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ボクにはむつかしい世の中


 日向ぼっこするにはいい風がでてるけど、キァハはまたまた考えごとをしてる。司令ってたいへんだねぇ。


「ニック。倉庫の中に三連発銃の弾薬箱っていくつあったかしら」

「えっと、たしか七つしかないよ? えっと一箱に千発だから七千発だね。あってる?」

「計算が上達したわね。よく頑張ってるわ。三週間前は足し算すら怪しかったけど」

「キァハのおしえかたがうまいんだよ」

「そうかしら。弾薬もカツカツだわ。こりゃまずいわね」

「まずいことばっかりだね」

「ええ。困ったことに、三日ほどで到着する新兵達の住居までないわ」

「みんな個人用天幕もってくるけど」

「三百も天幕張ったら、市長あたりが景観が悪くなるとか言って文句言ってくるわ。だいたいそんな広い土地はないわ」


 たしかにボクたちの駐屯地って、この司令小屋とウラがわのキァハの家。それから、ほとんどくずれそうな倉庫がちょっといったところにあるだけ。三百人もすめるところはないね。

 キァハがペンをひたいにあててうつむいた。


「そういえば倉庫の補修もしないと。こないだの風で雨漏とかしてたらいろいろ困るわよね。錆びたり腐ったり湿気たり」

「あとで見てくるよ。でも、だいじょうぶだよ。砲も弾薬もないんだから」

「……ぜんぜん大丈夫なわけないでしょ」

「そうなのかな?」


 砲がなくてこまるってのがよくわからないや。キァハがこまるっていうんだから、たぶんそこそここまることなんだろうね。


「じゃあ、倉庫の修繕はよろしくね?」

「いいけど、材料とかクギはどこにあるの?」

「ごめん。それはなんとか調達して」

「うん。自けい団のおじさんたちにそうだんしてみる」

「あんた、あの日から自警団と仲が良いわよね」

「みんなキァハをおうえんしてるんだよ。いつも『あねごはお元気ですか?』っていわれてる。あねごってどういう意味?」

「知らなくていいわ」


 そうか。ボクが知らなくていいことばってのもあるんだね。

 ん? だれかが司令小屋のドアをたたいてる。


「キァハ。お客さんだね」

「だから、あんたがそれに応対するのが仕事でしょ」

「そうだった」


 ボクはあわててドアに向かい、それをあける。


「あのー、市の商工組合のモモポフ書記です。キァハ大隊司令様はおいででしょうか?」

「キァハ。めがねかけた細いお兄さんが来たよ!」

「……あんた学ばないやつね。部下が失礼いたしました。書記殿」


 キァハがわざわざ席を立って、このめがねの兄さんをでむかえる。

 とちゅうでキァハに足をけっとばされた。

「ははは。相変わらずお元気そうでなによりです。司令」

「いえいえ。先日の補給品の件はお世話になりました。ところでご用件は?」

 キァハがイスを出せと目で合図をおくってきたから、ボクはあわてて自分のイスをモモポフ書記ってひとにかしてあげる。


「ありがとう」

「ありがとうっていってくれるお客さんは初めてです」

「下級戦士、余計なことは言わなくていい。紅茶をお出ししろ」


 キァハがぷりぷりしてる。いつものことだからいいか。とにかくキァハの家にいって紅茶を用意してこよう。





 ボクが紅茶をもってきたとき、キァハとモモポフさんはキァハの執務机を囲んでむつかしい話をしてるところだった。


「先日、支援大隊から頂いた義援金の分配が終わりました。かなりの金額でしたので、市場全体の復旧も計画より早く進展するでしょう。店舗を失うと不安がっていた商人たちも予想外の戸別補償に驚いております。感謝の気持ちを伝えてくれてといいまして、はい」


 モモポフさんはたくさんの手紙のたばをふくろから取り出して、キァハの執務机のうえにおいた。ボクもこのときを利用して、紅茶をおいてみた。


「ありがとう」

「いえいえ。モモポフさん」このめがねのお兄さんはいい人だ。

「我が部隊は物資が欠乏しているので砂糖などはないのです。許していただきたい」

「ははは。補助軍全体の予算は少ないですからなあ」

「で、モモポフ書記。あなたがここにいらしたのは手紙を届けるためではないでしょう?」

「なるほど。聡明な方だとは書記長から伺っておりましたが。では率直に申しましょう。見返りは何がよろしいので?」


 モモポフさんはふところから手帳をとりだした。

 羽根ペンのインクをキァハがすっと差しだす。


「三百人収容可能な居住施設を提供いただきたい。もちろん無償で」

「なるほど。しかしながら少々無理が過ぎる」

「書記殿はやはり商人だな。この条件でも十分利益を得られるのに、もっと買い叩こうとなされるおつもりか?」


 え? そうなの? 無料ってただってい意味でしょ? なんでそれで商人がもうかるの?


「参りましたな。ばれましたか」

「事実上、我が大隊の御用商人になれるいい機会だ。こっちから撒き餌でおびき寄せたのだから、当然それなりの魚が寄ってくるとは思っておりました。が、賢すぎる魚というのも面白くないものですよ? 書記殿」

「わかりました。今回はぱっくり釣られましょう。今回あなた方が市場を吹っ飛ばしてくださったので、思いのほか早く区画整理事業が進みます。行商人たちが滞在中に利用する宿泊施設の移転も一斉に行われますので、その空きの宿泊所を改修する形で提供いたしましょう」

「……当初から不思議だったのです。この都市は商業的に発展しうる将来性があります。しかし、商業地区が旧態の未整理で入り組んだ露店市場と木造店舗の雑多な集合にしか過ぎない。これでは搬入搬出の効率が悪すぎて、決して一帯の商工業の拠点とはなり得ない。物流の中心としての基本的機能を備えていない古い市場でした」

「それは大隊司令の私見ですか? なにがおっしゃりたいので?」

「この一件、組合が我らを利用しただけに過ぎないということです」


 ふたりともだまっちゃった。紅茶がさめちゃうから飲んだら?


「なるほど。組合が小商人を立ち退かせて、区画整理事業を進める計画があったのを前々からご存知だった、ということですか」

「いえいえ。そういう考え方もできるという一つの見解です」


 キァハがほほえんだ。なぜか書記さんもほほえむ。なんで笑顔の交換なんかしてるんだろうね。


「雲のように曖昧な根拠としては、組合が自警団の出資者として、自警団をあえて機能不全にしていた点を挙げていいでしょう。あたしがこの都市にきたときから、自警団はろくな仕事をしていません。でも、あえて言うなら金持ち連中の安全だけはきっちりと守ってました」

「……組合が小商人を守っていないといいたいのですか?」

「いいえ。補償金を配るくらいですから、慈悲の心はあるようです。ただ、組合の経済政策的には少々扱いにこまる対象だったといいましょうか。しかも金はないが数ばかりいる零細商人は選挙の票田です。市長閣下あたりが懐の金でなんやかんや小さな商売人たちに便宜を計っていて組合は手を出せなかった。だから、ちょっと『過激』な経済政策をとったといったところでしょう?」


 キァハが腕をおおきく広げる。せいさくって大きいんだね。


「そうですね。経済政策というのは便利な言葉だ」

「政治が摩擦の調整原理であるならば、政策はその実現の手段です。我が支援大隊はその政治原理と政策の定義に、暗黙の了解を示したとご理解ください。特に、組合側の経済政策に深い共感をもってね」

「――あなたは、軍人ではなく商売人になるべきだ。すぐにこんなところを辞めて、我々の組合顧問として転職なさいませんか? 金貨くらい出します。どうでしょうか?」


 いきなりモモポフさんが身をのりだして、キァハになんだか熱っぽいまなざしをむけた。

 金貨一枚って銀貨なん枚分なのかな? ボクの一月の給金が銀貨一枚なんだよね。


「お誘い感謝するわ。じゃ、兵舎の件はよろしくね」


 キァハがとつぜんボクに話しかけるみたいに、エラいかんじになった。


「畏まりました。商工組合と独立支援大隊は政策に共鳴しあう関係であると書記長にお伝えしておきます。兵舎の件は今日から取り掛からせていただきます」

「ニック。書記殿がお帰りだ。途中まで護衛して差し上げろ」


 キァハはにやりとして、腕をくみながらイスに深く体をあずける。

 ボクは銃を担いで、先に司令小屋からでる。しゅういの安全をかくにんして、書記のお兄さんに手で合図する。あんまり安全じゃないけど。

 だって、武器はわからないけど二人、すこしはなれたところでこっちを見てる。いまのところきけんな存在じゃない。まだだいじょうぶだ。こういう護衛ってしごとはきらいじゃない。むつかしいはなしをきいてるよりもずっとおもしろいしね。






 ボクは書記官殿をつれて、建てなおしがあちこちではじまってる市場まできた。

 大工さんたちがおっきな声と汗をながしてはたらいてる。ボクも仕事しよう。


「ニック君だったか。きみはあの司令が怖くないのかい?」


 へんなことをきくお兄さんだ。


「いいえ。キァハはとてもやさしい女の子です」

「はっはっは。キミはおおらかな子だね。彼女が死なないように守ってやってください」

「もちろんです。しごとですから」

「仕事か。いい言葉だ。私は仕事が大好きなんだ。特に、賢い人と背筋が凍るようにワクワクする仕事をするのがね」


 へえ。このお兄さんはしごとが好きなんだ。ボクもきらいじゃないよ。やっぱりこの人はいい人なんだ。

 でもそんなことよりももっとダイジなことがある。司令小屋を出たときからついてきてる人たちが、さっきよりずっと近くにいる。武器は剣と拳銃だとおもう。足音でわかる。本当は重い足音のはずなのに、戦う人らしくかるいものだから。


「書記官どの。武器をもった人が近いです。ボクのそばにいてください」

「はは。さすがキァハ司令の部下だな。優秀でいい」

「どういうことですか?」

「つまり、護衛はここまででいい。あれは冒険者ギルドの者だ。私の護衛をしてる」

「そうですか。では、ボクはキァハのそばにもどらないと」


 うん。倉庫をなおさなきゃいけないんだ。キァハの命令はぜったいだから。


「ご苦労様。これは私をここまで護衛してくれた代金だ。うけとっておくといい。何だったらキァハ司令に報告しても構わないよ」


 モモポフさんはボクに銀貨を一枚くれた。これ、ボクの給金一ヶ月ぶんだよ。モモポフさんはお金持ちなんだなぁ。お金持ちで、キァハと仲良しなら、いい人けっていだね。


「ほうこくしておきます」

「欲がないねえ。じゃ、また会うこともあるでしょう」

「たのしみにしてます」

「こちらこそ」


 ボクがモモポフ書記官どのからはなれると、さっきまで距離をとっていた二人が書記官どのの左右をかためた。背中だけ見てもずいぶん戦いがじょうずそうだ。でも、いい人なのになんで護衛なんてひつようなんだろう? よのなかってふしぎだよね。


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