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落 陽  作者: nonono
第5部 夏
74/78

74 白

 

「なんの音だ!?」

 音の源を求めて人々は辺りを見回した。

 わけの分からない出来事に対するざわめきが大きくなる。

「何事だ!」

「外の祭りじゃ……」

「なんだこれは!?」

 通路の中央から白い煙がもくもくとたちこめている。誰もが驚愕した。 

「!?」

「なんの煙ですか!?」

「過激派か!?」

 ひときわ大きな声が響いた。

 過激派の言葉が出て人々は悲鳴を上げた。

「皆さん、退避を!」

 誰の声か分からない大声に群集心理が働く。

 皆我先にと出口へ殺到した。

 司祭達は司教を祭壇の奥の部屋へ避難させる手立てを始める。

 セシリアは愕然とした。目を付けていた逃げ道が司祭達によって阻まれてしまった。

「セシリア! 何をぼさっとしている!」

 イリューマが迫ってくる。

 手が伸びてきたがセシリアは背を向け、祭壇の向こうに逃れた。

 拒まれてイリューマはなおも近寄ろうとする。

 セシリアは更にイリューマから距離をとり、祭壇を挟んで通せんぼの形になる。

「親をバカにしているのか、セシリア!」

「あなたには私の中身など必要ないのでしょうね。私に似た人形でも傍において生きて下さい」

 初めて反抗の口をぶつけられた牧師は顔を赤くさせた。

 その目は怒りしか宿らず、まるで人を殺しかねない形相に見える。

 セシリアには黒い巨大な鬼に思えた。

「私に……逆らうほどバカな女だとは!」

 低い唸り声には憎しみが宿っており、震え上がりそうになる。

 その時。

 彼の足元に鉄製の瓶が転がり、カシャンとガラスの破砕に似た音を立てた。

 次にブシュッと音を立て、瓶は白い煙を空に突き立てた。

それは瓶を訝しんで見下ろしていたイリューマに放たれる形となった。

「!? なんだこれは!?」

 黒い牧師の衣装はみるみるうちに白く染められていき、イリューマの顔にも煙が付着するとその顔すら白くなった。

「!? 目が……!」

 イリューマは目を押さえてうずくまる。

「父様!?」

 苦しそうに見えた父にとっさに近づこうとして踏み出したが、体を後ろに引き寄せられた。

 驚いて振り向き、更に驚いた。

 丸眼鏡をかけたジーンがそこにいた。彼は小声でささやくと手を引いて駆け出す。

「ベールは取るなよ、目が痛くなる」

「と、父様は大丈夫なの!?」

「大丈夫、成分は調整してある。数時間目が開けられない程度だ。傷や後遺症はないそうだから」

 もっと質問したいところだが走らされてそれどころではなかった。

 ジーンの服装は礼拝服で、髪を撫で付け礼帽を被り偽物なのか髭を蓄えている。別人のようだ。

 そのジーンに手を引かれ、司祭たちがいるところではない別の出口へ連れて行かれる。

 今度は司祭の服を着た男に引き渡された。

「じゃあな、元気でな!」

「え、ジーン!?」

 呼び止める間もなく、ジーンは、セシリアは司祭服の男に転ばぬよう手を引かれて進んでいく。

 男はベールのついたミトラを被っており、顔は見えない。

 

「やっと来たな! こっちだ!」

 前方から聞き慣れた声がした。

 その声に耳を疑った。

 ジルの声だ。扉の前にジルとエレンディラがいた。

「セシリア! 私たちの事、許してね」

「エレンディラさん、許すも何も……!」

 扉が開かれ、そのまままた手を引かれて扉の向こうに出される。

 振り向くとジルとエレンディラが手を振っていた。

「先生! エレンディ……」

 扉はすぐに閉ざされた。

 部屋には地下に続く階段があるだけだった。

「遅くなりました、先生」

 煙で白くなった司祭の服とミトラを外した人物は、ユーリスだった。

 セシリアはその顔をただ見つめるしかなかった。

「……本当に……? ユーリス様……?」

 ユーリスは笑うとセシリアの顔を覗きこむように顔を近づけた。

「司教の前で大々的に告白してくれたときは嬉しかったですよ」

 あの告白を思い出してセシリアは真っ赤になった。

「き、聞こえていたんですか……」

「オルガン奏者になりすましていましたから。と、まだゆっくり出来ないんでした」

 改めて手を握りしめ、ユーリスは告げた。

「僕と逃げてくれますか?」

 セシリアはこれ以上なく笑顔になり、「はい!」と答えた。

「逃げ場所は……」

「分かってます、ユーリス様」

 驚いてセシリアを見返すユーリスにさらに笑みを作る。

「もしかしてって、気づきました。信じてほしいって言ってたから」

 その言葉にユーリスも笑顔をこぼした。

「……ありがとう、信じてくれて」

 

 そして2人は階段を駆け下りた。

 

 

 半刻後、2人が通った扉も開かれた。

 その頃には煙はすっかり引き、警察が寺院に入り込んで調査をした。

 煙と思われるものは消火剤に使われるものだった。

 この騒ぎは王都を駆けめぐり、その日の各新聞の一面を賑わせた。

 

 一流新聞は

『祭りに便乗した過激派の仕業か? ティリア会派の聖女受託式に白い煙』

 二流新聞は

『消えた聖女 実は真っ赤な偽物?』

 三流新聞は

『白い奇跡!? 純白の聖女が白い煙でドロン』

 

 

 

煙(?)の原理は消火器です。当時の破瓶式消火器(中にガラス容器があり使う時はこれを割る)をジルとユーリスで色々いじったり成分(濃硫酸、重曹)の量も変えています。

濃硫酸は劇物ですが医薬品にも扱われていたのでジルは簡単に購入できます。

しかし私の後書きは恋愛物の後書きに見えない……。


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