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ボクらのシゴトは合法的に非人道的なことをすること

 息があがるまで走れば、市場まであっという間だった。

 キァハがいうには、きんちょうには二しゅるいあって、時間がおそくかんじるものと、早くかんじるものがあるんだってさ。やばいときは時間がおそくなるらしいよ

 今日は晴れててぽかぽかだ。

 こんなあったかい日だから、みんな元気があまってるんだろう。

 だから、せっかくのたのしい市場なのに、みんなあちこちでお店こわしたりしちゃってるんだ。なんとかしてジュースやさんくらいは守らないとね。


「あんた頭下げて! 弾丸飛んできてるわよ!」

「え? どこどこ?」

「弾が見えるわけないでしょ! 正面、散弾銃八、距離五十歩!」


 キァハがいう方向には、たしかに丸ボウズの男の人とか、覆面かぶった若い兄さんたちが、あてずっぽうに散弾銃をうってる。


「暴徒というよりは盗賊とか窃盗団の類ね。まったく!」


 キァハのいうとおり、逃まどう人たちをうってはいるけど、殺すまではしてないみたい。

 散弾だから、きょりをはなせば死なないんだ。


「ほら、あれをみて。走り回ってる子どもがいるでしょ? あれが回収役。でっかい袋に品物とか売上金をがしがし放り込んでるわね。他にも手持ちがありそうだけど。ワルぶったやつって無駄に装身具つけてるもんだし」

「このこんらんは盗みをしやすくするのがねらいなのかな」

「殺すより焦らせる。そして混乱を引き起こす。あとは素早い子供が財物を回収。場数を踏んだ盗賊団ってところかしら」


 だから、いろんなところでまっかな血を流したおじさんとかおばさんとかが、うんうんうなってるのか。たぶんいたくて苦しいんだとおもう


「キァハ。自けい団の人たちは被がいを大きくしてるみたいだ」

「まったく! 指揮官は誰よ!」

「さあ? 自けい団はいいかげんなうごきだよ?」

「だいたいなんでこんなに区画整理されてないのよ! 無計画に露店出しすぎ! こんなんだから混乱が起きるのよ! 消極的規制くらいしろよって感じね」


 十人ほどの自けい団員が、あちこちの商店のかげにかくれて、おおきくひろがって射げきをしている。自けい団の武器も散弾銃だから、おたがい、お店の人たちをケガさせながら、いみもなく散弾をばらまいてるだけだ。かれらの銃口はとうぞく団をねらっているつもりだろうけど、せいびしてない散弾銃なんて、どこに弾をばらまくかわからない。


「状況開始、我に続け!」


 キァハが銃声におびえることもなくかけだす。

 ボクも姿せいを低くたもちつつ、あたりを見渡しながらかの女についてく。


「地形状況は単純。林立した掘っ立て小屋の露店が掩蔽になるわ。天幕の影とか露店の商品台の影とかに賊が何人か隠れながら撃っている。こっちも同じ方針を使う。隠れて撃つ。それだけ」


 キァハがかんたんな作戦方針をだしてくる。


「りょうかい」

「でも相手の銃の種類は分らない。一応火力の密度からして賊の主力はあそこの大きな穀物小屋の中にいるみたい」

「あの赤いやねの小屋だね。キァハの家よりおっきいよ」

「そうね。発砲音と光からすると二時の方向から――」

「二時ってどっちのこと?」

「あーもう! あっち側の豚の頭がぶら下がってる肉屋から、そっちの燃えてる小屋の範囲に三十人近くが暴れてるみたい」

 

 キァハが身をのりだして指さしてくれた。たくさんの弾がとんできて、ボクたちのかくれているお店が穴だらけになっちゃった。木のはへんがボクの肩にささってるけど、いまはイタくない。

 ボクはあわててキァハをひっぱって、かのじょにおおいかぶさる。


「キァハ、みをのりだしたらうたれちゃう!」

「あんたが勉強してないからこうなるのよ! って、あんた怪我したの?」

「だいじょうぶだよ。キァハが死んだらボクがこまる」

「気をつけるわ。とにかく射撃を開始。こっちは元込め式三連発なんだから、殺せるわよ。殺人は初めて?」

「そんなこともない」

「え?」


 ボクはゆう底を引いて、弾やくをそうてんする。あとは、照じゅんをあわせて、引き金をひくだけだ。とにかくかまえたら、凹ってなってるところと人をかさねればいいだけ。

 かさなった。あとはゆっくりと引き金を引くんだ。

 ちょっと反どうがあったけど、すぐに照じゅんをもどす。

 あれ? 人がいない。でも後ろの白い天幕にとびちった血がついてるから、あたったんだ。


「一つころしたよ、キァハ。次はだれをころせばいいの?」

「……なれてるわね」

「うん。人をうつのはきらいじゃないんだ」


 なぜかキァハがボクをじっとみてる。へんなこといったかな?


「――じゃ、遠慮なく撃って。あたしは自警団の指揮系統を回復させるわ」

「うん。がんばってね」


 銃でころすのはそんなにむつかしいことじゃない。

 ボクのうけた初とう訓れんは、こういうれんしゅうをいっぱいしたんだ。おない年の子どもをころすれんしゅうよりも気が楽だよ。

 それに、キァハが命令してくれた。命令があればボクは不安にならなくてすむんだ。教官どのもいってた。命令さえまもってれば、おまえはさいこうの兵隊だって。

 だから、ボクはキァハの命令をまもって、ころせるだけころすね。

 



 とりあえず三つころした。

 凹と頭をかさねたから、みんなわれたスイカみたいになって動けなくなってるはず。

 ボクは安ぜんそうちをかくにんして、弾帯からおっきな人さし指みたいな弾を三つ薬室にぎゅっとつめこんで、ゆう底をそうさする。

 キァハはどうしてるのかな?

 自けい団たちはひっくり返したぼろぼろの荷馬車やら、くずれた屋台、ころがった馬の死がいなんかに隠れながら、がむしゃらに発砲している。

 キァハが手しんごうをおくってきた。手をあげてぐるぐるまわす。集合のあいずだ。

 ボクはりょうかいのあいずとして、左手で二ど胸をたたく。

 こんどはねらわずにてきとうに銃をうって、とびだす。

 ボクがなんとかとびこんだとき、そこにいた自けい団のふとっちょなオジサンがうたれてたおれた。運がわるかったね。


「おじさん、これかりるね」


 おじさんの持ってた散弾銃をかりて、弾をばらまく。こうすればあいては頭をさげてくれるんだ。そのあいだ相手は射げきができないんだ。


「これかえすね」


 おじさんの返じはない。口から血をながしてる。でっぷりなおなかのほうから、水みたいに血がながれてる。これはもう死んじゃった人の顔だ。

 ボクはうたれないように、石だたみのうえを虫みたいにずるずるすすむ。

 ふっとんだ果物とか、だれかが逃げるときにこぼしたスープとか、だれかが吐いたものとかが軍服にからみつくけど、こういうのはしかたないと、教官どのがよく笑っておられた。

 ボクは何とかキァハのそばまでたどり着いた。キァハはするどい声で、自けい団員たちをしかってた。


「指揮官は誰か!」と、うたれすぎてスカスカになりそうな荷馬車のかげで叫んでる。

「何だ、女の子か?!」と自けい団の若い男の人がこたえる。顔がすごくひきつってる。

「援軍の独立支援大隊だ! 事態を掌握する! 指揮官は名乗り出ろ!」


 銃声がはげしすぎて、キァハは大声でいわなくちゃいけないみたい。

 自けい団の人たちはぼろぼろの出店のかげを指さしてる。だけど、ボクがみたかんじだと、そこにはもうただの肉になってる穴だらけの制服があるだけ。


「キァハ。自けい団の人はへんになってる。あれはえらい人じゃないよ。死んだ人だ」


 キァハのくちびるが青い。さむいのかな?


「現時刻をもって指揮をわたしが引き継ぐ!」


 キァハが元気な声をだした。うん。やっぱりキァハはすごいよ。


「お嬢ちゃんが? なんでもいいから俺たちを助けてくれ!」

「落ち着け。あの土壁に団員を集合、横隊展開し火力線を形成せよ。援護する」


 キァハは身をのり出して素早く三連発長銃をうちはじめる。三回ゆう底をそうさしたら弾ぎれになる。弾をこめるのかなとおもったら、袋から投てきだんをとりだした。キァハはひざ立ちでおもいっきりふりかぶって、それをほうりなげる。

 おなかの底と心ぞうによくない音がひびいた。どーんなんて音じゃない。耳がキーンってなってる。まいあがった砂けむりでボクはせきこんでしまう。

 でも、盗ぞく団の射げきがいっきにへったみたいだ。


「いけ!」とキァハが叫ぶと、自けい団員たちはキァハにいわれたほうにかけぬけた。明らかにズボンがぬれていたが、もらすのもしかたないんじゃないかな。


 こわいから。特にキァハのふんいきが一番こわいな。

 そしてキァハは再そうてんを始めるため、身をかくす。

 こんどはボクのほうに相手をひきつけなきゃ。

 だからボクが飛びだして凹に人をかさねて、バンってうつんだ。 

 うーん。五秒も立たずうちつくしちゃうな。でも、また三つころしたよ。


「やったよ! キァハ。また三つころした!」


 そして身をかくして弾を込めなおす。でも、指先がすべって弾やくをおとしてしまう。

 しまったな。この木片がささってるから、血が止まらないんだ。

 ボクはずるずるはって、キァハのとなりに行く。

 ボクとキァハはかくれながら、ぴったりとひっついた。

 やっぱりキァハはやわかい。


「ねえ、ボクは三つと三つだからー、六つころしたよ? あってる?」

「まあ、概ね合ってるわ。一桁の足し算は大丈夫みたいね」

「やった! ――ねえキァハ、なんだか苦しそうだよ?」

「ちょっといろいろとね。あんた、その傷、けっこう深いんじゃないかしら?」

「これ? たぶん木をぬいたらビュルルって血がでちゃうとおもう。だけどこのままじゃうちにくいから、キァハてつだって」

「手伝う?」

「うん。おもいっきりひっこぬいて。ボクはこれくわえてるからだいじょうぶ」


 ボクは指定けい行品の包たいを口にくわえる。


「ホントにいいの? まじで痛いわよ、これ」

「んんんっ!」


 キァハはとんでもないやつだ。いいよってへんじするまえにいきなり抜いた。

 すごく頭がいたい。これは血が出すぎてるんだ。

 ふきだした血がキァハの白い顔をまっかによごしちゃった。


「ごめんよ、キァハ。血でよごしちゃった」

「今すぐ止血するわ。包帯よこしなさい」


 キァハがめいいっぱい包たいでしばりあげる。血が通わないくらいだ。でもこのくらいしないとまずと判断したんだろう。キァハが。


「これでよし。さて、決戦と行こうかしら」 


 ボクはかってにこぼれた涙がかわく前に、銃をとってうち始める。

 三回うったけど、一つしかころせなかった。やっぱり血が出すぎたんだ。

 キァハがまた投てき弾をほうりなげる。ボクは耳をふさぐ。

 それでもやっぱりバクハツの音はおなかによくないよ。


「キァハ、どうするの?」


 キァハをみる。いつもはさらさらのかみもみだれて、目も血走ってる。

 だけど、なんだかこういうキァハのほうが、ボクはむねがどきどきする。

 だって、まるでとんがったナイフみたいだから。


「号令とともに全力火力。我に突撃の用意あり!」


 キァハが銃剣を銃につけた。

 さいこうの命令だ。とつげきはさいこうの命令だと教官どのがよくいってた。

 キァハがとつげきするのか。自けい団はりょうかいといっているけど、多分あれはかんちがいしてるよ。どこかから『独立支えん大隊』の兵隊たちが大声を上げてとつげきすると思ってるんじゃないかな。

 だけど、ボクたちは二人だけの軍隊だ。

 キァハが自けい団に向けて、あの細い手をまっすぐにかかげる。

 かのじょが走りだすまえに、ボクは急いでかのじょの進路のきけんをころしとかなきゃ。

 でも、ダメだ、まにあわない!

 どうしてもキァハをうてそうなとうぞくがいる。

 しかたないから、ボクは銃剣の脱らくぼうしヒモをほどいて、いつでも抜けるようにする。

 

 キァハが手を倒した。

 

 あの子は、はかない女の子なのに、銃剣をそなえた長銃をしっかりとかまえ、ものかげから飛び出していった。だれよりもはやく。自けい団のオジサンよりもいさぎよく。

 ぼろい袋を下げてる。そこからはみ出たどう火線に火がついている。

 こがたバクダンだ。これがケッセンなんだ。

 自けい団たちもとびだして散弾銃なり拳銃をがむしゃらにうちまくる。

 でもキァハの進路にはキァハをころそうとするやつがいる。

 どうするんだ?

 ほかに手立てなし。ボクがころす。

 ボクは息をとめてはしりだす。いっきに心ぞうがバクバクする。

 あっというまにキァハを追いこす。かのじょはそんなに速くないみたい。

 キァハをねらおうとしていた二人がボクにきづいてくれた。

 ボクは銃をうつ。だけど、ねらってもいないからあたるわけがない。でも、あいてはびっくりして身をかくしてくれた。おかげでボクはきょりをかせげた。

 おかげで、ボクは二人がかくれていた屋台のかげに飛びこめた。


「キァハはころさせないぞ」

「ちっ! ガキが!」


 大人の盗ぞくは拳銃をもってた。だけど、ボクはこういうときどうするのか習ったことがあった。手首めがけてめいっぱい銃床をふりあげるんだ。すばやく。水をきるくらいはやく。

 にぶい音。これで手首がくだけて、引き金を引くためのスジがちぎれてくれる。


「クソガキが! やりやがっ――」 


 さっさとボクは銃をなげすてて、銃剣を抜いた。しのごのいわさず手首がおれたこのおじさんのノドに銃剣をつきたてないと。

 

 ぶすりと突く。そして左に半ひねり。

 

 教官どのがいっていた。すばやく、ふかく、ひろく、えぐる。


 かえり血が地面におちる前にすばやく抜き取り、返し刃でもう一人をねらう。


「オ……オレをころすのか?」


 もうひとりはボクと同い年くらいの男の子だ。


「うん。ボクはきみをころす。銃をもってるから」

「くそっ! わかったよ。こうさんだ!」


 男の子は散弾銃をすてて、手をあげた。目にはうっすらと涙がうかんでる。

 ボクは男の子にちかづいて、サクッと銃剣をろっこつのすき間にすべらせてあげた。

 男の子はいっしゅん、ヒュウッと息をすいこんで、ビクンッとなって、そのままヒザからくずれおちた。こわれた操り人形みたいだ。涙とはなみずがボクのグンプクをよごす。かわいそうだけど、痛みはいっしゅんだったはず。せいかくに心ぞうをつぶしたはずだから。

 ボクは男の子のふところをさぐる。おもったとおり、先込め式の古い拳銃をもってた。

 ほらね。やっぱり信じちゃダメなんだ。信じていいのは上官だけなんだって教官どのもいってたしね。

 つまり、ボクはキァハを信じてればいいんだ。

 



 あたまがわれそうな音とがして、ボクは転んだ。

 商店のハヘンとか、ばくふうに巻きこまれた包丁とかが、うなりをあげて飛んで来る。

 ボクの鉄かぶとに、どっかのだれかの腕があたった。でも、キァハのじゃない毛深いやつだったから、てきとうに放り投げておく。

 キァハが小型バクダンをきばくしたんだ。

 これで盗ぞくの連中はおしまいだ。手とか足がいろんなところにとびちったはず。

 自けい団たちは声をあげておおよろこびしてる。やつらは無事だ。

 キァハは?

 大隊司令で、修練尉で、ボクの大事な友だちのキァハは?

 砂ぼこりとキタナイけむりのなかから、細いひとかげがでてきた。

 かみはボサボサで、だいたんに軍服がやぶれている。

 あまりよくは知らないけれど、女の子のやわらかい胸がちらりとのぞいている。

 ボクはなんだかクラクラする。


「さ、あんた上着脱いであたしによこしなさいよ!」

「そのままでもいいんじゃないかな。ボクはキァハの胸をみてるドキドキする」


 キァハのぶあつい軍靴が、ボクの大切な男の子の部分をけり上げた。あんまりにも痛くって、うんうんとうずくまってしまったんだ。





 こんな現場は自けい団にひきついで、さっさとボクらがおちつける場所にもどりたい。

 だけど、まだ帰れない。現場の銃をぜんぶ集めて、手おし車にのっけて持ち帰れとキァハに命令されたから。


「できるなら死体がもってる金目のものも全部あつめて。状況を最大限に利用するわ」

「うん。キァハがそういうなら」

「でも、自警団と市民のは別よ。盗賊のヤツだけね」

「子どもも?」

「子どもでも盗賊よ。あたし達が兵士なのと一緒」


 キァハはじたいが落ち着いてからやってきた自けい団のえらい人から、いろんな感しゃの言葉をもらってた。自けい団のみんなも、キァハを囲んで、キァハはほめてた。

 ボクはいそいで銃をかき集めて、お金になりそうなのをかきあつめた。ぴかぴかひかる指輪とか首かざり、お金がつまった革袋とかそういうのをひろってきた。


「キァハ。ぜんぶ集めたよ」


 ボクは自けい団のえらい人と話してるキァハに報告する。


「よし。では、独立支援大隊は以後現場を自警団本部へと引き継ぎます」

「了解です。このたびは本当に助かりました。正規軍に事態の沈静化を要請したのですが、市街戦はできないの一点張りでして、はい」

「仕方ありません。現在駐屯している赤羽根騎兵団は機動打撃作戦専門の部隊です。騎兵を育てるのは金がかかりますが、それをこんな市街地で失うわけにはいかないという判断でしょう」

「まったく。市民の命を何だと思っておるんでしょうな」


 ふしぎなことをいう人だ。この人たちはボクたち子どもの命についてはあんまり考えが回ってないみたいだ。でも、いいか。昔より幸せな毎日がここにあるから。


「では、失礼いたします」


 キァハが敬礼する。ボクも手おし車をおしながら、頭をさげておく。





 銃がのってる手おし車を司令小屋ののき下に横付した。お金になりそうなのは全部キァハの家にはこびこんだ。

 ボクはキァハといっしょに家に入る。ここがボクらのおちつけるただひとつの場所なんだ。いまのところ。

 あれ? なぜかキァハがふらついてる。


「ねえ……これ全部とってよ。よくわかんないけど、あたし、震えちゃって」


 キァハが立ちすくんでいる。へやの真ん中で、ただの女の子になっちゃった。


「いますぐ外してあげるよ」


 ボクはじぶんのことなんてほうっておいて、キァハの前にひざまずく。

 キァハは血の雨をあびたみたいになってる。さらさらであるべきカミも、べっとりとした何かといっしょに、砂がからんでる。火薬のにおいもひどいし、あちこちヤケドしてるみたいだ。

 ボクがキァハの弾帯を外してあげようとしていると、何かが床にぽとぽと落ちた。

 みあげたら、キァハは泣いてた。


「見るな。下級戦士。命令だ」と、かのじょが言った。

「うん。みないよ。命令はぜったいだからね」

「……」


 キァハのといきがあらい。指先は白くて、つめに血の気がない。

 ボクは何もいわず、かのじょの弾帯をはずしてあげた。

 すすり泣くキァハを古いけどやわらかいソファにすわらせて、軍靴のヒモをほどいてあげる。

 キァハのふくらはぎは、きれいな布みたいだったからこそキズが目立った。

 身軽になったキァハは、はらはらと涙をこぼす。ひざをかかえて小さくなっちゃう。

 ボクはかのじょの涙をぬぐわなきゃとおもって手をのばす。

 土と、火薬と、返り血でよごれた手で、涙をぬぐっていいのかボクにはまったくわからない。

 



 ボクはキァハのそばに、ずっとかたひざ立ちでひかえていた。

 つめたいキァハの手があたたかくなるまで、ボクのよごれた手でにぎりつづける。

 ボクの体にまとわりついた返り血は、すっかりぱりぱりにかわいてしまっている。

 体中がすごく重くかんじるけど、何もいわない。ボクはキァハの友だちだから、一歩もキァハのそばからはなれちゃいけないんだ。どんなにつかれてても。


「……鉄兜くらい脱いだら?」とキァハが言った。


 涙もかれたキァハにいわれたとおり、ボクはだまって鉄かぶとをぬいで、床においた。

 よく見たら鉄かぶとに小さなキズがたくさんついてる。


「運が良かったみたいね。ニック」

「そうみたいだ。このキズとか、かんつうしてたら死んでたよ」

「生まれてきたことに祝福がないなんて、悲しすぎるでしょ。だから、こういう形で奇跡みたいなのがおきるんじゃないかしら」

「シュクフクってなに? キセキってなに?」

「ま、つまり運がいいってことね。もう落着いたわ。お願いがあるんだけどいいかしら?」

「なんだい?」

「外に天井のない天幕を張っておいて。あと、お湯を沢山わかしてほしいの」

「いますぐにとりかかるよ」


 ボクは立ち上がる。

 だけど、ついふらついてしまった。けっこうムリしたしね。

 キァハがあわててボクを支えてくれる。


「よごれててもキァハはいいにおいがする」

「ばか。後で二人とも魔女に診てもらわないとね」

「うん」


 かのじょは天幕の中でふくをぬいで、ボクの用意した湯をたくさんつかって、キレイなキァハになった。だいじそうにもってたせっけんをふんだんに使ったみたい。

 ときおりすき間から見えるキァハのからだは、なにから何までみずみずしくて、雨にぬれた花をおもいだした。胸がくるしくて、心ぞうによくないから、あんまりのぞかないようにしたほうがいいかもしれない。

 

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