ボクと敵さん
ランヌがぬめぬめした緑色に染まって部屋に入ってきた。
手には何だか気持ち悪いケモノを引きずってる。そのケモノから緑色のどろどろがいっぱいたれてる。
「ちょっとどうしたのよ! それなに?」
キァハが動転してるみたい。ボクもあわててるけどね。
ランヌがもってきたのは、小さな伝令兵なんてまるのみしちゃいそうなでっかいオオカミみたいなやつだった。とくにぶきみだったのは、そのオオカミは、なかば人の顔をしていたことだ。豚鼻のおじさんみたいな顔で、目をくわっと見開いて、口が絶叫してるみたいに開いてる。でも、人の顔よりもずっと大きいから、よりきもち悪さをおぼえる。
「報告します。敵の概要が分りました。妖獣で、種別は人面狼です。数は約五百。二手に分かれて移動中です。予想会敵時刻は十分後といったところです。なお、強行偵察小隊は死者七名。負傷者十一、行方不明は三です」
被害のわりにはランヌにケガがない。慣れてるね、やっぱり。
やつはどさりと人の顔したオオカミみたいなのを床に落とす。
「そ、そう、素晴らしい働きだわ。負傷者は?」
「ポーニャ小隊長が魔女を手配しています。おそらく助かるかと」
「そう。戦死者の遺体は?」
「未回収です。これに捕食されたので回収は不可能かと」
ランヌは床においてあるソレをけっ飛ばした。びゅッって緑色のなんかがさらにでてくる。
ボクとしては主観なんてまったくない報告にびっくりだよ。
「――それが敵なのね。はじめて見たわ。これが人面狼? リベロ! ドアを閉めて誰も通さないで!」
キァハがドアの外にいるリベロ憲兵班長に命じた。音もなく扉はしめられた。
「私も初めてです。ですから少々苦労しましたが捕獲しました。生きたままが良かったのですが、少々元気が良かったので蜂の巣にするしかありませんでした」
ランヌはそういうと、ぶあつい山刀をとりだした。どうやら、彼は銃剣よりも山刀のほうが好きみたいだ。ボクは銃剣がいいと思うけど。
「この場で解体しますがよろしいですか?」
「え? ええ、やっていいわよ」
キァハがおどろいちゃってる。おどろいたキァハなんて、なかなか見れるもんじゃない。ボク以外の人はだけど。
「では、解体分析を開始いたします。まず、こちらをご覧ください。前腕の爪が肥大化。私の愛用する山刀並みの切れ味のものが、片足につき三枚刃になっています。これの殺傷力はこの目で見ましたが、いやなものです。後ろ足には武器となるものはありませんが、異常に発達した後ろ足の筋肉を用いて、短時間ですが二足歩行類似の動作が可能でした。二足歩行時は我々の身長を越える個体もいますので注意が必要です。では、内部侵襲を開始します」
ランヌは人面狼をごろんところがして、はらをいっきにかっさばいた。なんじゃらうねうねしたのとか、ぐちょぐちょしたのがある。すごく臭いよ。なんか食べ物がくさったにおいみたい。
「皮膚は厚いですね。直撃弾が盲管銃創を形成してます。分厚い皮膚で大幅な威力減衰が起きるからのようです。その意味で長銃の腹部集中は合理的な選択肢です。このままより深く侵襲します」
キァハは顔をしかめて、鼻をおさえてる。ボクは正直言ってはきそうだけどね。
ランヌは人面狼のおなかに手をつっこんで、ないぞうとかいうやつをかき分けたり、ちぎったりして、よりお腹のなかみを確認しようとしてる。
「みつけました。腹部最深部に心臓器官のようなものがあります。む、微細動?」
――オオォォォ!
いきなり腹をさばかれていた人面狼が絶叫しながら、ビクンとしなってキァハのふととももにかみつこうとする。
「きゃあああ!」
キァハが珍しく叫んでる。はじめてみたな
でも、ざんねんでした。キァハにはかみつけないよ。ボクはこの許せないでっかいおじさん顔の眼球に逆手で銃剣をつっこんであげながら、全力で頭部をかかえこんで石の床にたたきつける。
――イデェェ
なんだ。こいつしゃべるのか。まあいいけど。このままもっと深く刃を沈めるしかない。
あれ、目玉からけっこう距離あるのかな。普通の人間だとこのあたりでクイっと刃を返せばビクンってなって死んじゃうのに。くそ、こいつよく暴れる。
こいつの後ろ足がバタバタあばれて、机とかイスが大変なことになってる音は聞こえるけど、確認するよゆうはないや。このへんで刃返せばいいのかな。あれ、だめだ。
「キァハ、ごめん、銃剣の長さが足りないや」
「ニック戦士長。心臓はおもったよりも強靭なようです。握りつぶすには固すぎます。山刀をそれなりの力でおしつけても切込みが入りませんな」
「そう? じゃあ、いっきに殺しちゃう?」
「いや、もう少し心臓強度を検証したいですね。せっかく生きたまま捕獲できたのです。それぞれの臓器がどのような働きをしてこいつの活動を支えているのかを検証できるまたとない機会ですし」
「そか。じゃ、もうちょっと押さえ込んでおくよ。でも、やばくなったらボク、一番奥まで刺し込んでぐちょぐちょにかきまわすよ?」
「それで構いません」
「キァハ、だいじょうぶ?」
「……」
キァハの返事がない。でも、ボクはちゃんとキァハにこいつがかみつく前に押さえたから、ケガなんてしてないはずなんだよね。
「キァハ?」
「……もう、殺してあげて」
なんだか弱々しいキァハの声がした。
「どうして? まだ調べられるんでしょ? ランヌ」
「はい。なるほど。これが肺のようです。けっこう数がありますな。ひとつ潰してみます――呼吸に変化は?」
「うん。弱くなった。うわ、緑なのがでてきたよっ! くさいなぁ」
「肺は耐久性が低いですが、数は多いようです。確認できただけで三つですね。あ、これは……なるほど、消化器官のようなものですね。ですが溶解するだけで、排出するという器官が見当たらないです。おや、私の部下の顔が見えました。半分は原形を保っていますが、半分は腐乱崩壊を起こしています。これは単純に捕食した敵をさらに捕食できるように、強酸で溶かしているだけのようです」
「あー、つまりお腹いっぱいにはならないんだね?」
「この部下を捕食して一時間もたっていないはずです。これでここまで溶解するとは。この器官に被弾させれば、おそらく内部損傷を起こすでしょう。切れ目を入れてみます……まずい!山刀が多少溶解しました。ですが、他の臓器も破壊してます。これはひとつの弱点です」
「すっごく臭いよ、それ」
「臓器を溶解しているからでしょう。あ、部下の頭部を回収できそうです。どうしますか、キァハ司令? 司令? ご命令を」
「キァハ。命令をだしてあげてよ?」
キァハがだまってる。へんなの。
「ねぇ、あんたたちおかしいわよ? そいつ泣いてるじゃない。顔ゆがめて泣いてるのよ? もう抵抗する力だって残ってないし。どうしてそこまで冷静なの?」
いわれてみれば、ボクが潰してないほうの目から涙がこぼれてた。
ボクはキァハをまどわす涙をかき消すために、銃剣をさっと抜いて、もうひとつの目を潰す。
「あ、あんたなにしてるの!」
「キァハ。キミは司令官なんだよ。涙なんかにだまされちゃいけない。キミがめをひらいて、しっかりとこいつの弱点をみないとだめだよ。みんなを守るためにキミは何からも目を背けちゃだめなんだよ? あと、半分解けてる兵の頭はどうするの? ランヌ、そいつの表情は?」
ボクは手ごたえがあったところで、刃をとめる。たぶんここで刃を返せばこいつは死ぬ。
「目を開いています、涙は判別できませんが、おどろいた表情のまま硬直しています。いい加減、目を閉じて楽にしてやりたいですよ。短かったですが、私の部下ですから」
「……分ったわよ。兵の頭部を回収。その後、すべての臓器を調べて殺せ」
「了解。よくがんばったね、司令」
キァハは誰にもほめてもらえないから、ボクがほめてあげるしかない。
部屋の中はひどいことになった。
緑色の体液は床をぐちょぐちょにしてるし、あしのふみばもない。作業に関わってないキァハの軍靴も緑色によごれてる。
「――あの、やばい感じなんすか?」
扉越しにリベロ憲兵班長の声がする。キァハが誰も入れるなと命じてるから憲兵もはいれないんだ。
「終わったわ。憲兵班に入室を許可する」
ながかったようだけど、作業は三分もかかってない。バラバラにするだけなんだから、そんなもんなんだ。
「げっ、こりゃ……おぇ」
リベロのバカが床に吐いた。キァハだって我慢してるんだから、がまんしろよ。
「憲兵班。全てを回収し、焼却処分しろ。なお、そこの頭部はポポロ上級戦士だ。戦死にて特進させた。丁重に布に包んで栄誉礼にて仮葬しておけ。すぐに敵が来る。かかれ」
「りょ、了解です」
ねばねばしたのを口元にぶらさげたリベロは、部下達といっしょに作業を始めた。
ボクとしちゃ、とうめん肉料理はえんりょしたいところだね。
「司令。この手の敵を制圧するには頭部より腹部を狙ったほうが合理的なようです。心臓らしき器官も腹部にありましたから、人と同じ感覚で胸部を狙うのはよろしくないかと。それに頭骨は厚く、銃撃に対してある程度の防御力を有しています」
「それに、頭をかきまわしても人みたいに殺せなかったんだよ。だから、とにかくお腹を狙ったほうがいい。ボクで殺せないんだから、他の連中じゃむりだよ」
ボクとランヌの報告をキァハは顔をそむけずちゃんと聞いてくれた。
「分ったわ。伝令! 目を閉じて入りなさい!」
「でんれいです。うわ、くさいですね」
「敵の腹を狙えと各中隊に連絡。以後、伝令は三人一組で行動せよ。戦いになるから、お互いに助け合って生き残りなさい。はい、回れ右。前へ、進め」
伝令の子たちにキァハがやさしい口調で命令をだした。
「やれることはやったわ。ここをでて陣頭指揮をとる。ランヌは生き残った部下と合流して、全城門の閉鎖を確認。その後あたしを探し出して合流、直衛に当たれ。ニック戦士長はあたしから離れるな。なにがあってもだ。では、武運を祈る。かかれ」
「かかります」
ボクらは敬礼する。
いよいよだ。みんなにとって初めてで、多くの人にとっては最後の戦いになるだろうね。でも、なんとしてもキァハだけは守らないと。
それくらいしかボクにはできないだろうから。




