66 兄弟
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父がいない時を見計らって、ひと月半近くぶりにライベッカ邸へ戻ることが出来たユーリスだが、警護の隊士は相変わらず就いていた。
「お帰りなさいませ、ユーリス様」
「……?」
以前と変わらないグラントだが、どこか何かが違って思えた。
グラントの指示で警護はライベッカの者が引き受け、隊士らはとんぼ返りをすることとなった。
「ちょうど、あの方がおいでです」
そう言われて執事が案内した部屋には、師であるダティラーがくつろいでいた。
「卿!? なぜここに……!?」
「色々あってな。こやつがやっと私を受け入れたよ」
笑うダティラーに反して隣のグラントはますます冷ややかさを醸し出していく。
ことのいきさつを聞いてユーリスは驚いてみせた。
「……そんなことが」
「それでな、セシリアが言っていたのだが。お前たち兄妹はもっとサイラス様と話をするべきだとな。彼女がサイラス様と話したところによれば、彼はお前が懐かなくて面白くなかったらしいぞ?」
「…………はい?」
背筋がぞくりとした。あの兄に限ってそれは、ない。
心底イヤそうな顔をしているユーリスに、ダティラーはセシリアの言った言葉を伝え、くくっと笑った。
「まあ、一度くらい彼女の言う通り、ゆっくり話してみるといい。今は起きているころだ。最近は口数が増えたよ。本人はこの世への名残惜しさからだと言っているが」
サイラスが横たわるベッドへ近づく。
「…なんだ来たのか」
うつろげだが意識がはっきりしている。
表情の乏しいサイラスは苦しいのか楽なのかさっぱり分からない。
「具合はどうですか、兄さん」
「知るか。病魔のやつに聞いてくれ。あいつは勝手ばかりする。
それよりなんだおまえ。今になって私にかまうなんてよほど恨んでいるみたいだな、自由がきかなくなって。
ざまあみろだ。私にだけあの父さんを押しつけてきたんだからな、今度はお前が苦しむ番だよ」
確かに口数が増えている。
「別に苦しむ予定はないですよ。黙って後ろで従ってないで何処かに突き落とすつもりでいますから。兄さんみたいに死ぬ間際になってぐちぐち言いたくないですし」
「だったらなぜ今すぐやらないんだか。所詮次男は口だけ立派にしていればいい生き物だな」
「口しか動かさない状態の兄さんにその言葉そのままお返ししますよ」
「ふっ。たしかに私は大病人だが今のお前の顔を見れば医師は私をベッドから下ろして代わりにおまえをここに横たえるだろうさ。ひどい顔色しているよ。思った以上に辛いようだな、後継者になったのは。
ゆかいなものだ、おまえのその顔を見れただけで私は安らかに旅立てそうだよ」
「…………別に家を継ぐのは辛くないですが?そんなちっぽけなことで悩むような真似はしませんよ」
「ああそうか、わかった。じゃああの女だろう?」
図星をまっすぐに突かれ、流石にユーリスは兄にラリーを返せなくなった。
それを見てサイラスは小馬鹿にするように鼻をならした。
「あの女が家に来たとき白いユリの髪留めを付けていた。あれはおまえがくれてやったのだろう?」
「…さあ。どうでしたか」
「あれはお前の母親、エレナの遺品だと思っていたが?」
「違います。それより兄さん、相談があります」
相談などという言葉が2人の間に存在したのはこれが初めてになった。
「ロイド医師はうちに出入りしていましたよね」
「あいつがどうした?」
「僕にひっついている派閥が繋がっていたようで……。大人しくしてそれとなく探っていたんですけど」
「ふん。さっそく見つかったか」
サイラスはユーリスの言いたい事をすぐにくみ取り、しかもすでに手を打ってあった。
ユーリスにも的確な指示をする。
さすが父に代わって早くからライベッカ家を支えていただけあるな、と感じる。
スタンリィと声も顔もよく似ている為、父が普通であるなら彼ともこういう会話をしていたのだろうかと想像してしまう。
「……お前は父さんの為に医者になるんだってな」
「え?」
ふいにそんなことを言われて兄をじっくり見つめた。
「あの女が言っていた。グラントなど何を感動したんだか涙ぐんでいた。
お前がそこまでしていたのならダティラー卿の言う病気を、真摯に捉えてみたいとな。 俺はお前がそんな殊勝な人間と思わんが」
「……ええ、自分の為ですよ。決まってるでしょう?」
ユーリスがそう言って自嘲気味に笑った後は、沈黙が落ちた。
さらなる嫌みが返ってくると思っていたのに、サイラスは何も言わないのでその顔を再び見るが、兄は先程と同じ表情だ。




