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ボクの手は、ちゃんとつかまなくちゃいけないものをつかめるのかな。

 馬さえあれば中心部にもどるなんてあっという間だった。

 先発した正規軍の騎兵部隊があちこちで人面狼を圧倒してくれてるから、キァハのそうさくに集中できるんだ。とってもありがたいね。

 ボクはキァハたちと分かれたレンガ造りの館にたどり着いた。


「なんで……くずれてんの?」


 ボクは思わずひとりごとをこぼしてしまう。キァハたちが隠れてたはずのベッドがいっぱいあった館は、すっかり焼け落ちていたから。

 ボクはてきとうにその辺に借りた馬をつないで、がれきを調べる。

 館の基礎がふっとばされてる。たぶん爆弾を使ったみたい。

 とにかく、地下室をさがさないと……。


「よぉ? ニック戦士長。ランヌの言うとおり、やっぱ死んでないな。特技兵は戦死しないってマジなんだな」


 後ろからきき慣れた声がきこえる。

 ボクがふりかえったら、やっぱり髪をかきわけるあいつだった。


「スィヘリヴェ中隊長? 司令は?」


 スィヘリヴェのやつは、部下を十人ほどつれてる。みんな元気そうだ。すごく砂ぼこりとかで汚れてるけど。


「あー、ランヌとその部下が直衛についてるぜ。すごかったんだぜ? ランヌのヤツ建物に爆薬設置してやがった。お前さんは死んだってキァハちゃんを説得してボーンッさ。いやー、暴れるキァハちゃんをとりおさえるのは大変だった」

「なんでキァハが暴れるのかな。戦術的にはボクをぎせいにして敵をまとめて吹っ飛ばせるから合理的だよ?」

「ま、世の中は特技兵にはわかんないことだらけってね」


 スィヘリヴェはやれやれとため息をついた。なんで?


「で、キァハはどこにいるの?」

「あー、もともとの砲兵陣地だよ。迫撃砲を回収して、街を火の海にしてでも敵を殲滅するってキァハちゃんが言い出しちゃって。あんまりにもかわいいから司令って呼ばずにちゃんずけすることにした。俺のなかの艶心に火がついたな、うん」


 なにがかわいいのか分からないけど、とりあえず将軍にキァハのそばにいけって言われたから行かなきゃ。


「おいおい。つれないな。せっかくの再会だからもうちょっとさぁ――」

「ごめん! キァハのところにいかなくちゃ!」

「お、おい――」


 スィヘリヴェのなさけない声を背中でうけて、ボクはさっさと借りた馬で砲兵陣地にむかう。

 とにかく、キァハが無事で何よりだ。

 せっかく正規軍がきたんだし、このまま無事におわるはずだよ。

 それで、ちょっとおやすみとかもらえるかもしれないじゃないか。

 うん。大丈夫だ。何もかもうまくいくよ。






 時計がある砲兵陣地には、ちゃんとみんなが集まっていた。

 市民を内側にかくまうかたちで方陣をけいせいしてる。だけど、かなり薄い方陣になっちゃったね。

 一部の兵たちが抵抗力をうしなった人面狼をにむかって、ドンっととどめをさしたりしてる。

 あちこちに負傷兵うんうんいってるし、やられた兵も多いみたいだから、けっこう激しい抵抗戦だったんだね。ボクがそばにいてやればよかったよ。

 ボクに気付いた警戒兵がおどろいた顔をしてる。あー、そっか。みんなボクが死んだと思ってるんだね。


「おーい!」


 ボクはおもわず声をあげる。


「だ、だ、大隊長っ! ニック戦士長ですっ」


 なんだか力なくうつむいてたキァハのそばにいたエリシュカさんがぴょんぴょんとんでる。


「な、なんであんた生きてるの? その、あんた爆発したんじゃないの?」


 キァハがふらふらと立ち上がって、ボクのほうによってくる。

 ボクはすばやく馬からとびおりて、キァハにかけよる。


「ボクが爆発してどうするのさ。爆発したのは建物でしょ?」


 へんなことを言ってるキァハに、ボクはおもわず問いかけてしまう。

 キァハはよろよろと吐息がかんじられるくらいボクのそばまで近付いてきて、ボクをぺたぺたさわる。まるで、本物かどうかを確認してるみたいだ。


「ニック。動かないで。命令よ」


 仕方ないから動かない。 

 そして、いきなりボクのほっぺたをパシーンッと叩いてきた。

 うん。すごく痛いです……。


「あの、痛いんだけど」

「――あんたなんかやっぱり死ねばよかったのよ!」


 うわ。なにそれ。

 ちょっとひどいなぁ。

 でも、キァハは涙をなんだかがまんしてるみたい。

 そっか、泣きたいけど泣いたらいけないから叩いたんだね。理屈はよくわかんないけど、たぶんキァハがそれしかないって思ったからそうしたのかな。


「ごめん。もうそばをはなれません」

「あたし、あんたなんかもう、信用しない」


 キァハがあっちむいちゃった。猫がふきげんになるとこんな感じだよね。こまったな。これじゃききたいことがきけないよ。

 ボクはわけがわからないキァハとは違って、あいかわらず本を読んでるパステルさんに聞いてみることにした。


「パステルさん。無事でよかった」

「あなたも」

「ところでランヌは?」

「あなたが生きてる気がする、といって探しに行った。スィヘリヴェと手分けして」

「あ、そういうことだったのか」

「なんだか司令に頼まれてたみたいだけど、詳細は知らない」

「ふーん。ありがと」


 なんだ。やっぱりランヌはいいやつじゃないか。敵がどこにいるか分からないのに一人でわざわざボクを探しに行くなんてさ。

 



 あ、ランヌが帰ってきた。なんだか火の中を駆け巡ったみたいに軍服がこげてる。どうしたんだろ?


「――キァハ司令。いい知らせと悪い知らせです。いい知らせは正規軍が市街に完全に浸透して敵を排除していること。悪い知らせは、やはりニック戦士長を発見できなかったことです」

「あー、ニックの件はありがと。ほら、あっち」

「おーい、ランヌ。ボクはここに生きてるよ? 探してくれてありがと」


 ボクはキァハの前で報告してるランヌをおどろかせてあげる。


「生きていましたか。特技兵は死にませんからな」


 ランヌはこともなげにそういうと、キァハに一枚の紙切れを渡した。

 キァハはさっとそれをよんだみたい。で、そばにいた松明をもった兵から、火をかりうけて紙を燃やした。


「はい。ご苦労さん、ランヌ。モモポフのやつはうまくやったみたいね」

「はい。司令に謝意を伝えよと」

「こっちこそ。まだまだこれからってとこかしら。ニック戦士長!」


 はいはーい、呼ばれたら行くしかないよね。


「はっ」

「突入してる正規軍はどこの部隊? あんたは会ったんでしょ? 馬借りてるんだし」

「えっと、赤い羽根の騎兵だったよ。あと、なんだっけ、ウォルなんとか将軍の部隊だった」

「――ニック戦士長。すぐにわたしをあの馬に乗せて正規軍の指揮所まではこびなさい」


 えー。それはおすすめしないよ。だってまだまだ敵がいるかもしれないじゃないか。こういうときに油断したらだめなんだよ。勝ってかぶとのなんとかかんとかってやつ。


「司令。この方陣を維持し、正規軍の一部が我々と合流するまで市民をまもるのが最優先であると考えます」


 ランヌのやつが進言する。こいつはキァハの命令にいちいち文句をつけるときがあるけど、まあ、だいたい間違ったことを言わないよね。


「……わかった。それが妥当よね。エリシュカ! パステル!」

「はいっ」


 パステルさんとエリシュカさんがこっちにあわてて駆け寄ってくる。


「エリシュカ、体調はどう?」

「だいじょうぶです。休みましたから、少しはなんとか」

「そう。よくがんばったからおもしろいことさせてあげる。これなんだか分かる?」


 キァハが弾帯につるしてある小さな革袋から、丸い玉をとりだした。


「さあ?」エリシュカさんが首をかしげる。ボクもわからないけど。

「花火」パステルさんは分かったみたい。

「そそ。我が隊のささやかな勝利信号よ。迫撃砲使っていいから。装薬はパステルに任せる」

「そう」

「了解ですっ」


 エリシュカさんとパステルさんは玉をうけとって迫撃砲のところへむかった。


「スィヘリヴェのやつ、おそいわね」

「部隊は帰ってきているようです。スィヘリヴェ中隊の腕章をつけた兵は揃っています」


 ランヌがキァハに告げる。


「なに、またどっか女のとこでもいったのかしら?」


 そっか。スィヘリヴェは女の子が大好きだもんね。


「――何でも危険なときほど男女は燃え上がるとか」


 ランヌは、やることもなく突っ立ってる兵たちに手信号をおくりながらそんなことをいった。

 警戒指向をさだめるやつだ。こいつはいつも仕事してるね。


「……ランヌ、あんたがそういうこというとは予想外だわ」

「いえ、ニック戦士長捜索前にスィヘリヴェ中隊長が言っていたことを、そのまま報告しただけです。なにか失礼に当たりましたか?」


 ランヌはキァハの前で姿勢を正す。


「あっそ。ランヌ、スィヘリヴェの部下をまとめて警戒を厳に……って、もうやってるわね」

「はっ」

「じゃ、そのままやっといて。花火なんてあげて、敵が殺到なんてしゃれにならないしね」

「それはないでしょう。正規軍の馬蹄こそ聞こえますが、発砲音、剣戟音いずれも少なくなっております」


 ランヌが夜空をみわたしながらそんなことをいった。


「そうね。ニック、空を見て御覧なさい」

 ボクが夜空をみあげると、星がきらきらしてた。

「星がきれいだね、キァハ」

「ばか。そうじゃないって……」


 えー。どういうことだよぉ。


「発光信号『鮮黄』。警戒すれども敵影なし、の信号が多数上がっていますね」


 ランヌがたんたんと教えてくれた。


「へー、あの黄色い光がパッとさくのはそういういみなんだ?」

「――特技兵って学科なかったのかしら?」

「私はありましたが。第○研の課程は存じません」


 うわー。こうやってみると町のあちこちからぽんぽんと黄色い光が上がってくる。正規軍のみんなががんばってるってことなんだね。


「パステル、エリシュカ、準備できた?」

――準備よし

「じゃ、撃ち方用意――撃て!」


 ポンって音がして、夜空にけむりの線がのびてった。

 しばらくすると、ドンって大きな音がして、夜空に小麦畑みたいな光がさいた。


「わー、キレイだね、キァハ」


 ボクはキァハのほうをみる。

 キァハはくちびるをかんで空を見あげてる。彼女はもう人前でなかないんだ。涙は人のためにこぼさなくちゃいけない立場だから。

 まわりをみたら、キァハ、ランヌとボク以外みんな泣いてた。

 エリシュカさんなんかぼろぼろないてるし。兵たちなんておいおい泣いてる。

 パステルさんはせっかくの花火なのにうつむいて本を読んでる。

 でも、こんな暗いのに本なんてよめるのかな?


「(ねね、ランヌ。なんでみんな泣いてるの?)」


 ボクはランヌに小声できいてみる。


「(生き残れたから、ではないでしょうか? みな、我々のように、涙が枯れていないのでしょう。ニック戦士長)」


 ふーん。みんなは涙の海をもってるんだね。ボクはずっとまえになくなっちゃったけど。

 でも、キァハは泣きたいのになけないんだね。そんなのあんまりだから、ボクはキァハの手をそっとつかむ。


 キァハもゆっくりとにぎり返してくる。


 指がつよくからむ。ボクの指がくだけるくらいに。

 土と火薬と返り血でよごれたボクの手は、すりぬけるものばっかりの彼女の手からこぼれないんだ。たぶんそれが約束だから。

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