61 笑う男
ランダースの言葉が理解出来ない。
自分の家がライベッカ家の人間を……?
「い、意味がわかりません、うちはそんな、ただの教会で……貴族様との繋がりなど……」
ランダースは儀仗隊を外に出し、話し始めた。
「ユイロッサ殿、あなたの父親、イリューマはティリア会派でしたね。ティリア会派の教区長はどんな事をしているかご存じですか?」
知るはずがない。区会など出る資格もなかった。
「『純血の聖女』信仰ですよ」
息を飲む。それはアーサーが言っていた……。
「異人、移民を排斥し、自国の血統至上主義。わが国の祖先は犠牲神ティリアの血を引く尊い血統である為異国からの血を禁ずだの、これ以上ない保守派です。ちなみに『神の花嫁』の戒律も彼らが推し進めた法の一つですよね。
彼らは12年前、自分たちの主義に反する一番の大元を襲撃したと言われます。アルバの血を持ち、両国の架け橋である象徴だったアレクシア様、それとユーリス様のご母堂、エレナ様。彼女らを過激派は『魔女』とし、排斥しようとしておりました。
お二方は表向きご病気とされていますが、薬物を使った暗殺との推測もあります。
王宮では彼らを捕らえようとしましたが、彼らは尻尾をつかませないですからね。
この過激派たちは王宮にも隠れ潜んでいるとされているくらいです。
お二人とも出産をされて女子を産んだ後亡くなられた。ティリア会派の生け贄だった、との推測もあります。次の生け贄の為に次世代の女子がまた女子を産むまでは生かし……」
「オカルトな噂話を王宮は好むのか?」
低い声がホールにこだまする。ユーリスが氷刃のような目でランダースを睨んでいた。
「そんな家に生まれたから、彼女もそうだと?」
ランダースは少しの間言葉を紡ぎ出せずにいたが、気を取り直して再び柔和な笑みを浮かべてセシリアに向き直った。
「最近、あなたの父イリューマ殿が王都で何らかの活動をしているのが確認されていました。
王宮では過激派が何かしらの計画をしているのではないか、と危惧していたのです」
「それはただ単に父が私を捜して……!」
あまりにも極端な話にセシリアは反論しようとしたが、ランダースはそれ以上の声を上げて、彼女の言葉をかき消した。
「おりしも今年はルーシー・アン様がとうとう社交界に出られる年です!」
ルーシー・アンの名前が出ると、ユーリスの眉間がわずかに寄せられた。
大声の主は嬉しいと言いたげな笑顔。
ユーリスがようやく興味を示したからだろう。
「あの方をお守りする為にも有効な手立てを考えていたのですよ!」
歌劇でもしているのかという大げさな身振りと大声。
「そこで目には目を、と上は考えまして」
「アルバの過激派を使う。それを鼓舞するのが僕の役目だ、と」
ユーリスが答えてくれたのでランダースはこれ以上ない笑顔を作った。
「はい! ところでユイロッサ殿。あなた本当に、何も知らなかったんですね?」
「知りません。そんなこと」
「よくもまあ、偶然ライベッカ家に入れたものですね。そしてよくまあ偶然に、ユーリス様の知人と繋がったものですね。ユーリス様の動向を見守るにうってつけではないんですか? ルーシー・アン様に尽くしすぎではありませんか?」
こじつけもいいところだ。この人はどうあっても自分を排除したいのか。
セシリアは挑むように男の笑い顔を見つめた。
「私のことはライベッカ家が調査済みでしょう。そんな疑いのある人間を伯爵様が見逃していたというのですか?」
セシリアの反撃に笑い顔が少しゆるみ、柔らかな口調がその口からこぼれる。
「おや、ご存じないでしょう。王宮では“ライベッカ伯は、エレナ様に関連する事項は全て関与しない”と有名なんですよ。葬儀にもお出にならないくらい……」
「ランダース、もういい」
冷酷な声がする。それはユーリスの声かと疑いたくなるものだった。
ユーリスは顎に手を置き、うつむいていた。
ランダースはまたもしょぼくれた顔をして肩をすくめている。
「もういい。わかった。帰る」
「は」
顔を上げた彼の表情は冷ややかなものだった。そしてまっすぐドアへ向かう。
まさか、ランダースの話を信じたのか?
「ユーリス様、待って下さい!」
出て行きかけたユーリスははっとしたように足を止めてセシリアへ顔を向けた。
それからランダースに告げた。
「挨拶くらいはいいだろう? これで最後だ」
あっさりした口ぶり。
……やはり、なにかしらの疑いはもってしまったのか。
こちらに向き合った顔に、いつも見せてくれる笑顔はなかった。
「……信じて下さい、ユーリス様、私は……」
ライベッカ伯に詰問された時より、父にムチを向けられる瞬間より、心が萎縮しそうになる。
「さようなら、先生。お元気で」
そう言ってユーリスは別れの口づけを頬に落とした。
「それではお騒がせしまして。これにて失礼致します」
ランダースが最後にドアを閉め、ホールは静かになった。それでもセシリアは時間の感覚を忘れてそこに立っていた。
「セシリア」
エレンディラの声で我に返る。
彼女はどうやら聞いていたらしい。それはそうだ。ランダースがあんな舞台の役者みたいな真似をしていたのだし。
「ごめんなさい、エレンディラさん、起こしてしまって……」
言いかけの途中でエレンディラに抱きしめられた。
「いつまでもここにいて今まで通り暮せばいいじゃない! あのお坊ちゃんのことは忘れて! ね!」
自分を悼んでくれるエレンディラ。
セシリアはありがたくて彼女を抱きしめ返した。
「……ありがとう、エレンディラさん。……私は大丈夫ですから」
「もう諦めなさい。大陸に渡る夢も忘れて。一緒にやって行きましょ、ね」
「そうですね……」
だけど。
頬に受けた口づけのあと、耳に小さくユーリスのささやきが届いた。
「あなたも僕を信じてほしい」
と。
2013.10.20
犠牲神の名前を別作品の主人公の名前に使っていることに気づきました……。
「リンデ」の名前だったのですが、ラテン読みの「ティリア」に変更しました。
意味はどちらも「菩提樹」です。
ガス会社とか岩とか量子論は無関係ですよぅ。




