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落 陽  作者: nonono
第一部 夏期休暇
7/78

7 3年目

15になったユーリスはさらに背が伸び、肩に厚みが出て、初めて会った時の少年らしさが消え始めていた。

 喉仏も目立ち、ルーシー・アンに似て中性的な面立ちさえも以前より薄れている。

 屋敷の者は皆驚き、若い女中などは「あの天使さまが…」と、残念とも感嘆ともとれるため息をもらす。

 それでも妹に対する愛情表現は変わらず、セシリアにも以前と同じように接してくれるので、姿形で態度を変えるのは失礼だ、と自分に言い聞かせた。


 ルーシー・アンと二人で作った懐中時計の飾り紐と、おそろいのしおり紐を渡すと驚いた顔を見れたのは楽しかった。

 そうやってまた今年も楽しく笑いあえる。


 3人で森を歩きながら、ユーリスの都会の話を聞く。

 これがけっこう愉快な話ばかりで、セシリアもルーシー・アンもわくわくしながら耳を傾けた。

 毎年の楽しみの一つだ。

 王城で起きたゴシップや、街で起きた新聞沙汰になっていない珍事件、いつも話題に出てくる愉快な兄貴分の級友はその後どうしているか。

 話ながらたまにユーリスの手が頭上に伸びる。セシリアの頭をかすめそうな小枝をよけていたのに気づいて、その上背の違いを感じた。



「先生、水がきもちいいですよ!」

その日はまた丘のある川岸に3人でピクニックに来ていた。

 丘の向こうから流れてくる川にルーシー・アンは手を入れてはしゃいだ。

 セシリアは笑いながらも傍に行き、「あまり川の傍にいてはいけませんよ」と声をかけた。

 ルーシー・アンは愉快そうに笑って

「大丈夫ですわ。浅瀬ですし」と言って離れない。

 それから木陰にいるユーリスを見て笑う。

「兄様眠ってるわ。昨日も遅くまでレポートに手をつけてたのかしら」

 医学部へ最短で入学するため山のような課題をこなしているらしい。夏期休暇はまだまだあるのに今のうちに手がけているのは、休暇の半分を学校のクラブイベントに使うためだ。

 ウォールゲームクラブに入っており、今年は優勝できるかもと聞いている。

 休暇を別荘へのバカンスに使ったり遠方へ親と共に旅行へいく学生が多い中、彼のクラブチームは強化合宿をやると言う。

 普段から打ち込んでいるのだろう、すでに肌は浅黒く焼けていた。

 朝早くも付近を走り込みで周回しているのを見かける。

「もう、そんなにお忙しくて居眠りなさるならベッドの上で休んでらしてもいいのに」

 開いた本で顔を隠して横になっている姿を見て二人は苦笑する。

「ウォールゲームのせいであんなに大きくなってしまったのね。なんだか兄様じゃないみたい。ゲイルみたいになってしまって。先生もそう思いません?」

 下男のゲイルは確かに体が大きいが、いくらなんでも貴族のご子息と下男を一緒にするわけにはいかないのでそこは否定しておいた。

 だがたしかに、大きくなった体は小さい頃のなにかを呼び起こす。それは恐怖心ではないか?

 大きく立ちはだかる体は父を連想させる。ひょろりと背の高い父はいつも黒いスータンをまとい、大きな影となって自分を見下ろす。

 そんなことを考えていると、近くの繁みががさりと音を立てた。

「きゃっ!?」

 ルーシー・アンが悲鳴を上げた。繁みからなにかが彼女を目がけて突進してきたのだ。

「ルーシー様!」

 とっさにセシリアは彼女の体を抱き込んだ。ルーシー・アンが驚きで後ろに飛び退いたからだ。その後ろには川がある。

 バシャン!

 水面に落下する音が響き渡った。

「ルーシー様、大丈夫ですか!?」

「私じゃなくて先生!先生!」

 半泣き状態のルーシー・アンを慰めないと、とセシリアは体を起こした。少女の肩に子うさぎがのっかっている。

「あ、犯人はこの子ですね」

「それより先生ったら!」

 言われて自分を見つめる。ああそうか、ルーシー・アンを落とさないようにした結果、自分が川に落ちていた。

 びしょぬれの体でセシリアは笑った。

「ふふっ、ドジですね、私は。気持ちいいですから心配ありませんわ」

「心配ないとかじゃないですよ」

 そう言ったのはユーリスだった。いつの間に近くまで来ていたのか。

「こら、ルー。川のそばは気をつけろと言っただろ」

 怒鳴りはしないものの、珍しく強い口調だった。可哀想にルーシー・アンは涙をぽろぽろこぼしている。

「ユーリス様!ルーシー様を叱らないでください!私がここにいることを許して私が勝手におちたのです!」

「先生ごめんなさい!私のせいで!」

 濡れたセシリアに抱きつこうとするルーシー・アンを引き留め、ユーリスが川からセシリアを引き上げる。

「2回目ですね、先生」

「…そうですね」

 面目なく、セシリアはしゅんとなる。両脇に手を差し入れて担ぎ上げられた様は子猫のようで、ユーリスは吹き出した。

「ひどいわ兄様、笑うなんて」

 ぬれねずみの姿を笑ったと勘違いしたルーシー・アンは叱られた怖さもおしのけて抗議した。

「あ、ごめん。だってさ、先生ってば…」

 そう言いながら笑いをこらえるユーリスにセシリアは落ち込んだ。

……みっともない…


 

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