ボクらはちょっと勝てそうにないですね。
この城塞都市の中心にある市庁舎のあたりは、とっても騒がしかった。
悲鳴とか、悲鳴とか、悲鳴とか、悲鳴でボクはもうおかしくなるかと思ったよ。
「キァハこれはまずいんじゃないかな? 市民の群れのなかで人面狼たちがおおあばれだ」
「やっぱ遅かったわね。とにかく市民を救助しつつ敵を排除、安全地域を確保するわ」
キァハが猫みたいに周囲の状況をつかんで利用しようとしてる。
「第一、第二中隊は横隊で展開。制圧射撃!」
兵の数がすくないから、キァハが大声を出せばみんなに聞こえる。こうなると中隊長はあんまり仕事しなくていいよね。キァハが忙しくなるけど。
よし。両翼の第一と第二が整列してかた膝立ちになる。そして射撃をかいししたぞ。密集横隊は弾幕はるには便利だね。
だけど、ちょっと市民が巻き込まれてる気がするなあ。
「キァハ、市民も撃ってるけど?」
「冷静な大人はちゃんと伏せてるでしょ? まわり見てないバカが死ぬのは仕方ないわ」
そんなもんなのかなぁ? でも、この戦力だと突入しても部下を失うだけだ。
「ランヌ、左前方に突入。火力発揮」
「了解」
ランヌの直衛小隊がザッとかけだした。第一と第二が撃ちまくってるから、人面狼たちはあんまり身動きがとれてないみたい。
ランヌたち直衛小隊は、第一と第二と連携して、十字砲火網を形成した。
でも、ランヌたちは前込め式だから、単位時間の投射火力が足りないみたい。弾幕をはれないから、人面狼たちがランヌの小隊にわぁっと襲いかかる。
「着剣。密集方陣!」
ランヌが号令をかけると、直衛小隊は銃剣を装着して、身を寄せ合って集合。そして一群のハリネズミみたいになって、銃剣を突き出す。
わるくないとはおもうけど、あんまり長持ちはしないだろうね。
「キァハ。投擲弾だとおもうな」
「そう? 第一、第二、投擲弾用意――投擲!」
投擲弾をもってる補助兵士たちが、大きく振りかぶってそれを投げた。
でっかい音とともに、暴れてた人面狼たちをひき肉に変えることができたけど、キァハの言う周りを見てなかった大人ってのも一緒にばらばらになっちゃった。
「五百歩前進後、方陣を形成する。突撃に――進め!」
キァハが号令をかけて、まっさきに駆けだした。困るよ、それは。
キミはたしかに勇敢だけど、べつに優れた兵士ってわけじゃないんだから。死んだら替わりいないんだよ?
ほら、まっさきに狙われた! ボクがやっつけないと……。
なんとか一帯を確保して、ボクたちの方陣の内側に市民のいくらかをかくまうことができたみたい。でも、ここは広いだけの憩いの場。つまり公園だから、そう長持ちはできないよ。
キァハはこのまま粘れるまで粘るつもりなのかな。市庁舎の出入り口あたりで。
「キァハ。とりあえず市民のいくらかは助けられたね」
「司令。さっさとこいつら連れて逃げませんかね? じつはここから一つ通りをはさんだところに俺の行きつけの館があるんですよ。けっこう大きくて、お楽しみ用のやわらかいベッドもある。市民を匿うにも、部下を休ませるにも最適だとは思いますけどねぇ」
スィヘリヴェがキァハに進言する。やつはこんなときなのに髪にくしを入れてる。そんなにおしゃれが大事なのかな。でも、どこかの建物に隠れてねばるほうがかくじつだとは思うよ。
「そこはレンガ造りか?」
キァハがためらいがちにきく。なんでだろ?
「もちろん。ギシギシあんあんするのに、木造だと床なんざ抜けちまうでしょ?」
「なるほど。そういうものなのね。よし、スィヘリヴェ中隊が先導しろ。すぐに動く」
「あいよー。さぁて、みなさん、死ぬならベッドの上でしょ? いきますよ。そこの市民のお嬢さん。俺と戦場で子どもをつくらないかい?」
スィヘリヴェがなんだか陽気になってる。よくわかんないけど、早く逃げたほうが良い。野外で掩蔽もない方陣はそんなに長くもたない。だいたい、ランヌが大あばれしてるだけで、あとの兵隊はえいえいと銃剣ついたり、銃うって敵を寄せ付けないようにするので精一杯だ。
犠牲者がでるまであと数分ってとこだとおもう。
「スィヘリベさんって、歩く下半身ですっ」
なんだかわかんないけど、エリシュカさんがぷんすかしてる。へんなの。はやく逃げ込んだほうがいいと思うけどね。
レンガ造りのりっぱな建物だったけど、なんだか玄関から甘いにおいがして、ボクはすきになれない。
「ありゃー。エリナちゃんもミーアちゃんも逃げちゃって誰もいないか。せっかく最後に激しく愛し合おうと思ったのにねぇ」
なんだかスィヘリヴェが残念そうだ。
「キァハ。ここってなんなの?」
「高級娼館ってところかしら。ま、なんだっていいけど。さ、負傷者をベッドへ」
キァハが指示をだしはじめる。
館の中はとっても広い。正面玄関から入ると、何か受付みたいな大広間があって、左右の階段で三階まであがれるみたい。それぞれの階には小部屋がたくさん並んでる。その部屋にはおっきいベッドが必ずおいてあるってさっき兵が報告してた。
「エリシュカの中隊は一階の窓をぜんぶふさいで。スィヘリヴェの中隊は二階。ランヌ小隊は三階よ。なんとか身動きが取れる負傷兵は、うごけない負傷兵を手助けして、ベッドへ」
――あのぉ。わたしたちは?
市民の一人がキァハにたずねる。
「市民のみなさんはこの中央広間で待機してください。負傷兵の搬送をお手伝いいただける方は申し出てください」
――協力しましょう
――わたしも
市民の中からけっこうな人たちが、協力を申し出てくれる。やっぱり意外と大人ってのは頼りになるもんなんだね。
あちこちでガンッガンッと音がする。人面狼たちが閉鎖した窓をつき破ろうと鋭い前爪や太い後ろ足でけっ飛ばしてるんだろう。兵たちはみなびくびくしてる。
さいしょは部屋に運び込んだ負傷兵たちも、けっきょくこわいし、危険だということでベッドごと廊下に出すことになった。
窓を封鎖して、さらに部屋も封鎖する。二重の壁というかんじになるけど、こんな篭城がどのくらいできるかなんて分かったもんじゃない。
「今後の方針を決定するわ。ニック、各指揮官を集めて来て」
臨時司令部ということになった食堂の長机にみんなを集めろってことだ。
とりあえず、市民の女の子と楽しそうにお話してるスィヘリヴェを不満顔にさせて、食堂に行かせる。ランヌは銃を分解して、食堂で手に入れた油でみがいていたので、銃の手入れが済んだら行くように伝えた。そしたら一分もたたずに銃を組み立てて、食堂へカツカツと歩いていった。
エリシュカさんとパステルさんは、階段にこしかけてそれぞれボーっとしてた。
「パステルさんとエリシュカさん、作戦会議だよ」
「作戦会議ですかっ? わたしたち、もう最後なのにっ?」
なんだかエリシュカさんのようすがへんだ。
「パステルさん。エリシュカさんのようすがへんだけど」
エリシュカさんは目をきょろきょろさせてるし、走ってもいないのに吐息があらくなってる。
「戦闘神経症」
となりにすわってたパステルさんが教えてくれた。
「なにそれ?」知らないことばっかりだなぁ。
「普通の兵士が当然にかかるもの。治療には休息が必須」
「パステルさんに任せていい?」
「ええ」
「なにか必要?」
「あったかい飲み物」
「さがしてくるね」
とりあえずむつかしいことはパステルさんに任せとく。
そっか。エリシュカさんはたぶんがんばり過ぎたんだろうね。なんだかまじめなリスみたいな女の子だから。ころころ働きすぎたんだよ。
ボクは食堂に戻って、キァハにエリシュカさんがつかれきったことを報告する。
「エリシュカさんは『せんとうしんけいしょう』だって。パステルさんがそばにいる」
キァハがちょっとおどろいたみたいだ。
「……そう。いよいよくるものが来たって感じね」
「これで第一中隊は戦闘能力を喪失しました。どうしますか、司令?」
「ランヌ。あんたが代行よ。直衛小隊はあたしが指揮するわ」
「了解」
「いやあ、エリシュカちゃんはマジメっ子だからね。俺みたいにテキトーにやっときゃ参らずにすむんだけどさ」スィヘリヴェはそういって席をたつ。
「どこへ行く? スィヘリヴェ中隊長」キァハがたずねる。
「ここの地下にぶどう酒の蔵があるんですよ。甘いのを一本さがして温めてやりましょう。すこしはエリシュカちゃんの恐怖で凍った心も溶けるんじゃないですかね?」
「許可する。銃は携行しろ」
「はいはい。女の子の扱いはこの俺に任せてくださいよ。三歳から七十歳まで、俺の射程距離は砲兵よりも広いんです」
「バカ。はやくいってやれ」
キァハが苦笑をうかべて髪をむだにかきあげるスィヘリヴェを追い出す。
「へいへい」
スィヘリヴェはへらへらしながら食堂を出て行った。なんか背が高いってうらやましいね。
キァハの判断で、エリシュカさんだけじゃなく全員に、あたためたぶどう酒が一杯づつ支給された。すこしだけみんなの顔に、ぶどう酒の赤みみたいなのが戻ってきた。
「血の気がもどってきたな、ニック戦士長どの。どうだい、もう一杯?」
食堂の机に脚をのっけるなんて礼儀がなってないとランヌがおこってる。だけどスィヘリヴェがぶどう酒のビンを一本かかえて、だらけきってる。中隊長の役得だってさ。
「いらないよ。キァハが一杯だけだって命令したから」
「おやおや。さくらんぼ少年はキァハ姫のご命令には逆らえませんか」
スィヘリヴェはそういうと、どこからかみつけてきたシャレたグラスにぶどう酒をなみなみとそそいで、ぐっと飲んだ。ちょっとうらやましい。ちょっとだけだってば。
「ランヌの旦那。打開策はあるかい? キァハ姫は少々頭を酷使しすぎて、休息が必要だ」
キァハはぶどう酒を一気に一本あけて仮眠をとってる。いちばん安全だとおもう地下室にベッドを用意して、エリシュカさんといっしょにすやすや眠ってるんだ。
あばれるエリシュカさんを運んだのはスィヘリヴェだったけど、なんだか女の子をベッドに運ぶのに慣れてる感じがした。へんなやつだよ。こいつは。
ボクは休んでるヒマなんてないって顔真っ赤にしておこるキァハをかついで連れてったんだ。たいへんだったよ。
「援軍が来るまでねばる。篭城とはそういうものだ」
ランヌは愛用の肉切り包丁というか、山刀を研いでる。この人はほんと人生を兵士としてついやしてる。
「篭城ね。もうちょっと城壁あたりを整備しときゃ、こんなところにしけこまずに済んだのにな。やっぱあれか、準備不足ってヤツだよな」
「だって、キミ達がきてまだ四日くらいでしょ? 隊長選びもまだだったんだよ」
「そういやそうだった。なんだか一年くらい経ってる気がしてたぜ」
「抵抗線を破られるのが先か、援軍が先か。それだけのこと」
パステルさんが本をとじて、ボクらのむだ話に参加する。
「お、大隊長代行どのはランヌ殿と同じ戦術見解ですかい?」
「事実だから。戦術以前の問題」
大隊長代行のパステルさんは、やっぱりボクたちのことをしゃべるトウモロコシだと思ってるんじゃないかな。だって、キァハとかエリシュカさんみたいに笑ったり怒ったりってのがないもん。
「ふーん。俺が思うに、今晩は最大の山場だぜ。いま俺たちがのんきに飲んでいられるのも、竜巻が来る前の静けさみたいなもんなのさ。ってことだから、大隊長代行、この館で粘り勝ちする計画を立てません?」
スィヘリヴェの提案はたしかに正しいね。いつまでも敵が入ってこないなんてありえない。
「そう。ランヌ、計画をよろしく」
そういってパステルさんはまた本の世界にもどっちゃった。
「じゃ、ランヌの旦那、よろしく」スィヘリヴェはもう一本ぶどう酒をとりに行くみたいだ。
ボクもキァハが心配だし、地下に行こう。
「ボクもキァハがしんぱいだから、頼んだよランヌ」
「了解。パステル殿、手伝ってくださいませんか?」
「いま忙しいの」
「な……」
ランヌもたいへんだね。でもそういうのはいずれ慣れるんだ。特技兵はいつまでも戦ってるだけじゃだめなんだよ。たぶん。