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ボクらの状況

 キァハが考えごとをしてる顔をみてると、ボクもがんばらないといけない気がする。

 かの女はボクになにも相だんしてくれない。キァハがいうには、ボクはまだいろんなことを理かいするまえに、いろんなことをおぼえるほうが大じなんだって。

 だから、今日はキァハからわたされた本をよんで、いろんな考えかたをあたまにたたきこむのが仕ごとになるんだけど……むむむ。


「キァハ、お茶いれようか?」ボクはつらいベンキョウからにげだしちゃった。

「よろしく頼むわ。砂糖はまだ調達できてないけど。いつか砂糖が手に入るといいわね」


 とかキァハはいいながら、ほかにもブツブツとひとり言をこぼしてるけど、ボクは何もいわない。さい近のキァハはひとり言がおおいんだ。ときどきすごくイライラするし、射げきの的を穴だらけにして使いものにならなくすることもある。なおすのはボクだから、けっこう大へん。


「はい、紅茶。ねえキァハ。部隊の状況はよくないの?」

「あたしたちが赴任したときよりはマシにしたつもり。食事が缶詰じゃなくなったでしょ?」


 かのじょは木でできた茶器を両手でつつんだ。


「うん。具の入ったスープとパンになった。でも、つくってるのはボクだよ?」

「いいじゃない。あんた料理うまいんだし」


 うまいといわれてもよくわからない。ただ、キァハがニコニコしながらスープすすってるのを見てると気分がいいから、がんばってるだけ。ジャガイモの皮むきはめんどうだから、だれか手伝ってくれればいいのに。


「でも、実は何一つ解決してないのよね」

「どういうこと?」

「あの市長のヤツが、全滅したあとの補助軍の備品を一切合財売り飛ばしちゃったみたいなのよ。前司令は文句を言わなかったみたいなの。っつーか、あのジジイも市長と絶対一枚嚙んでたはず」


 うわ、キァハがなんだかぴりぴりしてる。猫ひげつけたらおもしろそうだよね。ピンとはりそう。


「じゃあ、ボクたちがもってるのは、この司令小屋とキァハの家くらいじゃないか」

「あと、ジャガイモとかがあたしの家の床下貯蔵庫と倉庫の地下にあるわよ」

「たまとか、大ほうは?」

「そんな素敵な装備はないわよ。長銃弾くらいはとりあえず自警団からくすねてきたけど。あいつら仕事してないしね」


 キァハがこのせまい仕ごと部屋のすみっこにつんである木ばこを指さす。


「ぬすんできたの?」


 キァハはわるいやつだなあ。


「違うわよ。自警団の弾薬庫でほこりかぶってたのを『借りてきた』の。酒瓶一本で見張りを懐柔できるんだから安いもんよね」


 なんだ。かりただけならわるくないよ。やっぱりキァハはいい人だ。


「とはいっても、あたしとあんたが射撃訓練できる程度の弾薬よね。いずれ到着する部下連中の弾薬とかを考えると頭割れそうだわ」


 キァハはそういって紅茶をすする。キァハのくちびるはいつもももいろだなぁ。


「ねえ、キァハ。けっきょく何が足りないの」

「大まかにいうと、人と物がたりないの」

「うん」

「まず物。戦術資源が全然ない。第一種補給品、すなわち糧食が足りない。大隊だと半日も食えないわ。第二種補給品である被服、装具、事務用品とかの消耗品もぜんぜん。生理用品が足りないとか最低の極みだわ……」


 それから第十種補給品くらいまでせつめいされたけど、覚えられないし理解できなかったんだ。こまったな。ボク頭悪すぎるぞ。


「そっか。じゃ、いまのキァハはとにかくやくに立たないんだね」

「戦術資源なくして作戦なしってね。作戦・戦術は絶対に補給という戦闘基盤に縛られる。だから当面は物をかき集めることに傾注するわけ。そして次は人」

「二人だけだね」そのくらいの足し算はできる。

「実質的に一人よ」とキァハが言った。


 あれ? 計算まちがえた?


「ごめん。ボクがキァハみたいにあたまがよければよかったけど」

「ま、軍隊なんて役割分担に特化してる組織だし。あんたは黙って勉強して、個人体力練成してれば良いわ」

「うん。がんばる」

「補助軍の手抜き編成である『独立支援大隊』は定数三百十五ね。つまり三百人以上の子ども兵士でわいわいガヤガヤやるわけよ。百人ごとに一個中隊だから、合計三個の中隊を持ってることになる。で、それぞれの中隊の下には三個の小隊があるの。これを支える基盤をつくらないとね。戦死じゃなくて餓死とか冗談じゃないわ」

「なるほど。でも、なんとなかるよ」


 なんだか数字がおおくてむつかしいな。けど、考えるのはキァハの仕ごとだし、キァハがまちがうことはボクよりもずっと少ないから。


「あんたお気楽ね。問題は大隊本部要員なのよ。そんな大人数をあたし一人で全部管理するには時間と腕の本数が足りないわ。大隊管理小隊作って事務作業を移管しないと滞るの。でも、そんな人材が来るなんてことは万に一つもないわ……。仕方ないから自分で養成するしかないか」


 はあ、とキァハがためいきをつく。さい近のキァハはためいきがおおいなぁ。


「まじょのおねえさんにきょうりょくしてもらったら?」

「魔女? あのいつも浮遊球のってふわふわしてる連中に? あの連中は医療行為以外に絶対介入しないから無理よ。観測はすれども介入はせずの原則ね」

「あ! だからおなかへってて死にそうでもムシするのに、ひざすりむいたら助けてくれるのか」

「頭おかしいのよ。あの女たちは。可愛い顔して、笑いすらしないって絶対なんか企んでるに決まってるわ」


 何だかキァハはまじょのこともくわしそうだ。ボクはちょっとしたケガのときになおしてもらっただけだから、よくおぼえていない。やさしそうな人じゃなかったことだけおぼえてる。


「……ん? ねえ、ニック。なんだか警鐘が鳴ってない?」


 キァハの猫目がするどくなった。


「あ、なんかカンカンなってるね」


 たしかにとりのなきごえとはちがう音が麻布のまどごしに聞こえる。


「下級戦士、五分で戦闘装具を着用。さらにあたしの装具も持って、司令小屋前に集合。かかれ」

「かかります」


 ボクはキァハに敬礼して、机に立てかけていた銃をつかんで小屋をとびだす。

 キァハの家ののき下にはってあるボクの天幕から、弾帯と銃剣をひっぱりだして、鉄かぶとを頭にのっける。それからキァハの家にはいって、かたづいてないなぁと思いながらキァハの装具もとってくる。あとは駆け足で司令小屋にもどる。ぜんぜんじかんはかからない。

 小屋のまえで装具をととのえる。弾帯をきつくしめて、銃剣をつるす。ていれしてなかったからサビてるかもしれない。鉄かぶとのあごひもをむすんで、ぐらぐらしないようにする。

 あとは、軍靴のひもをかくにんして、銃をてんけんする。

 銃はちゃんとせいびしてある。あぶらもぬって、作どうぶ品もなめらかにうごく。ゆう底そうさも完ぺきだ。


「どっこいしょ。はい、弾薬を携行せよ」


 キァハが重そうな木ばこをどさりと地面におろした。雑草とか小さい虫とかが、液ながしてつぶれた。


「いってくれればてつだったのに」

「次からはお願いするわ。あたしの装具は?」

「これ」


 ボクはずいっと鉄かぶとと弾帯をさしだす。弾帯はボクのよりずっとみじかい。キァハは細いもんなぁ。


「ありがと」


 かの女はもたもたと装具をみにつける。ボクよりおそいな。こういうのはボクのほうがとくいなのかもしれない。


「キァハ、てつだうよ」

「お願い。あ、でもへんなところ触ったら銃殺刑だからね」

「へんなとこってどこ?」


 ボクはかの女の弾帯をつけてあげながら、前から気になっていたキァハのふくらんだムネをじっとみる。


「……どこ見てんのよ?」

「やわらかそうだなあ。さわってみていい?」

「あんたって図抜けたアホなのね。ダメよ」

「そっか。またこんどおねがいするよ」

「何度お願いしてもダメだっての」


 そっか。しかたないから弾帯の革袋に弾やくばこから弾やくをうつす。

 なんだかキァハがそわそわしてる。それに、なんだかふるえてるみたい。

 だから、ボクはそっとキァハの手をにぎる。


「なに勝手に手をにぎってるわけ?」


 キァハの声がへんにうらがえる。でも、手をふりほどいたりはしない。


「あのね、こうしたらおちつくでしょ? ボクもロジウラでまじょのおねえさんにやってもらったことがあるんだ。とてもココロがらくになる」

「いい魔女だったのね、そいつ」


 キァハがつよくにぎり返してくる。ちょっといたいな。でもボクははなさないよ。


「うん。あ、キァハ。へんな色のけむりが!」


 市場のほうからけむりがあがってる。まえにジュースをのんだから市場だけはおぼえてるんだ。


「あの発煙信号は暴動の色ね。自警団の連中がお困りのようよ。さ、行くわよ!」

 キァハはもうふるえていなかった。そして銃をつかんではしりだす。

 ボクはそんなかの女のほそくてたよりない背なかをおいかけるんだ。

 それが仕ごとだし、友だちとしての約そくだから。

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