ボクは、彼女こそ戦争にふさわしいと思います。
空けておけ、と言われた日になったら、招待状とかいうのがとっても偉い人からとどいた。
場所は市庁舎の中庭。なんでも勝利を記念してパーティみたいなのやるみたい。あれ? ボクら勝ったんだっけ?
でも、偉い人が勝ったっていうんだから、やっぱりそうなんだろう。
そういうわけで、ボクは招待状に書かれていたとおりの『礼装』に着替える。とはっても、制服に金ぴかな飾りをいっぱいつけるだけなんだけどね。
んで、着替えたらキァハの居室(この前の戦闘で、屋根がぶっ壊れたからなおさないとね)に行く。
夕日がのほほんと空に浮いてるけど、パ―ティ自体は夕日が落ちる頃からが本番らしい。
「キァハ。ボクだけど入っていい?」
ノックをしてみると、中からいつもと様子が違う彼女の声がした。
「入っていいわ」
ボクはボロいドアノブをひねって居室に入った。
腰がぬけそうになった。
ボクは、目がおかしくなったのかと不安になる。
キァハが軍服以外のものを着てる。
「――キ、キ、キァハっ! す、す、すごくきれいだ!」
思わず言っちゃった。
だって、いつもはてきとうな赤毛も、今日はさらさらになってるし、きらきらした髪飾りまでついてる。
どこから調達したのかしらないけど、口紅までひいてる。
何よりも、紅色のワンピース・ドレスが似合いすぎてる。
肌が出ちゃってる腕とか、首筋とかはとても傷だらけで、きり傷、すり傷、裂傷に火傷となんでもありな痕が残ってる。
だけど、ボクからすれば、それでこそキァハだよ。
キァハは戦場のお姫様。赤の女王なんだ。
「傷だらけでしょ? あたし」
なんか消え入りそうな声だ。なにか恥ずかしいのかな。
「うん」ボクは素直にこたえる。彼女はうそがきらいだから。
「やっぱり、目立つのね」なんかキァハは残念そう。
「傷だらけなのは、恥ずかしいことなの?」
「男の価値観では。それにこびる女にとっても」
「――そんなのおかしいよ。ボクはきれいだと思う。傷つかないでみんなを助けるなんて絶対できないもん」
ぜったいそうだ。キァハが傷だらけなのは、いつも部下たちの側で戦ってきたからだ。それはぜったい恥ずかしくなんかない。
「あたしの鼻がもげて、目がつぶれても、あんたはそう言ってくれる? 全身がヤケドでただれても?」
「誰かのために傷ついた姿がキレイじゃないなら、みてるほうの目がおかしいんだよ」
「そうかしら? あんたがそういうなら信じてあげるわ。じゃ、あたしの直衛にあたれ」
キァハの口調は命令だった。すこしためらいみたいなのがあったけど。
「で、どうすればいいの?」と、ボクはキァハが差し出した手をとる。
「バカねぇ。そのままエスコートすりゃいいのよ……」
なぜか視線をそらすように言った。
「ボク、ワルツとタンゴしかおどれないけど」
「え?」キァハが妙な顔をする。その顔は社交向きじゃないよ。
「なに?」
「あんた、踊れるの?」
その問いのほうが意外だった。
「特技兵はみんなおどれるよ? 研修所でね、訓練されるんだ」
「意外すぎる……弾一発分くらい見直したわ」
「そりゃうれしいよ」
キァハをエスコートして市庁舎にやってくると、なんだか本当に戦争があったのかって思えちゃうくらいの華やかな装いに生まれ変わってた。
星空だけじゃ明るくないから、松明とかかがり火がいっぱい。
着飾った女の人とか、男の人があちこちでお話してる。
「――紳士淑女の皆様、新市長からのご挨拶をもって、園遊会開催の辞といたします」と、司会役の将校さんが声を上げた。
こないだまで城塞都市を収めていたおじさん市長はいなくなっちゃったみたいで、モモポフさんところで働いてた女の人が新市長さんになったみたい。転職ってやつなのかなぁ。
モモポフさんも地味な普段着とは違うおしゃれさんになって、いろんな人とにこやかにお話しながら、ぶどう酒のグラスを傾けてた。あの人はキァハに気付くと、軽くグラスを掲げて、お互いに目であいさつだけ交わした。いったい何があったのかは知らないけれど、モモポフさんは満足そうだった。たぶん、お酒がおいしかったんじゃないかな?
それからボクらは正規軍の参謀とか連隊長だとかの長々しいお話を、ぶどう酒のグラスをかたむけながらきいた。キァハはいろんな男の人に話しかけられたし、女の人にも人気があった。だけど、みんな一度はキァハの傷だらけの肌に視線を落とす。なかには露骨にいやそうな顔をする人もいた。
逆に傷だらけの肌をほめる人もいた。女性連隊長とか、同性愛の男性参謀とかね。
ボクはだまって彼女のそばにいた。礼装の制服だから、料理をがっついて汚せないのが不満だね。もうちょっとローストしたやわらかい肉料理を食べたかったのに、キァハにはしたないって注意されてげんなり。
そして、軍楽隊が例の三拍子を演奏しはじめた。
うん。ボクだっておどれるワルツだ。
キァハがちらちらボクをみてくる。
「どしたの?」
それでもキァハはボクをじっとみてるだけ。
「あのさ、言ってくれないとわからないよ?」
彼女はうつむいてしまった。まずい!
なにか大事なことを忘れてるんだ、たぶん。
ボクはあわててまわりを観察する。戦争で生きのこるためには観察力がだいじなんだ。そして一つの『ながれ』が見えた。男の人たちが女の人をダンスに誘ってる。あ、でも男の人が男の人を誘うのもあるし、女の人が女の人を誘ってたりもする。どういうことかわかんないけど、とにかく、ボクが誘わなきゃキァハは踊れないのか。でもどうやって誘えばいいんだっけ? ……そうだ、ずっと昔に教官どのがやってたぞ。
まずはこうだ。
ボクはキァハの前に立って、その場で会釈するんだ。で、手を差し出すわけ。
そして、こういうんだ。
「おどりませんか?」
すると、キァハが満面の笑みでこうこたえる。
「へたくそ。誘い方くらい予習しなさいよ」
で、彼女の手をとるわけ。うーん。なんだか思ってたのとは違う気がするけど、いいか。
そしてボクらは華がくるくるまわってるみたいな舞踏の場に、手をとりあって参加する。
一、二、三と拍子をとりながら、ボクは背中をまっすぐにして、あるべきステップを踏む。ここらへんは機械的にできる。
だけど……キァハがおもったよりもへたくそだった。
「キァハ。ボクの足踏みすぎ」
「うるさいわね。慣れてないのよ、こういうの」
やばい。キァハがむくれた。
「じゃ、ボクに任せて」
「え?」
「ボクにつかまればいい。それだけでうまくいくから」
ボクはキァハの背中をだいてる腕に、彼女がつかまりやすいようにする。あとは、キァハを軽くだいて、浮かせる。彼女には一応基礎はあるみたいだから、大胆になればいいだけなんだ。
問題はボクの筋肉だよね。身をゆだねたキァハを、舞わせてあげるだけのものが必要だ。ま、そのへんは抜かりなしだけど。
ほら。
これで彼女は赤の女王さまだ。この会場でボクらにまさる踊り手はいないよ?
次第にボクらのステップは舞踏場のまんなかに進んでいく。
ありがたいことに、ほかの士官の人たちはボクのすすむ進路をさらりさらりと空けてくれる。さすが、本職のみなさんは場のもりあげかたをよく知っているみたい。
「ちょ、ちょっと! 目立ちすぎよ」
「キミが主役なんだから、目立たないとだめだよ」
ボクは戦闘訓練みたいに全身を使い切って、彼女に華をそえてあげる。みんな彼女をうっとりとみてる。誰もボクをみていない。よし、これでいい。
「今だけは、世界はみんなキァハのものだよ」
「もー……」
彼女の顔はおこってるけど、目は楽しんでる。なによりだよ。
ん。転調したみたい。
曲調がかわってきたから、ボクらは他の組に真ん中をゆずる。
「約束おぼえてる?」
キァハがボクをみつめてる。みつめられるのは慣れてるけど、今日の彼女のほっぺたはうっすら桃色だ。ちょっと激しく動きすぎたかな。
で、なんで約束なんてきくのかな? ボクはいつでもキァハとの約束を覚えてる。死ぬまで忘れないよ。
「絶対にあきらめないこと」
ボクは彼女を抱きしめながらこたえた。
「一つ忘れてる」
こんどはボクが抱きよせられる。
「あたしのために死ぬこと」
そしてワルツは終わり、ボクらは拍手と喝采に包まれた。
――第二巻に続く
第一章でした。
ここまで読んでくださった方に深く感謝いたします。




