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落 陽  作者: nonono
第一部 夏期休暇
9/78

9 変化

「先生、村祭りに行ってみたいとおもいません?」

ルーシー・アンが上目づかいをして尋ねてくる。

いけない、最近彼女はよくこの目をしてくる。セシリアがこれに弱いことに勘づいたのだ。

毅然としてそれをはねのける。

「だめですよ、セシリア様。夜遅いじゃないですか、あれは。暗くなる時間は外に出てはいけません」

「…そうですか。そうですよね」

こういう時けして駄々をこねないのがルーシー・アンの美徳の一つである。

いつも素直に聞き分ける。それがかえっていじらしくてたまに許してしまうことがある。

だが今回は譲れない。何もない環境で厳しすぎる気もするが、日が暮れて以降のルーシー・アンの外出は契約上固く禁じられていた。

「駄目だっていってるだろ、ルー」

「じゃあ、お昼の…」

「だめ」

兄にも言われ、ようやくさっぱり諦めた少女にセシリアは、せめてもと何か祭りを思わせるようなものを捜した。

ちょうど村人が祭り用に初の試みで輸入物の花火を扱い、余った物があったのが幸いだった。

それでルーシー・アンは楽しくはしゃいでくれ、セシリアもほっとした。

それにしても、と兄にしがみついてはしゃぐルーシー・アンを眺めて思う。

(ルーシー様もお綺麗になってきたな。お年頃になったら、誰よりも素敵な貴婦人になるわ)

ユーリスがいなかった時訪れた来客は皆ルーシー・アンの愛らしさに目を奪われていた。

なぜかセシリアは(どうです、だれも叶いませんよ)と胸を張りたいくらいだった。

ユーリス様、素直に手放すのかしらとじゃれ合う二人を見て微笑んだ。


いつもの夕暮れの散歩。

 つい、と池の中に目をやる。あるわけがない。何度も確認した。それでも覗き込むのは習慣になっていた。

「まさかまだ探しているんですか?」

 狩猟の姿をしたユーリスが隣にならんだ。彼は今日、森番と共に狩に出掛けていたが、今戻ってきたのだろう。

 夕食に兄がいなくて妹はむくれていた。殿方には殿方のつき合いがあるのは理解しているつもりですが、と断りを入れながら。

「覗き込んだだけです。また池に入ることはありませんから心配しないで」

「そうですか」

 今セシリアの髪には別の髪飾りがある。今年新たにユーリスに贈られたものだ。

 真珠と貝細工でできたユリのそれは、派手さを押さえながらもハニーブロンドの髪に映える。

「よかった、あなたに似合っている」

 そう言われると、なんだか恥ずかしくなる。いちいち経験値の少ない自分が大概に面倒になってくる。

「都会っ子には色々かないませんわ。たまにあなたに惑わされるウブな私の身にもなって下さい」

 開き直ってそう言うとユーリスは珍しく子供っぽいきょとんとした顔でセシリアを見る。

「それはどういう意味ですか?」

「私は人から褒められることがなかったのです。いえ、周囲が酷い人間だ、というわけではなくて、清貧が美徳の土地柄の為なのか…互いを褒め合うことが少ないのです。だからあなたは気軽に言う挨拶でも私には10倍くらいの重みになってしまうのです…慣れたいものだわ…」

 最後に本音がぽろりと出たことにユーリスは笑った。

「じゃあ慣れさせてあげますよ」

 そう言って向き合うと顔を寄せてささやいた。

「あなたはとても綺麗です。本当はもっと華やかにさせてみたいです」

 その言葉はセシリアを真っ赤にさせた。それを見てユーリスは更に言う。

「白いユリのようだと思いましたけど、白い蕾のバラも似合い…」

「も、もうけっこうです、頭がくらくらしそう…」

「駄目ですよ、慣れたいんでしょ?あと…」

「もうユーリス様!」

 慌ててつい彼の口を手でふさぐ。ユーリスはくすくす笑ってその手を掴んで口から引きはがす。

 赤くなった顔を見られるのが悔しくてうつむいていたが、捕まれた手がいつまでも解放されないので上を見上げた。

 見下ろすユーリスと目があって何故かそらせなくなった。

 改めて体格の差を感じる。握りしめてくる手は固くゴツゴツした感触で、近くで見る肌は子供特有のすべらかさが消えていた。

 彼の顔から笑顔が消えているのは何故だろうと思う。

 夏の涼しい夜風がセシリアの頬にかかる後れ毛をゆらし、そこにユーリスの指がかかる。

 なでるような手つきに、何か意識が遠のきそうになる。


 ギー!…バサッバサッ…


 夜鷹の羽ばたきに現実に引き戻された。

「風が出てきましたね。戻りましょう」

 ユーリスはセシリアの前を歩いて暗くなった夜道を誘導する。どんどん闇が深まると大きな手がセシリアの手を包んだ。

 去年もこうして歩いた。だけど、自分を包み込む手は去年とは全く変わっている。

 あんなに話あった道のりは、今は沈黙だけがある。

 それがかえって胸を異様に締め付ける。



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