64 聖女
「よくぞお越し下さいましたな、どうぞ」
馬車が着いた場所は駅ではなかった。セシリアは首を傾げた。
そこはかなり古い教会であった。
黒髭の恰幅のいい男がイリューマを嬉々として出迎える。
「エルガー様のお陰でご覧の通り、無事に娘を見つけることが出来ました」
「いやいや、私は人を貸しただけのこと。手紙とやらのお陰でしょう。ともあれ神の導きですな」
気持ちよさげに笑う男にイリューマは頭を下げ、セシリアを見る。
「エルガー様は公爵様であり、深い信仰心をお持ちの信徒なのだよ。おまえの捜索に人手を出して下さった。感謝しなさい」
「いやいやいや、よいのです、イリューマ牧師。さて、その子ですな」
エルガー公はじろじろとセシリアを遠慮なしに見つめる。
値踏みするかの目つきに不快感が溢れてくる。
「ほほう。では、さっそく司祭におめ通しを」
「なんのことです? 父様」
なぜここに連れて来られたのか、この公爵は何なのか、司祭に会うのはなんの為なのか。
「おまえは黙ってついて来ればよい」
荒く手を引かれ、足をもつれさせながら教会の奥に進まされる。
一室に通されると、そこに祭儀服をまとった女性がいた。
彼女は「聖女エセル」と紹介される。
彼ら同士で挨拶が交わされ、再び歩かされる。案内された部屋に入ってセシリアは目を見張った。
石造りの壁に、壁画がある。少女の後ろ姿。
少女の顔は横向きで、さみしげな表情にも見える。問題はその背中だ。
腰まで衣服を下ろし、露わになった背中にはいくつかの線が走っていた。
(これは……)
「では確認をいたしますので」
聖女エセルがイリューマと公爵に部屋から退出するよう促す。
「セシリア、背中をお見せなさい」
澄んだ声が響く。
「奇跡ですわ。あなたは犠牲神ティリアと同じ傷をお持ちなのです。これは聖痕です」
感嘆の混じった声でエセルに言われ、セシリアは唖然とした。
「……そんなわけありません。これは父から受けたムチの痕です」
さっさと服を着直しながらセシリアは説明した。
自分で背中を見たことがないが、あの絵と似た傷だからというだけで聖痕だなんて。
信仰心が揺らぎそうになる。
「いいえ。これはこの国最古の絵画。神が残した絵と言われているのです。私には分かります。あなたは犠牲神ティリアの残した純血種。「純血の聖女」なのですよ」
「やめて下さい。ただの女です」
なにこれ。滑稽だわ。
いつだったかのように頭がまわる気分。 ライベッカ伯に問いつめられた時のような?
「犠牲神ティリアは天災で死にたえそうな赤子に自身を犠牲にし血を与え、ティリアの血を受けた赤子は蘇り子孫を残し……」
その話は聖典にあるから知っているし、なにより、この頭がくらくらする感覚が不快でならない。
実はあなたは誰それなのですよ、なんて、自分に起こるとは。
「……信じません。私は知っていますから」
頭をかかえながらセシリアはエセルを見つめた。
「古今、聖女になるのは実家が多額の寄付金を教会に納めた者。奇跡や伝説の話は後付されています。そうでしょう?」
神を冒涜するのかと怒られるだろうが言わずにはいられなかった。
幼い時から本が山のようにあり好きなだけ読んで気づいたことだった。
父の受ける尊敬も、神の御許に近づく方法も、すべて金の上に出来た蜃気楼のようなものだと。
ふふっと聖女が笑った。
「そうね、その通りかもね。実際私は現国王陛下の遠縁であるのだし。おてんばすぎて修道院に入れられて、今はこうして猫をかぶっているけど」
とたんにあっけらかんとした聖女にセシリアはぽかんとした。
「でもね、セシリア。運命はあるのよ? どうしてもそうなってしまう運命って。
たとえば、そうね、あなたは自由が欲しくて父親の元から逃げた。そうしたら父親はあなたを捜すために、ティリア会派の信徒であるエルガー公に協力を要請した。 そうしたら? 過激派とされるエルガー公は貴族院で敵対している勢力を脅えさせてしまったの。そうしたら? どうなって?」
「え……?」
「その勢力は過剰反応してこちらも迎撃準備だ、なんてことになって、どなたかが担ぎ出されてしまったわね。
わかる? あなたが自由なんて求めたからあなたの愛した人は自由が無くなってしまった」
「……あなたはどうしてそんなことが分かって……」
「あなたはね、どうあっても「神の花嫁」であって、「純血の聖女」なの。そうなるように物事が動いているの。
エルガー公があなた捜しに協力的になったのはイリューマがあなたの特徴を聞かれて、背中の傷の話をしたから。この絵を知っている彼が「あなたの娘は聖女かもしれない」と興奮し、イリューマも目の色が変わったわ。
あなたが聖女に認められれば、大主教もこのティリア会派を更に認めて下さる。そんなところよ」
やはりそんなところか。名声と金。
「私はあなたを聖女に推薦するわ」
「!やめて下さい。それは……」
「知ってるのよ。あなた、修道院に入って静かに暮したかったんでしょ。叶うわよ。どの道愛しい人と共に生きていくことは出来ないんでしょうに。感謝して欲しいくらいだわ?」
誰にも話してない胸の内まで知っているなんて……
まさかこれは聖女の持つ、人知の及ばぬものに類するもの?
彼女は笑った。
「ちょっとした仕返し。聖女はみんなお金で成っているなんて言われたから。私みたいなのもたまにはいるんだから気をつけなさいな?」
聖女になるまで故郷で大人しくしてなさい。
そう言って聖女は青ざめるセシリアにもう一度微笑んだ。
これで第4部終わりです。
途中で話の矛盾点に気づき、修正していたら長々となってしまい申し訳ないです。
おかげで主人公いじめも都合により悪化してしてしまうし……
次の第5部で終わりです。
もっと短くする気ではありますが…また矛盾点にあとで気づきそう…
早くすぱっとハッピーエンドに持っていきたい。




