49 初めての感覚
休日、王都で一番賑わう通り。
セシリアは顔を赤くしてユーリスを見上げた。
はじめは彼と気づかなかった。
ユーリスはわざと地味な土色の帽子と服装を着用して来たため、普段と雰囲気が違っていた。
街の中流階級が着る服だ。
そのユーリスが、セシリアを見たまま何も言わないでいる。
初めてセシリアはユーリスの前で、灰色と黒以外のドレスを着ていた。
クローディアがくれた若草色のドレスだ。
そして髪も下ろし、トップだけまとめてユーリスのくれた髪飾りをつけた。
だがあまりにもユーリスが何も言わないで見ているだけなので、いたたまれなくなってきた。
「あ、あの、着替えてきますね、やっぱりおかしい……」
引き返そうとしたセシリアだが腕を掴まれ引き寄せられる。
「馬鹿言わないでください。あんまり新鮮で見とれていたんです」
そんなことを言われたらますます顔に熱が集まってしまう。
「ユ、、ユーリス様こそ新鮮です。誰なのか一目じゃ分からなくて驚きました」
「ちょっと仲良くなった人がいて、もらったんです。あまり目立ちたくないので」
確かにいつもの仕立てのいい服ではあまりに映えすぎて目立つだろう。
「でも背が高いのでやっぱり目立ちますね。ううん、背が高いからじゃなくユーリス様は何を着ても映えるから目立つんですね」
セシリアが素直に感じた事を口にすると、ユーリスは珍しく照れたように笑った。
「王都を見ておきませんか」
ユーリスが誘い、初めて2人だけで出かけることになった。
賑やかな通りを2人で歩く。
はぐれないようにしてユーリスにしっかり手を繋がれ、通りの店を見て楽しんだ。
大道芸人達がショーを繰り広げているのを眺めたり、高い時計塔に上がって王都を眺めたり、あっという間に時間が過ぎていく。
考えてみればこんなに長い時間二人きりになったことはなかった。
初めて二人で堂々と歩ける。
やっぱりどこか、川や丘を3人で歩いたりした時と同じ気分にはならない。
「にいちゃん、恋人と一緒に見ないかい」
芝居小屋のサンドイッチマンが声をかける。
少し妖しげな看板なのでユーリスはそこを通りすぎたが、セシリアはつい振り向いてその男を見つめた。
「どうかしたんですか?」
「あ、いいえ? ああいうの、めずらしくて」
(恋人と言われて嬉しくて、なんてはしゃぎすぎかなぁ)
まだ夢を見ているような気分になる。
本当の自由があるなんて思ってもみなかった。
それを、ほかでもないユーリスが与えてくれることになるとは。
世界が鮮やかに思え始めた。
美しいものを今まで以上に美しいと思える。
なによりも、人を愛せることがこんなにも幸せなことだなんて思わなかった。
苦しいだけだと思っていた。
(この人を好きでいてもいいなんて……)
こんな嬉しいことはない。
夏が来れば新しい地へ旅立つ。
望んでいた世界へ。
早く夏がこないだろうか。
数年前を思い出す。
あの頃も夏が早くこないかと望んでいた。ユーリスが帰ってくる夏を。
(あと3ヶ月か…)
数字にして、改めてまだまだ先だなあ、と感じてしまった。
「先生は本当、好奇心の固まりですよね。だから新大陸の話はきっと喜んでくれると思ったけど」
春の花が咲き乱れる庭園で、ユーリスは笑った。
疲れなんて感じさせず、楽しそうにしている様子に目を細めている。
その通りなので少し恥じらうようにしてセシリアも笑いかえした。
「はしゃぎすぎてました? でもしょうがないです、うれしくて」
セシリアは向こうに行けば働こうと決めていた。
ユーリスの師、ダティラーが助看護の仕事を紹介してくれるという。
次の休日、そのダティラーを訪ねることになっている。
ユーリスは最初は反対した。
新大陸の通貨はまだこの国より価値が低い上に物価が安いので、ユーリスが助手の手伝いをして得ていた金でも何年かは賄えるらしい。
それに対しセシリアが、
「働くというより勉強です。私、好奇心が強いですから」
と答え、その言葉にユーリスは笑って折れたのである。
いつのまにか夕闇が迫り、時間の流れがあっという間に感じてしまう。
王都を流れる河を眺めながら2人は帰路をゆっくり歩いた。
「楽しかったです。私、あまり出歩かないようにしてましたから」
「どうしてですか?」
「…『神の花嫁』がなにか間違いを犯してはいけないと思いましたし」
「……これからもそうしてほしいな。僕以外の時は。それに…周囲に変な人はいませんか?」
そこでクローディアから聞いた話が頭にすぐ浮かぶ。
自分を誰かが捜しているかもしれない話。
あれはユーリスも含まれていたのだろうか。
そう考えると少し心が波立った。




