53 血統
「…彼に会える方法はないんですか?」
しっかりしないと、自分にそう言い聞かせる。レイはそうこなくちゃ、とばかりに頷く。
「まず真っ正面からは俺も会わせてもらえないんで、侵入方法を見つけておきました。今晩忍び込むつもりです」
「私も連れて行ってください! お願いします」
「最初からそのつもりですよ。一緒に侵入しましょう。迎えにきます」
「レイ様、恩にきます」
感謝を表わすと、大男は苦笑いした。
「俺があなた達をけしかけた責任もありますからね。でも俺はうれしかったですよ。あいつがあなたと大陸に行くって聞いて」
「今はレイ様に足を向けられません。本当にありがとう」
アーサーにも感謝をしようと彼を見たが、アーサーは眉間に皺を寄せて苦い顔のままだった。
「アーサー様?」
「……先生も知っておいた方がいいかな。あまりいい話じゃないんですけど」
「なんだよアーサー。なんの話だ?」
レイも興味をひいて身を乗り出す。
「ユーリス先輩が爵位を継がなきゃならないのはライベッカ家だけの意志じゃないらしいんですよ、先輩」
「どういうことだ?」
アーサーの説明を聞いてセシリアとレイは驚かされた。
「王宮で王女の世話役をしている姉の話ですけど。ユーリス先輩が爵位を継ぐのは王室の意向でもあるみたいなんです」
「何で王室が後継者決めに口を出してくるんだよ」
「先輩とルーシーの母親は、先のゲール国王陛下の元に嫁いできたアレクシア王女の一人娘ですからね」
レイとセシリアにはそう言われても分からない。
ユーリスたちの母親は降嫁されたわけで、王家の位は消滅するのだから、今更母方の血筋を問われても意味がないのではないか。
「北の地アルバは今でこそわが国と同邦であり連合国ですが、まだ別王国だった時、二つの王国を結びつけるために嫁いできたのがアルバの王女、アレクシア様です。ルーシーたちの祖母に当たりますね。この方は一人娘を生んですぐに亡くなられました。
その一人娘はわが国内のアルバ人排斥主義者を刺激する為、おおやけには姿を現わさなかったんですけど、色々と王宮内でもめ事があったみたいでして、手を焼いた王宮が地方貴族だったライベッカ家に嫁がせたんです。
それでも過激派は彼女を狙っていたみたいで、ライベッカ家の別邸に隠されるようにして過ごしていたみたいですけど」
「……まさかそれで、ルーシー様は……」
娘であるルーシー・アンも同じように狙われていたのか。
「ええ。ユーリス先輩から聞かされました。この過激派は『純血の聖女信仰』があって、別国の女の血は汚れているという考えらしいです。だからユーリス先輩よりルーシーの方が危険だった」
「それが何で今、その血統を望むんだ王家は。刺激するだろそいつらを」
「時代が変わったんです。我が国が今支えられているのはアルバの産業なんです。アルバ側は以前と違って力を着け、議会でも発言権が強くなった。そうなると今度はアルバの過激派が、過去嫁いだ王女の血筋がどんな扱いを受けているか口うるさくなってきた。王室から追い出すみたいにして地方貴族へ嫁がせたとは言いづらいでしょう、王室も。
で、何とか体裁を整えようとユーリス先輩を王室に入れたいようなんです。第1王女との婚姻という形で」
「婚姻だと!?」
レイが声を荒げた。
「それには先輩が爵位を継いでもらわないと結婚相手の候補に出来ませんからね。王室としてはこの状況は大いに歓迎すべきことらしいです」
レイとセシリアは憤りと呆れが溢れた。
「サイラス様のご病気を歓迎だなんて……」
「身勝手な話だもんだ。人が一人大変な病気にかかったっていうのに」
「そうですね。……先生、そんなわけだから覚悟しておいて下さい」
サイラスの病に気が行き、アーサーの言う覚悟がなんなのかすぐには分からなかった。
「ユーリス先輩が王女にとられちゃうかもしれないんですよ」
「…………」
それよりもセシリアにはユーリス自身のことが心配でならなかった。
医師の道を絶たれた彼は今、どうしているだろうか。
『向こうに行ったら色々大変だろうけど』
『だけど楽しみなんです。いろんな事ができそうで』
楽しそうに語っていたユーリスが脳裏に浮かぶ。
『僕は、医師になろうかと思います。…なれると思いますか?』
同時に初めて医師の道を選んでいることを教えてくれた時の顔を昨日のことのように思い出した。
早く会って話がしたい。
王女に盗られる云々よりなによりユーリスがどうしているかだけが気がかりだった。
「セシリア、ダティラー卿からのお迎えが来たのだけれど」
エレンディラの知らせで我に返る。




