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ボクらの立場

 

「ただいま」


 キァハはさっきとはかんじがちがう。なにかむつかしいことをかんがえているかおだ。地図をみてるときよりけわしい。


「キァハ、どうしたの?」


 キァハはなにもいわないで、よろよろとリビングのすみっこにおいてあるソファにたおれこんだ。いちおう、ほこりははらってあるんだけど。


「ほんと疲れたわ。あんたも掃除大変だったでしょうけど、あたしもそれなりに大変だったわけ。あたしまだ十六よ? 大隊長とか面倒くさがるお年頃なんだけど」


 めんどうなおとしごろとかいうキァハは軍靴をほどきはじめる。ボクはチューボーで火をおこす。かわいたマキをくんで、ワラたばを火だねにする。火打石をつかえばかんたんに火がついた。火おこしができない子どもは、ロジウラじゃいきていけないんだ。


「ねぇ、キァハ。なにがどうなったの? ボクはいまいちわからないんだ」


 お湯がわいたので、キァハのために紅茶をいれてあげる。キョーカンどのがソツギョーきねんにくれたんだけど、ボクからすればまほうの飲みものだよ。ふしぎなかおりで、こころがおちつく。


「キァハ、さとうはないけどいい?」

「砂糖かぁ。あれを初めて舐めたとき感動したわ。甘いものって幸せの象徴なんだって実感したの」


 キァハはすっかりくつろぎはじめている。


「ボクもよくおぼえてるよ。ケンシュージョってところではじめてあまいのをのんだ。こんなにすてきなものをのんだら、口がとけちゃうんじゃないかっておもった」


 ボクはキァハにカップをわたす。かのじょがやけどしないように、キァハのほうにちゃんともち手をむける。キァハはそれをうけとると、そっと口元へともっていく。


「あれは軍隊なりの良心よね。砂糖を知らない子どもに砂糖を与えるなんて大人の考えそうなことだわ。補助軍、すなわち子ども兵士部隊。行き場のない子どもを救う名目で作った最低装備部隊。そもそもそういうとこに入らざるを得ないガキを生み出したのは大人たちなんだけど」

「むつかしいことはわからないけど、さとうはすてきだよ?」


 でも、ジュースもすてきだな。とにかくあまいのはダイジだよ。


「はいはい。だけど、これから食いしん坊には辛い生活の始まりってね。ニック、そこに座んなさいよ。状況を説明するわ」


 ボクはショクジ用のやすっぽいイスにすわる。キァハはソファからおき上がり、ボクのむかいがわにすわる。ランタンのやわらかい明かりでてらされるキァハは、なんだかとてもつかれてるけど、すてきだ。赤毛が夕日みたい。やっぱりおひめさまだよ、キァハは。


「まずは現状。あたし達以外の補助兵はこの城塞都市に存在しないの。そのうちくるけど」

「じゃあ、いつほかの兵タイがくるの?」


 兵タイはたくさんいるから兵タイなんでしょ? 二人だけの兵タイなんてへんだよ。


「ひと月くらいかかるわ。その間は、現在駐屯している正規軍、すなわち赤羽根騎兵団がこの城塞の防衛についてくれる。でも、ひと月だけ。あたしたちに猶予なんてない」

「なんでほかの子ども兵はいないの?」

「殲滅されたから」

「センメツってなに?」


 キァハは使うことばがむつかしい。


「みんないなくなったってこと。あたしたちが輸送馬車でトロトロ何日もかけて移動してるときに、この城塞に大規模な盗賊団の襲撃があったの。補助軍が迎撃を担当。でも練度不足および火力欠如により敗走。挙句の果てにみんな捕まって連れ去られたわ。やばい運命ね。ただ、退官なされた上級戦佐どのは、逃げ惑う補助兵を時間稼ぎに使って、何とか伝令を近傍の正規軍に送ることに成功したわけ。だからいまは赤羽根騎兵団なんて珍しい精兵が入城してるの。だけど、あの人たちは本来的には野戦機動戦力だからそのうち出撃していなくなるのよね。厄介ごとばかりだわ」  うーん。とにかくたいへんらしい。

「その、どういうこと?」

「わかんないならいいわ。とりあえず最後まで話聞きなさいよ。補助兵なんて子ども兵士の集まり。強盗・略奪・強姦なんでもありの盗賊団にしてみれば、補助軍なんて敵じゃないわ。経験豊富な上等戦佐殿も、預かった子ども達がろくすっぽ抵抗できず連れ去られたことに心痛めて、退職願いだしちゃったわけ。っつーか、心折れたわけ」

「つらくてやめちゃうんだね」

「そうよ。あのくそじじい司令がやめたら、あたらしい司令が必要。これはわかる?」

「なんとなく」なんでキァハはおこってるんだろ?

「よし。で、子ども兵士ばっかりの部隊を指揮したがる正規軍の将校なんていないし、そもそもそんな奇特な心意気をもった将校は正規軍配属が優先されるから補助軍には配属されない。だから、たまたま運よく『書類上の生き残り』になってしまったあたし達が部隊を掌握することになるわけ。だって先任だから」


 センニンってのはブタイでえらいんだってキョーカンどのもいってたきがする。


「なんとなくわかるようなわからないような」

「そのうちわかるわ。あたしは士官準備教育を受けてきたから、実習つめば士官になれる。だけど実習をやったことにして無理やり昇進させられたわけ」


 たたかったことなんてないけど、かみのうえではたたかったことあることになるのかな。軍隊ってよくわからないところだなぁ。


「で、あたしは修練尉になっちゃったわけ。来月やってくる部隊を指揮するのはあたし。このあたしってこと」

「すごいね。キァハはえらい人になったんだね。おめでとう!」

「……わかってないのね。そういうヤツよね、あんたって」


 なんだかしらないけど、キァハは手で目をおおっちゃった。


「あのね、一日で突然特進したあたしなんかに、みんなの命をどうこう出来ると思うわけ? 戦争なんて本の中だけでしか知らないし、戦術なんて付け焼刃もいいとこよ?」


 そっか。やったことないことをやるのはむつかしいね。でも、キァハはボクのトモダチで、トモダチはけっしてあきらめないんだ。だからだいじょうぶだよ。


「キァハならできるよ」

「は?」

「だって、あきらめないんでしょ? キァハは」


 キァハはぽかんとしてる。でも、しばらくしたらこんどは笑いはじめた。


「そうね。あたし達の約束だもんね。なにがあっても絶対にあきらめないこと」


 ボクとキァハはヤクソクしたんだ。友だちのどうしのまほうのヤクソク。


「そだよ。キミはいってた、えっと……」

「運命を全うすること」キァハがおしえてくれた。

「それそれ。いみわかんないけど」

「生きることを肯定すること。死ぬことに敬意を払うことよ」


 キァハはボクと同い年なのにいっつもむつかしいこといってる。

 よくわかんないな。


「約束しましょう。あたしたちは絶対に諦めない」


 キァハがボクを見つめながらいった。ボクはそのことばがもっているあったかさにおどろいたんだ。いままできいたこともないあついかんじ。


「うん。あきらめない」


 ためらわずにこたえなきゃ。だってボクがニックで、キミがキァハ。それにボクたちはトモダチ。だったらボクはあきらめてはいけないんだということなんでしょ? ぜんぜんわかんないけど。


「そうよ。それで良いわ。覚悟さえあれば戦える」


 キァハはほめてくれた。なんだかむねがドキドキする。ほめられたのって、はじめてだったから。キァハにほめられたら、ボクのからだがワッとあつくなるんだ。

「まあ、戦争なんて出来る出来ないの問題じゃないのよね。やるか、やらないか。ただそれだけのこと。現実がこうである以上、あたしはやるべきことを全てやって、現実に勝利しなきゃいけない」


 キァハはみじかい赤毛に手をそえる。ボクにはそんなキァハが、とてもはかないもののようにみえた。キァハはたぶん、はかないものなんだとくりかえしてみる。キァハがはかないものだとしたら、ボクはなにができるだろう。


「ボクは、キァハのためになんでもするよ」


 たぶん、あたまのわるいボクができるのはこれくらい。だけど、キァハはおこらない。こんななにもできないなボクなのに。


「あんた、単純だけどいいやつね。じゃ、早速だけど一人にしてくれる? あんたまだ自分の宿舎の準備できてないでしょ。点呼は省略。あたし朝弱いから起こしにきて。じゃ、ご苦労さん。解散」

「おつかれさまでした。で、ボクはどこでねれば?」と、ボクはけいれいする。

「軒下、使っていいわよ」キァハはだらしなくとう礼した。


 そしてボクはここをでてく。

 キァハの家ののきしたをかりてテンマクをはろう。それがボクのすみかなんだ。ロジウラでくらしてたころよりずっとマシだね。

                  

****


 つめたい朝だなあ。朝日のまぶしさと、風のつめたさでにおこされるのは、ヤエイのけってんだとおもう。

 キショーとどうじに、テンマクを出て、その場でウデタテとチョーヤクタイソウをやるのが軍隊のシゴトなんだって。だからボクはまいにち欠かさずシゴトをしてるんだ。

 ぜんしんにうっすらと汗をかいたら、井戸まで走って、つめたいみずをザブンとあたまからかぶるんだ。そしてぜんしんをせいけつな布でふいて、また気合をいれて水をかぶる。

 そうすればねむくなくなる。

 あとは、セイフクとかソーグとかをつけて、銃をもってシューゴウ。

 あの日からからとつぜんえらい人になってしまったキァハの家にいって、ベッドでくたばってるのをゆする。

 キァハは昨日も一昨日も夜おそくまでシゴトしてた。なれないことばかりでつかれてるはずなのに、そういうのをキァハはいいわけにしない。


「えらい人をやるのもたいへんだね、キァハ」


 ボクはベッドでねてるキァハによびかける。


「――ん。今起きるぞ、ニック下級戦士」


 キァハはシンケンだった。そうか、もうキァハはがんばりはじめているのか。


「了解。キァハ司令殿」


 軍隊じゃあやまっちゃいけないらしい。あやまるかどうかではなく、リョウカイと先にいわなきゃいけないとショトウキョーイクでボコボコにされた。


「点呼はするまでもないか。下級戦士、異常はないか」

「いじょうなしです。でも、ねぶくろの下にしいたワラがたりないです」

「そうか。まあ、適宜時間を見つけて整えておけ。以後の行動について指示する。課業終了までわたしの直衛にあたれ以上、かかれ」

「かかります」ボクはケイレイする。


 キァハはもぞもぞとベッドのなかでうごく。


「で、天幕暮らしなれたかしら? 特例的にあたしの家の軒下貸してやってるんだから、ある程度の日よけ風除けくらいにはなるでしょ?」

「ロジウラくらしよりずっとましだよ」


 テンマクというべんりなものを軍隊ではよくつかう。ぶあついアサでできた布を、かんたんな柱でこコテイするだけで、雨にも風にもたえられる。ロジウラの子どもたちにこれがあれば、みんなさむくなくていいのに。


「というわけで、今日も朝食はあたしの居室で缶詰をあっためたやつ。よろしく」

「またカンヅメかぁ。キァハはよくあきないね?」

「飽きたわよ。でも、なんともならない現実があるのよ。あと、当面のあんたの仕事はあたしから教育を受けまくること」


 キァハのメイレイで、ボクのシゴトは、たくさん文字をおぼえて、計算れんしゅうをすることになってる。とにかくベンキョウなしではメイレイショとホーコクショとかいう軍隊のキホンてきなギョームをりかいできないんだって。

 だから、まっさきに軍隊の言葉をさっさとおぼえろといわれてる。

 おぼえているんだけど、書けないのがもんだいなんだ。キァハがいうには、みじかいじかんにシューチューして、それを何度かくりかえすのがだいじなんだって。

 だから、毎日キァハにあたまをボカスカたたかれながら、ベンキョウしてる。たたかれすぎてあたまが悪くなったらどうしよう。





 キァハとボクは、ここのところずっと司令小屋でシゴトをしている。ボクのしごとは、いっぱい文字をれんしゅうしたり、計算をすること。

 かのじょは司令小屋にのこされたさまざまなキロクをかき集めて、いっしょうけんめい読んだり、ぬき書きしたりしてる。

 ボクはキァハからわたされたしゅくだいがおわったから、キァハのために紅茶を入れる。


「ねえ、キァハ。さっきから何を読んでるの?」


 キァハの机のうえは、むつかしい文字がいっぱいならんだ紙とか本がちらかってるから、なんとかカップをおくところをカクホしなくちゃいけない。そういうのもボクのシゴトだ。


「日報とか、中央の連中への陳情書の写し。あと、歩兵戦闘の基本的な部隊指揮要領とかもぼちぼち。砲兵と騎兵の運用手順も学ばないと実にまずいわね。それに書類業務として各種陳情書をあちこちに出さないと。何もかも足りないから、何もかもオネダリするしかないわ」

「とにかくタイヘンなんだね」

「そうね。日報とか読んでると心砕けそうになるわ」


 キァハがちょっとくたびれた紙のたばにしせんをおとす。


「なにそれ? なにが書いてあるの?」

「全滅した補助兵の日常を統括していた『委員長』ってやつの活動日報。そこには、補助兵たちがどんな日常を送っていたのかが事細かに記載されてたわ。様式上の記載事項をしっかり書けば、おのずから日常が事細かに記載される仕組みになってるのよね。この書式便利だから使おうかしら」


 キァハがひらひらと紙をボクにみせる。そのうち書けっていってくるんだろうなぁ。


「誰が誰と喧嘩して、どうやって仲直りしたのか。恋人が出来たのか、失恋したのか。悩み事があるのか、それは解決されるべき問題なのか。昼食のジャガイモスープが薄すぎるとか、夕食に肉を出してくれだとか。読めば読むほど少しずつ胸が苦しくなることばかり。もう、ここに書かれたやつらは死んだか性奴隷になったか売り飛ばされてるんでしょうね。最低の気分だわ」

「死んじゃうのはさみしいよ。キァハ死んだらだめだよ」

「……なるほどね」


 キァハはなんだかしらないけどナットクしたみたい。

 さてと、もう一回計算のれんしゅうでもしようかな。キァハはいそがしそうだし。

 

――どんどん


 だれかが司令小屋にたずねてきたみたいだ。こういうときにタイオウするのもボクのシゴトということになってるから、セイフクにしわのないことをかくにんして、ドアをあける。


「司令はいるのか?」


 はげたオジサンがとびらのむこうにいた。

 なんだか高そうな服きてるね。おなかがきつそうだけど。


「キァハ、はげたオジサンがきたよ?」

「……あんたは黙って仕事しなさい。あとはあたしが対応するわ」


 なんだかキァハがフキゲンだ。はげたオジサンなんだからしかたないじゃないか。


「部下が失礼いたしました。わたしが部隊司令のキァハ修練尉です」

「部下の教育がなっとらんな。所詮は子どもの軍隊ごっこか」


 オジサンはなんだかえらそうだ。キァハみたいにエラいのにエラそうじゃないのとは違う。


「重ねて謝罪いたします、市長閣下。なにぶん、あたしの部下は初等教育がいい加減だったもので」

「じゃ、お嬢ちゃんは教育とやらを受けているのかい? 踊り子か何かの」


 ほら。

 なんだかいやそうなオジサンだったからちゃんとはげたオジサンっていったんだよ?


「――ご用向は?」やばいよ。キァハがおこってる。

「手紙の件である。おい、ここでは来客に椅子を勧めんのか?」

「ニック下級戦士、貴官の椅子をここへ」


 キァハがそういうんならしかたない。いやなやつにボクのイスを貸すよ。


「ふん。孤児ならば礼儀作法くらい軍隊でビシッと身に着けて、奉公人くらいに再就職できるようにしとくもんだぞ」

「助言、感謝いたします」


 えー、なんでキァハがカンシャしなきゃいけないんだよ。


「で、なんなんだ? この失礼な書簡は?」


 シチョーとかいうオジサンはふうとうをキァハのじむ机にほうりなげた。


「予算支援の要請です。各行政手続関連法を調べたところ、一定の要件を備えれば補助軍は駐屯する地方行政機関に支援の要請が可能であると結論がでました。書式に問題はないはずですが?」

「……確かに書式に問題はない。だが、世の中は法律で回っておるわけではない!」


 しちょーかっかがでっかいこえをだす。

 だけど、キァハはびくってなることなんかない。


「おっしゃる言葉が抽象的です。理解いたしかねますが」

「ふん。こしゃまくれた小娘が。いいか? 世の中というのは損得で動いておる。お前たち孤児の軍隊ごっこになんで市民から預かった血税を融通せねばならん? 汚らしい教育もろくに受け取らんガキが増えることを市民が喜ぶと思うのか?」


 きたならしいガキ。わすれてた。そういえばそういうのをよく大人がボクにいってた。

 なにがキタナイいのかよくわからなったけど。生きるのにキレイもキタナイもあるのかな。


「なるほど。我が補助軍の存在は無駄であると?」

「無駄に決まっておろう!」

「では、先日の補助軍の出撃の件は、市長閣下はいかがお考えなのでしょうか?」

「ふん。あのガキどもか。鉄砲をもってるんだからもうちょっと活躍すると期待しておったが……。正規軍がくるまでの時間稼ぎにしかならんかったわい」


 とにかくこの人は子どもたちはイミがないといいたいんだとおもう。そういうふうに大人は考えるのか。ボクよりもカシコイ人がそういうんだから正しいのかな。


「子どもの未来で買った時間で、命を繋いでおられるという御自覚は?」


 キァハはシチョーをじっとみつめてる。

 しちょーかっかはちょっとあせったみたいだけど、すぐにもとのえらそうなたいどになった。


「ふん。いちいちそんなことを気にしておれるか。前線では正規軍が何人も死んでおる。いちいち自分達が誰かの命で生かされておることなどに自覚だの感謝だのしておれるか。むしろ我ら市民の税金で給料をもらってることを逆に感謝すべきじゃないかね?」

「なるほど。話は平行線ですか」

「と、いうこともない」

「つまり?」

「なに、簡単だ。この都市には娯楽が足りんとは思わんかね? 首都のほうではお嬢ちゃんくらいの娘はもうアノ手のシゴトをはじめてるころだろう? 今後増派される補充兵にもお嬢ちゃんくらいの娘もおるだろう」


 シチョーのおじさんのおデコがあぶらぎってる。すごくいやだな。そういうの。


「なるほど。そういう『役に立つやり方』というのもありますね。覚えておきます。あたしでよければ相手いたしましょう。ただし、食いちぎられる覚悟はおありで?」

「はっはっは。これは恐ろしい。やはり親なし子は下品だ。では、これにて失礼するぞ。いちいち市長自ら書簡の回答に出向いたことを感謝せい。おい! 小僧、そこのドアを開けろ」


 いやだな。やりたくないからあけないよ。


「ニック下級戦士、何をしている? すぐに閣下のために開けて差し上げろ」

「……わかったよ」


 おまえのジョーシはいいムネをしているな、とシチョーはつぶやいて出ていった。




 シチョーがかえったら、ボクはすごくココロがかるくなった。なんだかああいう人といるとキブンがよくないんだ。


「キァハはなんで怒らないの?」

「あのね、世の中に怒ってもいいことないわよ? 怒ったところで世間は無視するだけ。怒るくらいなら変える方法を考えて実行するほうがよほどマシね。感情は行動を促すものでない限り意味はないのよ。少なくとも、隊長って仕事やってる人には」

「よくわかんないや」

「ま、べつにいいわよ。さて、あの市長は前の補助軍を生贄にささげて街の安全を買ったみたいね」

「ん? どうゆうこと?」

「あんた、市長ってのがわかってないわね。あれ、補助軍の子ども達を盗賊団に引き渡すことで街の安全を買ったのよ?」

「ふーん。しちょーさんはわるいやつなの?」


 子どもを売るなんてわるいやつにきまってる。


「最高に優秀。兵の命は市民を守るもの。だったら売り払うことで市民の安全を確保してもいいでしょ? 市民にとっては涙一つ流す理由がない。憐れみはタダだからいくらでも言えるわ」


 もうちょっと世の中がかんたんだったらいいのに。よくわかんないからボクはボーっとキァハのはなしをきくしかない。


「つまり、市長は善人よ」


 えー! ボクにはぜんぜんわかんないよそれ。ぽかんとするいがいどうしようもないよ。


「じゃ、物分りの悪いあんたに仕事をあげるわ。そこの単語帳もって城壁警戒。第一章覚えるまで帰ってきちゃダメよ。かかれ」

「かかります」

 

 あーあ。たぶん日がくれるまで帰ってこれないだろうなぁ。





 この町をまもるたかいカベをジョーヘキっていうんだって。

 ジョーヘキにかこまれた町はジョーサイトシってよばれるのがホーレイジョーのならわしなんだってキァハが言ってた。

 ジョーヘキは、ふつう町のジケイダンってのがみはってる決まりらしい。ジョーヘキのうえにのぼれるばしょはきまってる。ジケイダンがチューザイするボウギョトウからじゃないとのぼれないんだ。

 ボクは駐屯地にいちばんちかいボウギョトウにいく。


――よ、坊主。なんか用か?


 ボウギョトウの前でけむりをふかしていたお兄さんが声をかけてくる。ジケイダンがもってなくちゃいけない散弾銃はカベにたてかけたままだ。手入れもされてないよ。だってけっこうサビてる。


「司令にメイレイされてきました。ジョーヘキケイビをしなきゃいけないんです」

――なるほどね。ってことはお前さん補助軍かい?

「そうです」

――ご苦労なこった。勝手にのぼりな。階段はくもの巣はってるから払っといてくれ。

「わかりました」


 ひまそうなお兄さんは、そういうとパイプをゆっくりとすいはじめた。だれもみはりしてないのかな。ああ、そうか。パイプをすうのがオシゴトなのかもしれないね。

 たしかにカイダンはくものすがひどかった。まとわりつくのをはらいながら、虫の死がいとかとからみあうのは楽しくない。

 たぶん、ジケイダンはジョーヘキにめったにのぼらないんだとおもう。だからこんなにクモのすがひどいんだ。

 



 のぼってみたらびっくりだ。ジョーヘキの上は、風がきもちいい。

 ここからならなんでもみわたせる。

 カベにかこまれたまちの真ん中にでっかくそびえる市庁舎ってところとかね。そのまわりにはおいしいジュースがうってる市場ってのがあるんだよ。ほかにもいっぱいあるけど、ボクはきょうみないんだよね。

 さてと、ボクは日がしずむまえにいっぱいことばをおぼえるぞ!

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