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落 陽  作者: nonono
第5部 夏
72/78

72 祈り

  

 ジーンはすまなそうな顔をした。

 結局セシリアを連れて帰っては来なかったのだから。

「彼女はもう、信徒として生きていくつもりだよ」

 セシリアの伝言と、手紙も破棄されたことを伝えるがユーリスは「そうですか」と顔色一つ変えない。

「旅券がないと逃がすこともできないだろう?どうする気なんだ?」

「別にいいんですよあれは。偽です。もしもの為のおとりですから」

 おとり? とジーンは首を傾けるがユーリスはそれに答えない。 

「何日も割いてくれて礼を言います。お陰でいい情報が得られました。あともう少し協力を……」

「君は断られたんだぞ? 本人がもう望んでいないなら手助けの意味がないじゃないか」

「あなたあの町で一緒に過ごしていて分からなかったんですか? ああ、牧師ばかり見てるんですね皆。バカな町だな」

「何……?」

「あの人は自分を殺すのが癖なんですよ。そんな生き方ばかり強いられてたんでしょう? 本気で本人が望んでいないと思うなんてね。あなたと僕じゃ見ていた部分が違うんだろうけど」

「……随分自信があるんだな。彼女のことに」

 暗にお前はどこを見ていたんだと言われた気がするジーンは面白くなさそうにつぶやいた。 

 逆にユーリスは楽しげな顔をしてみせる。

「ありますよ。彼女にも褒められましたからね、人をよく見てるって」

「……」

 何か言い返そうとジーンが考えているうちにユーリスは呼び鈴で人を呼び、ちょうど屋敷に来ているジルを呼んだ。

「医師免許をお持ちであれば濃硫酸の取扱が可能ですよね。頼んでいいですか?」

「……何しやがる気だ、おまえ」

 ジルは思いきり不審な顔をして見せたが、ユーリスの話を聞くと

「よし! まかせろ!」

 と声を張り上げた。

 それから数日、ジルはユーリスとサイラスの間を行ったり来たり、忙しい身となった。


 

 夏が深まりだした。 

  

 サイラスはここ数日夜も眠れぬほどの苦痛が続いていると聞いている。

 今も薬で沈痛されているが、ユーリスが傍に近づくと、苦痛の後の疲労の顔を向けた。

「……なんだ、まだ…いたのか…」

 絞り出す声に、呼吸気管ですら動かすのが苦しいのでは、と心配になる。それを察知したのかサイラスは毒を吐いた。

「やめろ……。おまえにそんな顔…されると……気持ち悪い……」

「……これで最後です。明日また王宮に上がります」

「……そうかい。……どこにでも……行け……」

「……」

「王宮でも……、アルバでも……、海の向こうでも……どこでも行けばいいさ……。おまえがいれば……邪魔だ……。せっかく私が……ライベッカを……」

 つらいのか、ふう、と息をつく。

「父さん…だって……あれで……私には甘…いし…な…。おまえの……話…父さんは…母さんを…の話は…なかなか……面白かった……」

「無理すると、あとでつらいですよ」

「うるさい……。おまえには……本当はすまないと思っていた……父さんを…独り占めして…だから……どこへでもいけ……おまえには……それしか……してやらん……」

 してやれんと言わないあたりが兄だと思った。

 サイラスはやはり疲れたのか、やがて寝息を立てた。

 ユーリスは、病でやせ細った彼の手を取り、額に寄せ、祈りを捧げた。

 それが済むともう一度兄の寝顔を覗き込み、ささやいた。

「お別れです、兄さん」

 そして音を立てないよう部屋を出た。


 廊下ではグラントと警護の男が待ちかまえていた。

 ユーリスが頷くと、彼らも深々と頭を下げる。

「では参りましょう」グラントがそう言って先を歩いた。廊下の突き当たりにある部屋に一行は向かった。

 警護の男がドアを引き、ユーリスは中へ入る。

 グラントと警護の男もその後に続いたが部屋の奥には進まず、戸口に待機した。

 いつ何があってもいいように。 


 部屋の主がすでに眠っているのは分かっていた。

 この部屋に入ったのは二度目であった。サイラスの部屋以上に広く、重厚な調度品とそれに合った色合いの壁。

 広いベッドに父は寝息を立てて眠っていた。

 右頬に二つ、額に一つ、こめかみに一つの傷。


 初めてこの部屋に入ったのは何の用事であったか思い出せない。ただ父が次第に激昂していき、茫然としている自分に掴みかかってきたのはよく覚えている。

『ユーリスをどうする気だ、おまえがいくら私を騙そうとしても無駄だぞ!』

 騒ぎを聞きつけたグラントたちが来たとたん、父はユーリスの首を絞める手を放した。

 何かの拍子で激昂が止んでいた。解放されて助かったと思ったが、父はグラントたちに、

「癇癪を起こすので叱っていたのだ。遊んでやらないからといって困ったものだ」

 と言い、グラントたちは「旦那様を困らせぬよう」とユーリスに忠告する。

 立ち去るユーリスに父は言う。「騙されんからな」




 穏やかなその寝顔に触れようとしたがやめておく。

 そして起きないように小さな声でささやく。

「いつかあなたが僕を見つけられるよう」


 それから入ってきたときと同じく、音を立てず静かに寝室をあとにした。



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