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落 陽  作者: nonono
第5部 夏
67/78

67 会話

9/12 3話目

「ところでさっきの話だが、あの髪飾りはエレナのものじゃないのか? 彼女がそんなのをつけていただろう」

なんでまたその話に戻るんだ、と呆れ顔を兄に向ける。

「なんだ? あの女に母親を重ねていたのか?みっともないな、どおりで年上なわけだよ」

「…ちがいますよ、そう思われても仕方ないだろうけど」

「じゃあなんだっていうんだ?」

「あれは先祖を真似たんです」

「何……?」

「で、僕はどうあがいても父さんの子だなと思っている」

「……お前は何を言ってるんだ?」

言いづらそうにしているユーリスをサイラスは凝視する。

「荘園屋敷の3階の間になんかいかないんだな、兄さんは。

そこにご先祖達の肖像画があって、奥方たちの髪に必ず白百合の飾りが書かれています。うちの家系が白百合騎士団から出ているからだろうけど。

祖母の絵にある髪飾りと同じものが荘園屋敷にあるあなたの母親の遺品にありました。父さんが贈ったらしいです。

だから贈るなら白百合だろうな、と似たようなのを買ったんです。

父さんは本当にあなたの母親を愛していたんでしょうね」

「ふう…ん。で、それがどうしておまえが父さんの子だという証明に?」

「だから。あなたの母親は父さんと何才ちがいでしたか」

 母の方が4才年齢が高いのを思い出しサイラスは合点がいった。

「……ああ。父さんも、おまえも、根っからの年上好みというわけか?」

「まあ、たまたまだと思うんですけど、息子として何となくわかるんですよ。年上とかじゃなくて、年齢が見えていないというか」

 サイラスは笑った。その愉快げな笑顔は初めて見る顔だった。

 「おまえ、となりの部屋の黒檀の引き出しを見てみろ」

 言われたとおりに見てみた場所には琥珀でできた百合の髪飾りがあった。

 ユーリスが二年目の夏にセシリアに贈ったものだ。

 なくした為、彼女の髪を飾り立てていたのが短い間だった。


「数年前荘園屋敷の庭で拾った」

「どうして兄さんが大事に保管してあるんです」

「だから……私の初恋はお前の母親なんだよ。エレナのものだと思って持っていた」

 無表情で言われても、とてもそうとは思えない。

「好みは親子で似るような事をお前は言ったな。私がエレナに恋心を抱いていたのは父さんやお前と同じく年上好みであったというわけか」

 ユーリスは少し頭をかかえた。

「言いづらいんだけど……。これは僕が選んで買った物です、兄さん。母が付けていたのはあなたの母親の遺品です」

 先程見せた笑い顔の余韻はサイラスの顔から跡形もなく消滅した。

 髪飾りを奪われて破壊される勢いの表情に、ユーリスは

「だから言いたくなかったんだ」

とため息をついた。

「そんなわけだから、母は無邪気というか……。王室にいた頃はよほど周囲からちやほやされていたんでしょうね。女中たちが保管しておいたあなたの母の遺品を使う事に躊躇しないという、常識に欠けたところがあって……」

「……まあ、そうだな、欠けてるな」

「あなたの母のようになりたい願望だとしても、悪意がない天真爛漫だとしても、ちょっと……。それで父さんは母さんを嫌っていたんだろうな、と昔は思ってました」

そこでユーリスはまた一つため息を吐く。

「ルーもそうなるんじゃないかと気が気でならない。先生も含めて周囲は結局甘やかしてしまうし」

「おまえもな」

「してませんよ。多分。アーサーもきっと負けるだろうな。僕と先生の事、父さんにばらしたと聞いた時は「ああとうとうやらかしたか」って思いました。あの子の将来が不安ですよ。みんな何故かあの子に負けるんだしな。父さんと兄さんを除けば」

「私が教育しなおしてやろうか」

その言葉にユーリスは兄を見た。兄から見たその時の弟の顔には初めて見る無邪気な眼差しがあった。

「……冷酷じゃなくて冷静か……」

「? まあ、冗談だけどな。私は長くないんだから無理だろ」

他人事のように言うサイラスにこちらの方がいたたまれなくなる。

少し想像してみた。

サイラスとルーシー・アンは10ほども年が違う。無邪気なルーシー・アンと、沈着冷静すぎるサイラス。

「……アーサーより兄さんの方が頼れるかもな……」

「あの小僧が泣くぞ」

「じゃあ、もし生きていけるなら、ルーのことを任せていいんですね」

「任せるもなにも、私はお前と同じくあれの兄だということを忘れてないか?」

「兄さんは怖いと思われていますからそこをくれぐれも気をつけて下さい」

「ほらみろ。お前が甘やかしたから免疫がつかないで育ったんだ」

 たしかにそうだな、と認めざるをえない。



 兄の寝室を後にして、琥珀の髪飾りを手に眺めた。

 握りしめれば手の中に収まる小さな飾り。

 琥珀というより夕暮れの色に近い、と言ったランダースの言葉が浮かぶ。

 彼は好きになれないが、その表現に関しては褒めてやってもいいと思えた。

 

 セシリアに無性に会いたくなった。

 まだ会う時ではないと思っていたが、診療所にどうしても向かいたいもう一つの理由がある。

 

「卿、ジル医師に頭を下げに行きます」

 ダティラーはそれを聞いて仰天したが、すぐに笑って頷いた。


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