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ところでボクたちは勝てるんでしょうか?

 ボクはキァハに飛びかかる人面狼の腹にさっさと三連発の弾丸をたたきこむ。

 それでもうごいたから、銃床で横殴りにして城壁からつき落とす。


「ポーニャ! 伝令を出す!」キァハのするどい声がきこえる。

「ムリですわ! 小さい子達はおびえて使い物なりませんことよ!」

「ランヌ!」

「はっ」ランヌが呼び出されるときは、大体ものごとが手におえないときみたいだね。

「砲兵に仰角をとらせろ! 城壁すれすれに迫撃砲弾をばら撒けと言え!」

「了解」


 ランヌは銃をつかんで、ボクら本部直轄中隊の群れから離れていく。彼の小隊はもうほとんど残ってないんじゃないだろうか。ランヌと行動をともにしてる兵はもう三人くらいか?


「ねぇ、キァハ。劣勢なんじゃないの? なんか戦術ないわけ?」


 ボクはさっさと弾を再装填して、城壁からのりだして、登ろうと爪を立てている人面狼を撃つ。登ってるときは頭部が前に出てて、致命傷を与えられなくてこまる。

 二つほど撃ち落したら、ピーッと甲高い警笛がなった。


「全員その場に伏せ!」


 キァハが号令をかける。ボクはとにかくキァハにかけよって、彼女におおいかぶさる。

 彼女をかばったとき、迫撃弾がたくさん飛んできた。

 迫撃砲の至近爆は、体によくない。

 耳を押さえてないとあたまがガンガンするし、耳がしばらく聞こえなくなる。

 だけど、キァハを全力で守ってると、そんなことも出来ない。おかげさまで頭が割れそう。


「キァハ、無事?」


 キァハにケガはないみたいだ。ボクは……けっこうぼろぼろ。


「――」

「ごめん! いま耳は使えないよ!」


 キァハが目を丸くあけて後ろを指差してる。

 ボクが振り返ったら、ボクの腹にむかって三枚刃の爪がぶんと横なぎでとんできた。

 ボクはキァハを突き飛ばしてかばう。そしたら、腹の辺りがすごく熱くなった。

 死んでないから直撃じゃない。

 ボクは長銃を若い兄さん顔の人面狼のお腹にめりこませて、引き金を引く。

 たぶんいい感じに心臓を潰せた。あいてはぐらりと仰向けにたおれてくれた。


「憲兵班長! 憲兵! キァハをまもるんだ!」


 ボクはこぼれるお腹の血を押さえながら、周りをみる。

 がたいの良い憲兵どもはどこだ? バカやろうのリベロは?

 いた。リベロのヤツは食われてる憲兵を助けようと至近距離で射撃してる。いいぞ、腹をねらうんだ。腹を。


「リベロ、そいつはもうだめだ! はやくキァハを守れ!」


 ボクは銃を確認する。くそっ、さっきので銃身がまがってる。とりあえず、ボクは適当に転がってる銃をひろう。

 つかんでみておどろいた。ちぎれた小さな手がいっしょについてきたからだ。こんな旧式の前込め式なんか支給するから殺されちゃうんだ!

 でも、ありがたいことにちゃんと一発装填されてる。

 どれを殺そうかとあたりをみると、ポーニャさんがまずいことになってる。銃なんかロクに使えないらしいから、ちっちゃい伝令の子をかばうように抱いてうずくまってる。

 まったく。やさしいだけじゃ生きていけないよ?

 とにかく広いものの旧式銃で、小さい子を抱きしめて殺されるのを待ってるだけのポーニャさんを助けてみよう。

 よし、命中!


「ポーニャさん! 前込め式の弾薬をちょうだい!」

「――」


 だめだ。まだ耳が使えない。

 ポーニャさんが、体に巻いてた弾帯をそのままくれた。ボクはすべってきたそれをうけとって、肩にさげる。身軽になったポーニャさんは小さい子たちをつれて逃げ出した。うん、そのまま小さい子をつれて防御塔の中ににげて扉をしめるといい。そもそもそんな子たちを伝令に使う判断をしたキァハが悪いとおもうよ――そうだ、キァハはどこ?


 血がもれまくるお腹をかかえて周りをみる。

 うわ、なんてこった。

リベロのバカがキァハを守りながら串刺しになってる。

 いいぞ。それでこそ本物のバカやろうの意地だ。そのまま投擲弾をあいての目玉んとこにねじ込んでやれ!

 ボクはふらつく足に気合を入れて、リベロの意地を生かすためにキァハのもとにかけよる。

 キァハはリベロの背中に守られながら、ただのおびえた女の子になっちゃってる。まったく。指揮官の拳銃はかざりですか。


「キァハ! あきらめるな!」


 ボクははらの底から叫んで、キァハのそばに飛び込む。そのまま、彼女を抱きかかえて城壁の内側に落ちていく。とにかく、彼女を上にして、ボクが地面をひきうけないと――

 城壁上で炸裂光がみえた。リベロ、お前はやっぱりバカやろうだよ。敵巻き込んで死ぬなんて大バカのやることだよ。







「――ック、ニック! 死なないで……」


 ボクが目をあけると、涙でくしゃくしゃな彼女と出会った。泣いてる彼女を見るのははじめてじゃないけど、やっぱりなんかいやなんだよね。キァハはやっぱり楽しそうに仕事してないとだめだよ。


「ここは?」とにかく状況をはあくしなきゃ。

「よくわかんないけど、物置小屋みたい。あんた引きずって一時的に逃げ込んだのよ」


 ぐすっと涙をぬぐいながら、キァハが言った。泣かないでよ、キァハ。


「どのくらいたつ?」

「まだ五分くらい。もうだめだわ。リベロまで死んじゃった。あたしなんて助ける価値ないのに……」


 キァハの涙がボクのお腹にこぼれる。そこには布がきつく巻かれてい。よくみたらキァハの制服のそでがなくなってる。どうやらボクのお腹を止血してくれたみたい。ありがと、キァハ。


「リベロのヤツは、バカだから死んだんだよ。賢かったらキァハなんて置いて逃げてる。さ、まだキァハのために戦ってるバカな子たちがいるから、指揮を取って、キァハ」

「……もうだめよ。さっきから悲鳴も減ってるわ。もう本部直轄中隊は残ってないのよ、きっと。みんなあたしのせいで死んじゃったんだわ」


 ボクはなんとか起き上がって、ふるえる彼女をつよく抱きしめる。そして、右手で彼女のすさんじゃった赤毛をなでながら、ボクの顔を良いにおいのする彼女の髪にうずめる。


「よくきいて、キァハ。まだボクたちには兵がいる。第一と第二中隊の状況はしょうあくしたの? キミが書いた作戦計画には、第二防衛線も書いてあったでしょ? 自警団をかきあつめて前みたいに気合入れてやれば使えるかもしれないじゃない? パステルさんの砲兵小隊はまだ撃ってるみたいだ。砲声がきこえるだろう? ランヌの小隊はほとんど残ってないとおもうけど、たぶん命令を守ってキァハの直衛にまわろうと探し回ってるはずなんだ。それが特技兵だから」


 ボクの腕の中でグズついてるキァハは、ちょっとずつ震えがおさまってきた。でもあいかわらず彼女のうなじは冷たい。緊張しすぎて、からだが冷たくなってるんだ。


「……分ったわ。あたしが悪かった。もう大丈夫よ。離してくれていいわ」


 ボクは彼女をゆっくりとはなしてあげる。キァハの目は真っ赤だけど、さっきよりは光が戻ってる。そうだよキァハ。キミは戦っているときが一番きれいなんだ。


「それでこそキァハだ」

「ニック戦士長、第二線に下がる。まだ、これからだ」


 キァハが立ち上がった。ボクはそういうキァハのそばで戦えてうれしくおもうよ。








 町の中はけっこう無事みたい。火の手が上がるなんてこともない。


「静かだね、キァハ」

「自警団はちゃんと仕事してくれたのよ。市民の連中は市庁舎と周りの公園に逃げ込んでるはずだわ」


 キァハは六連発輪転弾倉拳銃を片手に、ボクの前をずいずいと進んでいる。

 ボクのほうは残念なことに銃がないんだ。しかたないから民家から料理包丁を借りてきたけど、こんなのが役に立つわけないよね。気休めだよ。


「砲声、止んじゃったね」

「どの城壁も喧騒が止んでるみたい。銃声はあちこちから散発的に聞こえてるから、まだ我がキァハ独立支援大隊は戦ってるはずよ」


 キァハの動きが止まる。どうしたんだろう?


「何かいるわ」


 たしかに通りの向こうから足音が聞こえる。がちゃがちゃと金属音もするから、敵かもしれない。でも、しょうじきよくわからない。


「やり過ごせないわ。近すぎる。賭けに出るわ」


 キァハが拳銃を構えて通りに飛び出した。ボクは援護もなにもできないから、キァハの盾にでもなろうかと飛び出してみる。


「誰か!」


 銃を向けてきたのは十人ほどの正規軍だった。


「補助軍か。官姓名を言え」

「大隊長のキァハ修練尉と、部下のニック戦士長です」


 キァハが名乗ると、正規軍の人たちは銃をおろした。


「失礼しました。当城塞補給支部警衛小隊第三分隊長のスリトバル上級戦技長です」


 ってことはキァハより二階級下だけど、ボクよりも三つ階級が高い。

 ま、つまり経験をつんでる分隊長ってことなんじゃないかな。


「ということは、貴官らは増援の正規軍ではないということか」とキァハがたずねる。

「は。敵が妖獣である以上、補給物資の警備は不要です。そこで補給支部長が出撃命令をだしましたが、所詮補給支部の定員は四十人です。第一線で貴大隊の指揮系統をかき回すより、市民の誘導避難と浸透した人面狼の排除を優先しました」


 スリトバル上級戦技長は、場慣れしたかんじで話してる、やっぱり正規軍は国境で妖獣あいての戦争をしょっちゅうやってるからちがうのかなぁ。


「戦況はどうなっているか?」

「貴官の大隊の残存戦力は、貴隊の砲兵陣地周辺で再編成をしているようです。先ほども第二中隊の残存兵が我らに砲兵陣地の位置を聞いておりました」

「なるほど。助かったぞ。協力に感謝する。スリトバル分隊長」


 キァハが手をさしだした。

 スリトバル分隊長はおっきな手でキァハの手に応えた。


「いえ。まったく助力できず申し訳ないばかりです。我々もできるかぎり残存戦力の吸収につとめますので、また後ほど」

「すまない。我が大隊の至らぬ兵達を頼む」

「任せてください。たまには大人もいいところをみせませんとな」


 スリトバルさんはひげ面をくしゃくしゃにして笑うと、お気をつけてといって分隊を前進させた。ボクとしても、できるだけ逃げてる補助兵をたすけてくれることをお願いしたい。

 あ、武器をもらえばよかった。正規軍の六連発長銃は役に立つからなぁ。





 砲兵陣地は、東城壁と北城壁からも同じきょりのところにある大通の交差点にキァハが設置したらしい。そこは大時計があるところで、時間とかも大事ないみを持つ砲兵作戦には欠かせない地形なんだってさ。道中でそういわれたけど、ボクはそれよりキァハのために二匹の人面狼をつぶすので忙しかった。料理包丁は役に立たなかったから、キァハから借りた拳銃に大活躍してもらた。

 なんとかキァハにケガさせずに、そこまでおくりとどけられそうだ。


「見えたわ……やっぱりだいぶ減ったわね」


 キァハはくちびるをかむ。血が出てるけど、ボクにはやめさせることができない。だってくやしいのはしかたないから。


「百もいないかもね」ボクは目分量でそうおもった。


生きてる兵たちは、てきとうに荷車とかを横倒しにして遮蔽物にしようとしてるみたいだけど、ああいうすばしっこい敵相手には意味がないだろうね。でも気休めというか、そういう仕事をさせとかないと補助兵の子たちは不安でこころがつぶれちゃう。

 近付いていくと、大声で議論をする隊長たちの声がまるまるきこえてきた。

 キァハもニヤついてる。


「捜索部隊を出すべきですっ! 絶対に司令はいきてますっ!」

「そりゃ戦力の浪費だぜ、エリシュカちゃん。司令が落ちるの見たやつも多いぜ?」

「だが、ニック戦士長も同行しているはずだ。特技兵は絶対に命令を遂行する」

「俺はあんたら特技兵ってのが何か信用できないんだよ。命令されれば仲間だって殺すだろ?」

「口が過ぎるぞ、スィヘリヴェ中隊長。特技兵を愚弄するのは覚悟あってのことだろうな?」

「おー、こわ。落着こうぜ、ランヌ小隊長どの」

「ランヌさんもスィヘリヴェさんも、口を慎んでくださいっ。パステルさんも本読むのは……」

「落ち着いていれば、希望はある」


 そう、希望ということをさすならキァハの出番だ。キァハは警戒にあたっていた補助兵たちの不安をかきけそうとするように、自信にみちた様子で背筋をのばして歩く。

 兵達はみなキァハをみつめ、キァハに敬礼する。でも、ボクにはそれがないんだけど……。

 口論してた隊長たちが、みな驚きをそれぞれにあらわしてる。ボクが生きてることに誰かおどろいていてくれないのかな? どうもそういう感じがしないんだけど。


「元気そうだな、諸君」


 キァハが余裕たっぷりな態度をつくろって呼びかける。

 時計通りの様子はあまりよろしくない。魔女たちの医療天幕がいくつかはられて、負傷した兵達が列をつくってならんでる。ボクも治療を受けないとまずいとおもうんだけど、どうしようか。


「状況を報告しろ。一番不満そうな第二長銃中隊」

「報告します。最悪ですよ。死者は今のところ三十人。負傷者は四十二。行方不明は四人。実働戦力は二十四人しかいないんですよ? 城壁での水際阻止をするには戦力が足りなすぎたんです! 市街地に誘い込んで伏撃戦とかできなかったんですか?」


 スィヘリヴェが髪をかき上げた。ちゃんと戦ってたらしく、この前みたときより美男としては質が下がってる。かわりに兵士になってるけどね。


「あたしの判断だ。妥当性は後で検討しよう。しかし、スィヘリヴェ、貴官は部下が死んでもあんまり悲しくないようだな?」

「泣いて死んだやつらが帰ってくるなら泣きますよ。でもそんなのは感傷でしかないです。感傷は失恋のときしかやらないって決めてるんですよ」

「そうか。ならば指揮は取れるな、スィヘリヴェ」

「やりますよ。やりゃいいんでしょ」


 スィヘリヴェはゆるく手をふって、自分の部隊がいるところに戻っていく。


「次、第一長銃中隊」

「大隊長、ご無事で……」

「あたしもあんたが無事で嬉しいわ。エリシュカ。でも、さっさと報告」

「だ、第一長銃中隊は死者三十三名、負傷者四十一名、行方不明十名、実働戦力十六名です。すいません。中隊はもう活動不能なんですっ」


 ありゃりゃ、エリシュカさんがぐずぐず泣き出しちゃった。なんでこうえらい人たちはすぐに泣いちゃうんだろうね、キァハとかも。


「泣くなエリシュカ中隊長。キミの姿は常に部下が見ている」

「ず、ずいまぜんっ」

「とにかく、あの無駄な作業をやめさせろ。ここで防御線ははらない」


 キァハは、なにやらさっきから障害物を設置しようとしている第一中隊の兵たちのことを気にしてるみたいだ。


「はいっ。すぐやめさせますっ」


 エリシュカさんは作業停止、といいながら部下達を整列させはじめる。


「……さてと、我らが大隊本部直轄中隊集合!」


 ぞろぞろと、みんなが集まってくる。どの顔もつかれがみえる。何よりもひどいのは、あきらかにケガしてないのに、キァハの元に集まろうとしないやつらがいることだ。


「キァハ。まずいね。士気がすごく低い」

「負け戦だからよ。それを何とかするのがあたしたちの仕事」


 ボクら本部直轄中隊の被害はもう、どうしようもない水準だ。


「ランヌ。よく生きててくれたわ」


 みんなぼろぼろでへたり込んじゃってるのに、ランヌのやつはたった一人、背筋を伸ばし、立て銃の姿勢でキァハに銃礼をする。

 オオカミは傷ついてもオオカミなんだね。


「強行偵察小隊死者二十七名。行方不明三名。実働戦力は私だけです」


そりゃひどい。


「つらい仕事をおしつけてごめんね」

「いえ。そのような気遣いは無用です。確認ですが。命令はキァハ司令の直衛のまま変更はありませんか?」

「変更よ。残存兵を再編成。直衛小隊長として勤務して」

「了解。強行偵察小隊長を改め、直衛小隊長としての責任と義務を全うします」


 ランヌはつかれしらずだ。機びんな敬礼をみてると、まわりのみんなも、ランヌのそばにいれば助かるんじゃないかとおもうだろうね。


「リベロたち憲兵は……いないのよね。あいつら、最高だったわ」


 キァハの声がちょっとだけふるえる。


「うん」

「ポーニャたちは? 大隊管理小隊の生き残りはいないの?」


 キァハがあたりをみわたす。ボクは言おうか言うまいか悩んだけど、やっぱり進言するよ。


「キァハ。ポーニャさんの小隊はたぶん、北東の防御塔に逃げ込んでるよ。小さい子が何人かやられちゃったのは見たけど。とにかくポーニャさんは戦うより小さい子たちを助ける判断をしたみたいだった。ボクは正しいと思う。伝令を小さい子にやらせるのはキァハの判断がまちがってるよ」


 言っちゃった。こりゃキァハにあたま撃たれても文句いえないよね。上官の命令にまっこうから反対意見だしちゃったもん。特技兵失格だ。


「言い訳するつもりはないけど、ほかに手がなかったの。じゃ、ポーニャたちが生きてる可能性はまだ充分あるわけね?」


 キァハはちょっとイラついたみたいだけど、拳銃に手を出さないでくれた。た、たすかった。


「とは言っても救出隊を編成なんて出来ないわね。わるいけど単独で粘ってもらうしかないわ。パステル、あんたたちの損害は?」


 キァハは考え事をしながら、パステルさんによびかけた。キァハは二つのことを同時にこなせるんだねぇ。すごいなあ。もしかしてもっとたくさん同時にこなしてるのかな?


「負傷者が三人。迫撃砲でやけどした。それだけ」


 パステルさんはこんな状況なのに本を読んでる。ほかの中隊や小隊がひどいそんがいをうけているのに、まったく被害がないのは、砲兵小隊の特徴なんだろうね。だけど、キァハとなんだかむつかしいことを話してたから、死なれたら替えがきかなくてこまる。


「パステル。あんたの部下は全員ランヌのところに再編成させるわ。だれか手元に残しときたいやつがいた? 賢いのとか」

「アンナ、ハンナ、カンナを残す。砲兵三人娘にふさわしい」

「あっそ。ランヌ! アンナ、ハンナ、カンナってのはパステルのところに残しといて!」

「了解!」


 再編成作業にとりかかってるランヌから返事があった。名前が覚えやすいから選んでるようにしかおもえないけど。キァハはへんだとおもわないのかなぁ。






 再編成を終えたキァハ独立支援大隊の規模は、とてもじゃないけど大隊なんてよべるもんじゃない。中隊くらいしかいないんだ。

 だけど、ボクらには仕事がある。

 市庁舎の周辺に避難してる一般市民の盾になることだ。だれも盾になんかなりたくないとおもってるんだけど、キァハが行くって言うから行くしかない。


「キァハ、負傷兵は?」

「魔女たちが措置を終えて、そこらへんに放置してるわ。これを連れて移動するってのがまさに苦行なのよね。ランヌ!」

「はっ」

「荷馬車を調達して。負傷兵を積み込んでさっさと市庁舎まで下がるわ」

「手配済みです」


 ランヌがこともなげに応える。


「……あんたほんと優秀よね。超人?」

「逆に不思議なのですが、なぜどの兵も自らを部品と考え、部品たるべく行動しようとしないのでしょうか? 組織とは一個の意思の下に集まる無数の構成部品です。部品は自らの考えを持つべきではなく、組織の部品としていかに振舞うかを考えるべきです」

「歯車になるのはいやだ、ってのが最近の若い子の発想でしょ? あたしも若いどころか子どもなんだけどね。ま、個性とか個人とかが大事だっておもってるわけ」

「個人など弱いだけの存在です。だから人は社会と組織を作ったと考えます」

「興味深い話をありがと、ランヌ。生き残ったら一緒に飲みに行きましょ? お仲間の特技兵とも話したいでしょ?」

「楽しみにしています。おい! 馬車をもってこい!」


 ランヌはさっそく手配済みの馬車をがらがらとひっぱて来させた。

 どうやら農耕用のうまとか荷車をかってに借りてきたみたい。こりゃあとから市民からの苦情が来るね。


「ランヌか。危険な男だわ。優秀、切れ者、組織の信奉者。忠実な狂犬。ああいうのが生まれるのが特技兵計画なら大失敗ね。あんなのだけで部隊を編成したら、その部隊は大人のわびさびで動いてる腐った共和国軍に反旗をひるがえしかねない。なるほどねぇ。反乱防止のために特技兵は分散配置してるわけか」

「キァハ、どういうこと? ランヌはいいやつだよ」

「そうね。良いやつなのは認めるわ。だから危険なのよ。あいつはあんたとは逆。極限の理想主義者。現実を理想に近づけようとする愚か者ね。そのために手段は選ばないとおもうわ。そういうのって、あたしは同族をみてるみたいでいやな気持ちになるわ」

「ランヌのことがいやなら殺そうか? ちょっと自信ないけど、やれないことはないよ」

「そういうことじゃないの。ほんとあんたって、タンポポよねぇ」


 よくわかんないけど、キァハはただどうでもいいことをボクにきいて欲しかっただけなのかもしれない。ちょっとこういう話をされたらこまるなあ。むつかしいし。


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