75 確認
「もう会えないのね……」
エレンディラは読んでもしょうがない新聞を購入してつぶやいた。
涙が溢れてはジルになぐさめてもらい、を繰り返している。
「いいさ。幸せでいてくれたら」
ジルがつぶやく。ようやく笑ったエレンディラはジルの顔にキスの嵐を捧げる。
「こら…人がいるんだから」
向かいに座っているジーンは顔をそらして苦笑いをしていた。
「あら、馴れてもらわなきゃいけないわよ。今度から毎日顔を会わすんだから」
「はあ……」
「卿の言うとおりなら、あなたもうじき大忙しになるんだから。そうなったら猫の手でもいいから助手は必要よ」
ジーンは数日セシリアの教会を張っていた。どうにか連れ出す方法はないかと。
そんな時受託式の話を牧師が嬉々として娘に語っているのを聞き、一旦ユーリスの元に戻りこれを報告、それから儀式の襲撃をユーリスたちと練った。
だがその間仕事を休んでいた為、牛乳屋を首になっていた。
それを聞いたエレンディラが、ぜひ助手にと誘ったのだ。
乳飲み子を抱えているジーンとしてはすぐに仕事が見つかったのはありがたかった。
ジルが医療界を賑わせ、大忙しになるのはそれからひと月あまりの事になる。
「もう大丈夫ですよ」
目的地にたどり着き、ユーリスが安心させるように声を掛けた。
ここまで来る間、誰もセシリアの服装を気に留める者はいなかった。
祭りで同じような服装をした娘があちこちにいるのが助けとなり、目立つこともなかった。
セシリアは今にも泣きそうな顔をしてユーリスを見上げた。
今にも彼がまた消えてしまうのではないかと思ってしまう。
「ユーリス様…… 本当に、ユーリス様ですよね……」
さっき会ったときからなに一つ実感が湧かない。
逃げることができた事と、この先に待ち受けている事と、ユーリスが一緒にいる事と。
「信じられませんか?」
ユーリスはセシリアを自分の前に座らせ、顔を向き合わせた。
セシリアの目からとうとう涙がこぼれ、頬を覆うユーリスの指がその涙をなぞる。
「だって、もう、いつも邪魔ばかりで……」
「本当、邪魔ばかりですよね。でも今は誰もいませんから、いいですよね」
「? 何が……」
ですか、と最後まで言うことができなかった。
顔を引き寄せられ、唇が塞がれた。
慌ててセシリアは身を引いた。いくらなんでもここは屋外だ。
「だ、ダメです、いつ人がくるか……」
「これくらいはいいでしょ?」
そう言うが早いか再びセシリアの唇を貪った。
「っ…!」
次第に体が崩れそうになるが頭をしっかりと支えられて、そのまま好きなようにもてあそばれる。
やっと解放された時にはユーリスの胸にぐったりと寄りかかるしかなかった。
「…これくらいって…ぜんぜんこれくらいじゃないです…」
「あなたも悪いんですよ。あんまり可愛いから」
くすくすと笑うユーリスが少し悪魔に思えた。
天使のような少年の頃が懐かしくなる。
耳元でささやかないでほしいと言いたかったが、かえってされそうなので言うのはやめた。
「僕もこうしてないとあなたが本物か信じられないみたいだ」
そうささやいたユーリスの腕が体に巻きつき、強く抱きしめられた。
笑いの失せた口調と腕の強さに、彼も同じ思いでいたと少しは自惚れていいと思えた。
「ユーリス様……」
抱き返そうとしたとき。
「あのね、ここで何をしているのかなあ?」
呆れと脱力が入り交じった声が頭上からふりそそいだ。
男が背後にいる。セシリアは恥ずかしさで硬直した。




