらふらのベロベロなので、肩をかす。


「まったくねぇ、上の連中はあたしの陳情書なんて握りつぶしてんのよ!」


 そういってボクの首をぐいぐいしめる。ボクはきみの部下だっての。


「あん? なにみてんのよ! 子どもが酔っ払って悪いわけ? 法律には全然ふれてませーん!」


 キァハがボクたちを横目でみてとおりすぎる人たちに文句をつけはじめる。

 みんなくすくす笑いながら、ボクらのよこを流れていく。


「キァハ。飲みすぎだよ」

「大丈夫よ! だいじょーぶ! 敵がきたらぱっと冴えわたるってばぁ」


 こりゃだめだよ。でもまあ、正規軍もいるから今夜はだいじょうぶだとは思うけど。

 キァハのひざはもうぐにゃぐにゃだから、支えてるこっちがたいへんだ。左へふらふら、右へふらふら。ボクはすいません、すいませんといいながら道をいくしかない。みんなの苦笑をみてるかんじだと、ボクらそうとうひどく酔ってるみたい。


――いってぇな


 あー、もう。キァハがなんだか目つきの悪い兄さん連中につっこんじゃったよ。

「すいません。彼女ひどく酔ってて」


 ボクはとりあえずあやまる。


――よう、姉ちゃん。キレイな顔してるね。俺たちにちゃんと謝ってくんないかな?

――なんだったら俺たちの部屋で楽しくヤろうぜ


 こりゃまためんどうなのにつっこんだね、キァハ。

 明らかにまわりの通行人たちがボクたちをさけてる。つまりこいつらこのあたりでそれなりのワルってことになってるかな。


――え? お嬢ちゃんよ?


 やたら体格のイイ男がキァハの肩にふれた。

 あーまずい。ボクも酔ってるけど、とにかくあわてて彼女のそばに行く。


「あたしに許可なく触れるなぁ! 銃殺!」


 あわわ。キァハやっぱりおこっちゃったよ。もうね、キァハはお酒禁止だよ。


――こっわーい。お嬢ちゃん、オモチャの銃でも持ってるの? そんなことより俺のでっかいホンモノの銃を見せてやろうか?

――がっはっは。あにきのナニはアレですからね!


 キァハが拳銃をふところから取り出した。

 六連発輪転弾倉拳銃。士官が反ぎゃくした部下をうち殺すために支給されるアレだね。

 男たちの顔がひきつる。


「はい。すいません。彼女きげん悪いんでここまでということで……」


 ボクはあわてて彼女がぶっぱなそうとした本物の撃鉄を親指でおさえこむ。

 ボクの親指がめりめりつぶれる。キァハはほんきで引き金を引いてるんだ。いてて。こりゃ肉がそげおちるね。


「おちついて、キァハ。あいては市民だよ。ボクらがまもる人たちだ」

「銃殺よ、銃殺。他人の命で買った平和をくだらない人生で浪費してるやつは銃殺よ!」

「やめよう。そういうのはさみしいだけだ」


 男たちはこいつマジもんだとかいって去ってくれた。ありがたい。よけいな手間がかからないですむ。


「逃げるな! ○○なし野郎!」

「キァハ。とにかく、ゆっくりと息をすって、はくんだ」

「おぇぇ」


 うわぁ。ほんとに吐いちゃったよ。


「ちくしょう! 女だからってなめやがって! おぇぇ」


 みんなボクたちを見てる。まあ、みられてもしかたないか。

 ボクは彼女のせなかをさすってあげるしかできない。


「こんなに、こんなに、こーんなにがんばっても、なんでだれもほめてくれないのよ……」

「ボクがほめてあげるよ。キァハはりっぱな上司だよ」

「ぐすっ……うぇぇ」


 こんどは泣き出しちゃった。ボクはもうどうしようもない。

 お手上げ。

 だからボクの上着をかのじょに着せて、彼女をせなかに担いで歩くことにする。

 せなかでぐすんぐすんないてるキァハをかつぐのはこれが最後だといいな。でも、なんだか今後もたくさんありそうな気がする。一万回くらい。

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