56 病 2
セシリアの顔色を思ってか、ダティラーは表情を和らげて言った。
「安心しなさい。スタンリィはまだそこまでの段階ではない。
私も不安だった。発症の原因とされる事故から15年以上。いつ悪化してもおかしくはない。
分裂症などであれば治療のない状態をそれだけ続ければそれこそ癪狂院に入れるしかない場合もある。
だが彼は認知できない人間との関わり以外の日々の生活にはなんの影響もなく過ごしてこられた。
おそらく脳神経への悪影響もほんの小さなものだったのだろう。
それと、最初の『敵』が亡くなったことで、一旦症状は治癒に近い程軽くなったと思われる。
だが別で暮していたユーリスが、母親が亡くなって共に生活すると再発した。
ユーリスが彼女の元からやって来た『仲間』だからだ。そしてユーリスは癪狂院に送られた。妹君も同様に『仲間』とされた。
そこで悪化すると思われるが、兄妹が離れて暮していたことで症状は軽減された。
ここに長男が『攻撃』の対象にならない理由がある。
彼は元々ユーリスの母親とはほぼ接触が無いため『仲間』とは見なされなかった。
君は妹君の『仲間』とされた。 妹君はスタンリィに直接会い、君の話を心を込めて語った。
スタンリィからすれば、
『以前から娘を名乗り周囲をだましている不届きな子供が『仲間』を使って、自分ですら会えない大事な息子をたぶらかしている』ということになっていただろう」
「そんな……」
「私は治療対策を調べ捜し回ったが、わずかにある治癒の症例は人によって様々で、確たる答えはない。どれも偶然に治った報告ばかりだ。その中でも薬物治癒があるが、我が国では使用禁止とされている薬でね。
宗教の教えに反しているという理由で禁止されている。
あとは悪化を塞ぐ方法しかない。
『敵』をなるべく認識させないことだ。
だが、貴族の人間が精神を患っているなど、醜聞もいいところだ。あの家の者は私を信じることは無かった。
おかげでごらんの通り、出入り禁止だ」
親に逆らう子供や、子供を邪険に扱う親。
だが皆、時間の中で分かり合える時は短くても長くても必ずある。
それが全く出来ない親子。
「私の話を信じるかね?」
確かに信じがたいと感じた。だが。
ユーリスやジルが尊敬してやまない人物をどうして疑うことができるか。
「……信じます」
「ありがとう。 もう一つ言っておく。スタンリィはユーリスと妹君を憎んでいるのではない。ちゃんと我が子と慈しんでいる。彼の中では『2人とも会うことは出来ないが、自分が無事に育てなければならない存在』であると私は信じている。
だから彼らはきちんと教育を受け、妹君は政治がらみの争いから守られていたのだ。
少し理解しづらいだろうが、スタンリィはそんな相反した感情を持っている。
ユーリスは13の時、理解してくれてね。それから私を慕ってくれ、今では息子も同然だ」
13の時……
2年目の夏、あの池のほとりで医者になりたいと言った彼。
あの時彼は、どんな気持ちで話したのだろうか。
(ユーリス様、あなたという方は……)
涙が溢れそうになった。
「君は今日、会いにいくと言っていたが……伝えてくれないかね。くれぐれもスタンリィとの接触は避けてくれ、と。
ユーリスも分かってはいるだろうが、彼もまだ若い。カッとなるとおさえられん時もある」
それには反論したくなった。
だがダティラーは口を開きかけたセシリアを制するように話を続けた。
「秋頃にだったな。スタンリィに報復しようと飛び出して行ったことがあった。幸いレイがいて、力ずくで止めることが出来たが」
「秋頃……?」
「君がスタンリィにされた事を聞いた時だよ」
「え……」
理解してセシリアは、自分の為に怒ってくれた嬉しさがこみ上げたが、それはすぐに消えて、自分のせいで全てが危うい状況だったことに肝が冷えるような気持ちになった。
「君からよく言ってくれた方が私より効果があるだろうしな。
とにかく、今までは離れて暮していたが、爵位を継ぐとなるとそうもいかんだろう。
そうなればスタンリィの病の悪化が考えられる」
そう語るダティラーの表情は硬く、瞳は切迫した色を濃くしていた。
セシリアはその瞳をしっかりと見据えて頷いた。
「わかりました。必ず伝えます」
分かりづらかった方、本当にごめんなさい……




