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ボクはもうダメだと思いますが、そう思ったら負けかな。

 このまま夜が明けないかな? なんていうのんきな期待はつぶされちゃった。

 窓の封鎖がやぶられる音がしたから、いまはみんな飛び起きて、ばたばたとランヌが定めた配置についている。

 ランヌの計画は単純だ。いちばん安全な地下室に市民と負傷者を放り込むこと。

 あとはそこにいたる経路を全力で死守する。

 つまり、食堂――地下室前廊下の二つの防衛線があるわけ。

 それに、ランヌには秘策があるらしいよ。


「最悪の寝起きだわ。第一、第二は横隊で食堂に展開。直衛小隊はベッドもってきて食堂入り口を閉塞。広間から食堂への侵入を阻止する!」


 ぼさぼさの赤髪をそのままに、キァハが指示を出す。やっぱり仕事してるキァハはきれいだね。ボクは何も装備してないキァハに、装具をつけてあげる。


「ありがと。ニック。さあ、市民のみなさん、急いで!」


 けっこう市民のみなさんとやらはもたもたうごくから困る。クマのお人形なんてどうでもいいじゃないか。


「大隊長! 扉が破られます!」


 兵のだれかが大声で報告する。


「ベッド作業終わり! 撃ち方用意!」


 みんながベッドをてきとうに積み上げて、食堂の出入り口を封鎖した。

 すき間からうんしょと兵たちが食堂に逃げ込んでくる。


「退避完了」ランヌが人員を数えて報告した。

「ろくでもない掩蔽だけどないよりはましね」

「ベッドの正しい使い方じゃないですね、これ」スィヘリヴェが笑ってる。

「ランヌ。ベッドの正しい使いかたって何?」


 パステルさんがなぜかランヌにきく。


「いえ、それは、その」なんだ。ランヌもしらないんじゃないか。

「きましたっ!」エリシュカさんが声をあげる。


 確かにベッドをざっくり切り裂いて、中の羽毛が食堂のなかにまいはじめた。


「撃てっ!」

 

 キァハの号令の元、一斉に四十発以上の弾丸がベッドを蜂の巣にする。

 ギェェという声がきこえたから、何かをやったことは間違いない。


「次弾装填、撃ち方用意――撃て」


 とにかく、キァハが食堂の入り口という人がせいぜい二人とおるための空間にむけて、大量の銃弾をうちこむ。そろそろベッドが原型をたもてなくなってきた。


 お。


 見えた。おじさん顔の人面狼だ。ねばねばのだ液たらしてて、ボクは正直こういうの苦手だなぁ。だから、えんりょなく撃つしかないじゃないか。


「撃ち方用意――」

「装填中!」と、何人かの兵士が銃弾をとりこぼしたりしてあわててる。

「撃て!」


 こんどは射撃できた銃が少なかった。前込め式単発と元込め式三連発が混在してる現状じゃどうしようもないだろう。


「ちょ、大隊長、爪が見えてきましたぜ! こりゃ、いよいよまずいんじゃないですかね」スィヘリヴェがあわててる。

「斉射の後、地下室前廊下に逃げ込むぞ。撃ち方用意――撃て」


 キァハの射撃命令でベッドがくだけちった。ずんぐりとでっかい人面狼が二足歩行で入ってきた。

 にたにたしやがって。そんなに人殺しがすきなのか?


「キァハ、撤退だ!」


 ボクはてきとうに負傷兵から借りてきた三連発の筒先をやつの腹にむけて、至近距離からうちこんであげる。よし、ちゃんとやれた。

 だけど、くずれる人面狼を押しのけて、また新しいのがこんどは四つんばいで入ってくる。

 そしてボクのあたまをがぶりと食うつもりで飛びかかって来た。

 だけど、そいつはボクにのしかかってくるだけで、動きを止めてしまう。

 とにかく、このくそ重たいやつをどかして、次の敵を狙わなきゃ。


「ヒューッ。俺の射撃も中々だろ?」どうやらスィヘリヴェが狙撃してくれたみたい。

「スィヘリヴェ、つぎはボクに飛びつく前にかたづけてくれないかな?」

「へいへい」

「あんた達で最後よ、早くこっちへ!」


 キァハが拳銃で援護してくれる。でもそれってあんまり有効じゃないんだよね。


「スィヘリヴェ、キミが先だ」

「お先に失礼!」


 やつはさっさとキァハのところにたどり着いてくれた。

 ボクは目の前の敵がかなりの数になってて、ちょっとまずい。同時にいくつもの爪がとんできて、避けるのと受け流すので精一杯だ。

 どうしよう? 逃げ込めないぞ。


「ニック、早く!」


 いや、キァハ。そう必死にさけばれてもムリっぽいんだよね。


「ランヌ。とびらをしめるんだ。キァハをたのんだ!」


 ボクはもうだめだから、いちばん信用できそうなやつに頼みごとをしておく。

「バカいわないで! ちょっと、ランヌ、離しなさいよっ!」


 ボクの後ろで扉が閉まる音がした。もう、ボクに退路はない。

 さて、あとは特技兵として生き残るしかないね。ボクは投擲弾をさっき倒した死体のあたりにころがしてやる。あとはこいつにわざと押し倒してもらって――

 





 いてて。投擲弾を至近距離でくらうのはこんなにやばいんだね。食堂はほとんどくずれそうだ。天井まで緑のどろどろがとびちってるよ。

 とにかくぐちゃぐちゃになってボクを押さえ込んでる死体をどかす。

 地下室前廊下へとつながる扉は、ボクがどうこうしても開きそうにない。

 さて、どうやって生き残るかが問題だね。

 ボクは装備を点検する。三連発長銃はちゃんと動く。機関部、銃身ともに異常なしだ。

 弾帯の弾薬は三十発くらいかな? 負傷兵の忘れ物とかは、キァハのいいつけをまもって兵が回収してるだろうから期待できないだろうね。あとは銃剣くらいか。投擲弾はあと一個。

 うーん。自爆はいやだな。そういうのはあのリベロのバカやろうとおなじになっちゃうし。

 あ。

 なるほどね。ここはけっこう大きな食堂だから、こんなのがあるのか。

 さて、どこにつながってるのか試してみようかな。




 下水道におりたのは、特技兵の最終訓練のとき以来だ。

 研修所の訓練で殺せるだけ殺して、なんとか日の光を見たときは、これでボクは自由だとかおもっちゃったけど、ぜんぜんそんなことないわけで、ボクはまたこんなところに降りちゃったってことか。

 食堂にあった手持ちランタンに点火する。

 うん。訓練のときにみた下水道とだいたいおんなじだ。こっちのほうがちょっとせまくて古いね。あと、だいぶ臭い。排水処理がいいかげんなんだろうね。

 とにかく進んでみよう。どこに出るかは運次第だね。


「――あれ?」


 ここがどっち方向なのかいまいちわからなくなった。北のような東のような。なんかその辺だ。だけど、鉄格子のせいで先にすすめない。仕方ないから、このはしごを上るしかない。

 はしごを上ると、鉄の四角い扉があった。さびてるけど、まあがんばれば開きそう。

 ボクは気合を入れてこじあける。出た先に人面狼がいたら運がなかったってことで。


 えい。


「きゃあああ!」

「わぁああ」


 いきなり女の子の叫び声がきこえたから、ボクまでさけんじゃったよ。


「だれかいるの?」


 ボクはおそるおそる首を出してみる。

 なんだか薄暗い石作りの建物みたいだ。


「みなさん、わたくしの後ろにお隠れになって」

――おねえさまぁ

「泣いてはなりませんことよ。潔く死を受け入れるのもまた高貴なことですわ」


 小さい子どももいるのか? なんだかどっかできいたことがある声だねぇ。


「あのー、ボクはキァハ独立支援大隊のニック戦士長ですけど」

「まぁ! あなた生きていらしたの? わたくしは大隊管理小隊長でポニャトフスキ侯爵家が三女――」

「あー、やっぱりポーニャさんか。無事で何よりだよ」


 ボクはどっこいしょとはしごを上りきって、フタをしめる。

 ランタンをかざすと、ちょっとつかれ気味だけど、あいかわらずなんとなく派手なかんじのポーニャさんがいた。


「ポーニャさん、現状を報告してよ」

「――だからエミリアですわ。大隊管理小隊は行方不明五名。負傷者三名。なんとか二十二名が使えますわ。とはいいましても、どの子もおびえて。こんな小さな子を戦場にだすなど言語道断ですわ。美しくありません」


 ポーニャさんは背すじをのばしてそういいきった。たしかに言うとおりだ。こんな小さな子達は戦争させるもんじゃない。


「こうやって再会してみると、ポーニャさんてキァハよりもキレイなんだね」


 月明かりとランタンにてらされたポーニャさんは、物語の妖精みたいだ。なんだか澄ましたかんじがするけど、それがこの人にとって自然なんだろうね。それに、さらさらの金髪をみてると、よのなかにはまだ美しいものがあるってことを思いだすよ。


「あのような庶民の娘とはわたくし、毛並みが違いましてよ」

「たしかに毛並みはちがうなぁ。あと、キァハが心配してたよ」

「あの人が? すっかり見捨てられたとうらんでおりましたのに」

「あ、見捨てる決定はしたけど、心配してたってこと」


 ポーニャさんが目を細める。なんかボクへんなこといったかな。


「まぁいいですわ。では、あなたはわたくしを助けに来たということですの?」

「うーん。結果としてはそうなるかな」

「ああっ!」


 いきなりポーニャさんがボクに抱きついてきた。


「わたくし……もうだめだとあきらめておりましたの。だけど、あなたがきてくださいました。これでこの子たちも安心ですわ」


 なるほどね。なんだかんだでキァハが小隊長にしただけあるよ。

 ちゃんと小さい子たちのことをいちばんに考えてるんだ。


「で、どうやって生き残るんですの?」


 しまった。

 それはぜんぜん考えてなかった。ボク一人だけなんらなんとかなるけど、小さな子をつれてどうこうできるもんなのかな。

 あ。

 なんでこんな簡単なこと気付かなかったんだろう? 

 キァハ、これはキミの責任だよ。あとでたっぷりと謝ってもらわなくちゃいけないね。






 ボクは子どもたちとポーニャさんをつれて城壁の上をひたすらに進む。

「どうして西城壁へ行かなくてはなりませんの? 司令と合流が優先なのではなくて?」

「しつもんはあとで受け付ける。とにかく走るんだ。急ぐんだ」

「いったい何をあわてていらっしゃるのかしら?」

――おねえさま、つかれたよ

――あしがいたいですぅ


 くそっ! こんな小さい子つれてると間に合うものもまにあわないな。

 キァハだったらどうするかな? なんだかんだでつれてくんだろうね。じゃあ仕方ない。


「よし。すこしきゅうけいだ。ポーニャさん、警戒にでるよ」


 城壁の上をはしってるんだから、索敵には有利だけど、相手からもボクらがまるみえだ。運試しもやりすぎはよくないね。


「市庁舎のほうに火の手が……」


 ポーニャさんが指さした。

 そんなバカな? やつらは火なんか使わないぞ。ぜったいにだれか人の手がかかってる。


「たしかキァハ司令も市庁舎のそばに――」

「だいじょうぶだよ。キァハならだいじょうぶだって」

「想像したくないですわ」

「ボクだってそうさ」


 でも想像してしまう。地下に避難してみたらいきなり火あぶりだもん。

 そんなの誰だって考えてないし、予想もしてなかっただろう。人類相手の戦争だったらそういう覚悟もできるけど、今回は、対妖獣戦だ。

 まさか、ボクはかんちがいしてるのかな。これは妖獣戦争なんかじゃなくて、ほんとは人と人のあらそいで、賢い人同士がなにかをしているんだとしたら……。


「どうしたのです、ニック戦士長」

「いや、なんでもないよポーニャさん。さ、動き始めよう」

「ええ。さ、あなたたち、お靴をはいて歩くんですのよ」


 ポーニャさんが小さい子たちに靴をはかせようとしたときに、二つのおきな影がポーニャさんにとびかかった。

 運を試しすぎたんだっ! 

 ボクは遊底を操作して弾薬を装填、銃床を肩にあてて水平三連射する。


 ひとつは潰した!


 だけどもう一つがゆっくりとポーニャさんを切り裂いていく。

 ここまで来たってのに! 

 小さい子たちが前込め式をかまえる。

 子どもたちは撃ったけど、だめだ。いちばんまずいやり口だ。はんぱな射撃なんて、ただ注意の矛先をかえるだけなんだよ。相手は子どもだろうがなんだろうか甘くない。

 人面狼はにたりと笑うと、やたらでっかいその口で、一人、また一人と小さい子を食らっていく。キァハだったらこういうだろうね。


 ニック、あれを殺せ。 


 了解。

 ボクは着剣し、殺しにかかる。


「――ニック戦士長、わたくし、わたくし……」

「しゃべるな。たすかる」


 血をこぼしてたおれてるポーニャさんに、気休めしかいえない。なぜならこのニタニタわらったやつを殺さないと助けようがないから。

 ボク体重をのっけて、深くやつの腹に銃剣をつきたてる。

 だけど、致命傷には遠い。

 ヤツのだ液がボクの髪の毛をよごす。くそっ!

 そして、背中が熱くなる。

 まずい。こりゃ爪が深くまできてる。


――ゴボッ


 声がでない、子どもに撃てといいたいけど、ダメだ。

 あれか、もうリベロのばかやろうのやり方をやるしかないね。

 ボクはふるえる手で、弾薬帯に吊ってあった最後の投擲弾を引っこ抜こうとする。

 このでっかいだけで賢そうじゃないやつの目玉に贈り物をしてあげる。


 げ――。


 だめだ。うでがうごかなくなっちゃったよ。血が流れすぎたかな。

 あーあ、リベロのほうがまだ役に立ったね、こりゃ。

 ごめん、キァハ。命令をまもれなかったよ。

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