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落 陽  作者: nonono
第5部 夏
76/78

76 不明

「港だ! ランドン港から出港する大陸行きの船に乗る筈だ!」

 イリューマの怒声で警察も即座に動いた。

 セシリアは誘拐されたとして捜索される。

 イリューマは渡航旅券を千切った時、その船の名前、乗船時刻を見ていた。


 この捜査活動を茫然と見ていた者がいた。

 ランダースだった。

 ユーリスも朝から忽然と姿を消していた。すぐに捜索していたが、前々から計画していたらしく、なんの足取りも残してはいなかった。

(セシリア・ユイロッサの受諾式を頭に入れておくべきだった……)

 大々的にアルバ王女の子孫と喧伝し、陛下の覚えもめでたく、今更逃げ道などないと諦めたかに見えていたのに……

 この3ヶ月で王室はおろか、複数の貴族と繋がってしまえば捨てて逃げるなどとバカな考えは起こさないと思っていた。

(とんだ大バカだったとは……!)

 怒りに満ちてランダースは捜索の成り行きを見守った。


 街中に捜査網が敷かれる。

 鉄道は即座に一人一人調べられた。

 馬車道も、王都境には関所をしき、馬車の乗客も調べられる。

 だが、セシリアはおろか、ユーリスも見つかることはなかった。


(では船は……!)

 乗船した形跡もない。乗る予定と思われる豪華客船は、ユーリスの師、ダティラー夫妻が確かに乗船していたが、彼らが匿っている様子もないし、3等室や貨物室もくまなく調べられたがついに見つけることは出来なかった。


 一体どこに……。

 ふらつきながら港を歩いていると怒声が聞こえる。

「娘をどこにかくした! あれはただの娘じゃないのだぞ! 誰だ! 誰が隠したんだ! 娘を出せ!」

 髪を振り乱し、辺り構わず周囲の人間に掴みかかって怒鳴りつける牧師の姿。

 人々は異様な光景を目にするかのように、鬼気迫る男を遠巻きで見ていた。

 狂ってるのか?とランダースは思わずにいられなかった。


※※※※※※


 一週間が過ぎた。

 捜査は人数を減らしながらも今も続いている。

 いなくなったユーリスについて陛下は言葉数が減っていたが、最近は元の様子を見せている。

 一時期はアルバ擁護派の貴族たちもランダースを問いつめたが、そのうち自然に会合は消滅し、今となってはヘラルド公爵だけが息巻いている。

 これについてライベッカ伯はなんとしらを切った。

「あれはうちの息子ではなかった」と。

 そんな理屈が王室に通るはずはない。こちらは泥を塗られた側、来週ライベッカ伯を改めて審問する予定である。

 ただで済むと思うな、とランダースは息巻いていた。

 そしてその一方で、どうしてもユーリスを見つけ出さないと気が済まないものもあった。


 ある日、現場のラテラノ寺院を巡り、地下へ続く階段を気に留める。

 進んでいくと単に通りの反対側に出るだけの事だった。

(……!?)

 だがその通りをまっすぐ行くと……。


 一台の馬車がランダースの前を通り過ぎた。

 窓からちらりと見えた人物に、ランダースは飛び上がった。そして素早く身を翻し、自分の乗ってきた馬車へ向かった。

 まさか……


「ランドン港へ向かえ!」

 ランダースは部下に命令し、馬車を飛ばした。

 ようやくランダースは理解しはじめた。


 通りをまっすぐ行った所にあるのは、大使館。新大陸の新興国の大使館だ。

 ランダースは今になってあの時の光景がさっきのことのように頭を巡った。

 セシリア・ユイロッサのいる診療所で、彼女を問いつめた時のことを。

 彼はなぜ、セシリアを問いつめていた自分を全く責めず、突然「帰る」と聞き分けがよくなった?

(その少し前まで彼が何か考え込んでいたことを何故不審に思わなかったのだ、私は!)

 あの時セシリアには、あなたの父は宗教が絡んだ政治犯になりえるかもしれない、あなたもそうだろうと問いつめた。

 ユーリスにも、あなたには政治組織を鼓舞してもらいたいと言った。


 その後2人とも、宗教と政治二つにがんじがらめにされた。


 これは、とある条件に一番に当てはまってしまう。


 他国への亡命の条件に。


(あの時から、亡命を考えていたのか、彼は……)


 あえてこっちのふところにわざと飛び込んだのだ。亡命条件を満たす為に。

 ただの駆け落ちでこっそり渡航しても確かに国籍は取れるだろう。だがあの移民大国は国籍は重要ではない。

 市民権の方が重要だ。これがないと生活保障はない。

 軍に入るか多額の金を国に払うかして市民権を得なければならない。

 亡命であれば、即座に市民権は手に入る。

 これであればユーリスはすぐに、向こうの大学にでも通えるし、どこにでも勤めを見つけられる。

 なんといっても、子爵の称号を持っているのだから。最初の渡航予定より華やかな生活が望まれるだろう。

 そのことも考えて大人しく授爵したのだとすれば……

 だが、彼はまだ未成年に当たる。後見人がいなければ上陸すら無理のはず……

(……ダティラー子爵か!)

 それで彼と一緒には旅立たなかったのだ。先に着いたダティラーに後見人となってもらうために。

(……あんな子供に!してやられたというのか!?)

 その悔しさは認めたくなかった。

 だが、彼は自分の顔から笑いが消えていることに気づいていなかった。



 港には大型とはいかないが、30名も乗せない客船にしては大きくあり、豪華客船の部類に軽々と入るだろう。

 国の高官たち専用の客船。

 そして治外法権の場でもある。

 思った通りだった。


 今まさに乗船する高官たちの中にユーリスとセシリアがいた。



明日で最後になるかと思います。

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