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落 陽  作者: nonono
第5部 夏
75/78

75 確認

 

「もう会えないのね……」

 エレンディラは読んでもしょうがない新聞を購入してつぶやいた。

 涙が溢れてはジルになぐさめてもらい、を繰り返している。

「いいさ。幸せでいてくれたら」

 ジルがつぶやく。ようやく笑ったエレンディラはジルの顔にキスの嵐を捧げる。

「こら…人がいるんだから」

 向かいに座っているジーンは顔をそらして苦笑いをしていた。

「あら、馴れてもらわなきゃいけないわよ。今度から毎日顔を会わすんだから」

「はあ……」

「卿の言うとおりなら、あなたもうじき大忙しになるんだから。そうなったら猫の手でもいいから助手は必要よ」

 ジーンは数日セシリアの教会を張っていた。どうにか連れ出す方法はないかと。

 そんな時受託式の話を牧師が嬉々として娘に語っているのを聞き、一旦ユーリスの元に戻りこれを報告、それから儀式の襲撃をユーリスたちと練った。

 だがその間仕事を休んでいた為、牛乳屋を首になっていた。

 それを聞いたエレンディラが、ぜひ助手にと誘ったのだ。

 乳飲み子を抱えているジーンとしてはすぐに仕事が見つかったのはありがたかった。


 ジルが医療界を賑わせ、大忙しになるのはそれからひと月あまりの事になる。




「もう大丈夫ですよ」

 目的地にたどり着き、ユーリスが安心させるように声を掛けた。

 ここまで来る間、誰もセシリアの服装を気に留める者はいなかった。

 祭りで同じような服装をした娘があちこちにいるのが助けとなり、目立つこともなかった。


 セシリアは今にも泣きそうな顔をしてユーリスを見上げた。

 今にも彼がまた消えてしまうのではないかと思ってしまう。

「ユーリス様…… 本当に、ユーリス様ですよね……」

 さっき会ったときからなに一つ実感が湧かない。 

 逃げることができた事と、この先に待ち受けている事と、ユーリスが一緒にいる事と。

「信じられませんか?」

 ユーリスはセシリアを自分の前に座らせ、顔を向き合わせた。

 セシリアの目からとうとう涙がこぼれ、頬を覆うユーリスの指がその涙をなぞる。

「だって、もう、いつも邪魔ばかりで……」

「本当、邪魔ばかりですよね。でも今は誰もいませんから、いいですよね」

「? 何が……」

 ですか、と最後まで言うことができなかった。

 顔を引き寄せられ、唇が塞がれた。

 慌ててセシリアは身を引いた。いくらなんでもここは屋外だ。

「だ、ダメです、いつ人がくるか……」

「これくらいはいいでしょ?」

 そう言うが早いか再びセシリアの唇を貪った。

「っ…!」

 次第に体が崩れそうになるが頭をしっかりと支えられて、そのまま好きなようにもてあそばれる。

 やっと解放された時にはユーリスの胸にぐったりと寄りかかるしかなかった。

「…これくらいって…ぜんぜんこれくらいじゃないです…」

「あなたも悪いんですよ。あんまり可愛いから」

 くすくすと笑うユーリスが少し悪魔に思えた。

 天使のような少年の頃が懐かしくなる。

 耳元でささやかないでほしいと言いたかったが、かえってされそうなので言うのはやめた。  

「僕もこうしてないとあなたが本物か信じられないみたいだ」

 そうささやいたユーリスの腕が体に巻きつき、強く抱きしめられた。

 笑いの失せた口調と腕の強さに、彼も同じ思いでいたと少しは自惚れていいと思えた。

「ユーリス様……」

 抱き返そうとしたとき。


「あのね、ここで何をしているのかなあ?」

 呆れと脱力が入り交じった声が頭上からふりそそいだ。

 男が背後にいる。セシリアは恥ずかしさで硬直した。





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