69 助け
フィル・リード、本名ジーンは覚悟を決めた。
これから様々責められるだろうことを。
「あの時言ったこと、覚えてますか?あなたたちはあの人の犠牲の上で幸せに暮らせているって」
「…彼女に一言でいいから謝りたいんだ。あの時は仕事がたてこんで、会話もそこそこで…。君は知っているんだろう?セシリアがどこでどうしているのか。会わせてくれないか、せめてなにか埋め合わせをしたい…」
「…彼女は帰るところがあるんだからあなたの生まれ故郷にいるのでは?」
「あ、ああ。…いや、きっといない…」
「なぜそう思うんです?」
「……」
「故郷に帰っていないことを聞いたんでしょう?彼女を捜しにきた父親から」
ジーンの顔は更に青ざめた。
「あなたは最初から彼女の父親である牧師と共犯だったんじゃないんですか? 彼女が『神の花嫁』になるために」
「……」
「軍関係者の友人がいまして記録を調べました。あなたは最初から出兵していない。だが傷痍軍人手当分に相当するお金はある。牧師から金を受け取っていたんですね」
ちらりと見上げるとジーンは泣きそうな顔をしているがユーリスには知ったことではなかった。
「…あの町では…」
弱々しい声。
「…牧師の言葉は絶対だ…彼に言われればそうするしかなかったんだ…そう植え付けられていたんだよ。あの町を離れて、妻や子供が出来て、暗示がとけたみたいに自由に暮らせた。そうなってやっと、自分のしたことが理解できてきて…。今はセシリアに謝りたいと思っている…」
「本当に謝ってくれますか?」
「本当だ!」
「それを違えたら、あなたはあなたの家族ごとおしまいだと思って下さい。あなたの弱みは握りましたから」
「…どういうことだ…?」
「彼女は今牧師の元にいます」
「…なんだって!?…じゃ、見つかってしまったのか…!?」
「ええ、連れ戻されました。…あなたが助け出してください」
「……!」
「あなたなら土地勘も知識もある。彼女の家の内部は複雑で鍵つきの部屋がいくつもあるけどあなたなら開けられると聞いています」
「ああ…確かに」
ジーンは顔色が回復して目に力が宿り始めていた。
「わかった。俺が助け出してくる。…だが、助け出したあとは何処に匿う?君が匿ってくれるのか?」
「……それはあなたに言う義理はない。それと一つ聞きたい。牧師は何故そうまでして彼女を手元におこうと?」
「多分、彼女を聖女にしたかったんだろう。そうすれば町も牧師も名声が高まる。会派の総本山から金も流れてくる。だけど西の地主の息子や周囲が、嫁にと望む声が増えた。身分が高い者が望んでくれば断れない。だから『神の花嫁』は虫除けの為だったのさ。
「それに……現在の聖女が望んでいるんだ。早く後釜が決まることを。自分の『奇跡の力』が弱まっているとかで。だから聖女たちはセシリア捜しに協力的だった」
「聖女……ね」
籠の中の鳥もいいところだと聞く。教会の限られた場所でしか行動できず、修道女と違って一日の仕事もなく、食べ物を口に運ぶことまで世話をされて暮らすという。修道女の方がいくらも人間らしい生活ができる。
今時の親であれば娘にそんな生き方を望まない為、確かに後釜がいないだろう。
「セシリア捜しの時に聖女に会ったが……。『奇跡の力』でもってセシリアを見つける事が困難になっていて……」
「聖女って、“エセル”でしょう? ……彼女はただの詐欺師ですよ。記憶力と話術が得意なだけだ」
「!? 知っているのか?」
またいとこにあたるとは言えない。
その破天荒ぶりに王宮は彼女を修道院送りにし、その生活にげんなりした彼女は持った才能を生かして『奇跡の力』を披露し、もっと楽な生活になるよう企てたのだろう。
見事聖女になったがそろそろそれもうんざりしてきたと思われる。
うまい具合に娘を聖女にしたいとする父親が現れて彼女は手を叩いて喜んだことだろう。
(……とにかく、あの人を聖女にするのを止めないと)
一人で動くことはまず無理である。ひとまずジーンに頼むしかないことに苛立ちもある。
無鉄砲に動きたいのを抑え、ユーリスはもう一度考え込んだ。
※※※※※※
屋敷に戻ると、待ちかまえていた客にユーリスは無言になった。
ジルが居心地悪そうにソファに座っていた。
「…………」
「失敗しても文句は言うな」
口の中に何かが詰まったかのように言いにくそうな顔をしている。
「お前の兄貴の手術だ。ただしお前、あいつを連れ戻してこい。貴族様なら牧師様にでもなんとかなるだろ」
「……あなたに言われなくても、そのつもりですよ」
かわいくねえ。
ジルはそう呟きそうになったとき、聞こえるか聞こえないかの音で
「感謝します」
という空耳らしきものを聞いた。




