45 再会
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その後ろ姿に懐かしさがこみ上げたが、それ以上に幻でも見始めたと自分の目を疑う。
黒い冬用のコートはしかし、記憶にない服装。
じゃあ本物…?でもどうして…?
そんなことを考えているとユーリスが人の気配を感じて振り向いた。
その目は一瞬だけ驚き、すぐに射るように見つめてきた。
慌ててセシリアは身を翻してそこから逃げ出した。
わけが分からない。
「待って、先生!」
ユーリスが後ろから呼びかけている。
私はまたなにかしでかしてしまったのか?
玄関のドアを引いたが、上から伸びてきた手でそれはすぐに閉められた。
出て行こうとしたセシリアの体は、ユーリスのもう一方の腕が抱えるようにしてドアから引き離した。
そのまま後ろへ引き寄せられる。
自分の体がユーリスのコートに包まれた状態になり、それでも逃げようともがく。
「…逃げないで。頼むから」
耳元にかすれた声が吐息とともにかかってセシリアはびくりとした。
自分を後ろから抱きかかえる腕にさらに力が入る。
「ずっとあなたの事を探していたんです。…やっと会えた」
「どうして…?」
「憎まれようとしても無駄ですよ、先生。そうあなたも言ったじゃないですか」
たしかにそんなことを言ったことがあった。
あれはユーリスが辛辣な言葉でセシリアから憎まれようとした時だ。
すぐに夏のあの日の記憶が感覚までもあの頃に戻す。
「あの時頭が冷えると何かおかしい気がして、戻ってみたけどあなたはもういなかった。
門番から話を聞いて、あなたが大学に来た理由を知ったんです」
そこから牛乳屋の男を捜す。
名前は門番が知っており、卸店の方へ直接住所を聞いて、向かった先には二人の子供と夫婦の家族。
彼らに問いただす。
セシリア・ユイロッサという女性を知っているはずだ、と。
だが彼らは知らない、と通した。
そう口にする夫婦は二人とも青ざめていた。
「奥さんがはめている指輪、気づきませんでしたか?あれはデザインは違っても石があなたのと対になっている三つの紫水晶です。それはあなたの地方での結婚指輪に施すしきたりです。王都ではまずいません」
気づかなかった。
子供達にしか目がいってなかった。
それからユーリスはセシリアの口ぶりから父と会ったのだろうと思い、ルーシー・アンへ密かに手紙を出した。
それであの日の前々日、晩餐でなにがあったかを知った。
ソネンフェルド伯爵家へよこしたのも父だと知ると、すぐにすべてを理解した。
3ヶ月過ぎた頃、ライベッカ伯宛に届いたセシリアの父の手紙を見つける。
それは娘の事で問い合わた手紙だった。
まだ王都にいるかもしれないと、諦めきれずにいた。
「父が酷いことを…」
「いえ、それは過ぎたことです、お気になさらないで下さい。ですから…」
「ずっとあなたに会いたかったんです」
ユーリスの顔が肩に埋まる。熱が伝わり、鼓動が早まる。
胸が苦しいのは強く締め付ける彼の腕のせいにしたかった。
何かの感情が溢れかえって、それが嬉しさだと認めるわけにはいかなかった。
「……やめてください…今更どうにも…」
「あなたは『神の花嫁』なんかじゃなかった。彼が生きていた事にどんなに感謝したか分かりますか?」
「だけど、あの家族に…」
「世間の証明が必要なんですか?神が真実をご存じならそれが全てではないですか?
僕があなたをあきらめたのは神に従ったためで人間のためじゃない。神のものであるあなたを汚したくなかった為だ」
抱きしめている腕に涙が当たるのを感じて、ユーリスはセシリアの体を向かい合わせた。
伏せようとした顔を両手で上に向けられ、ユーリスの瞳にとらわれる。
「あなたを愛しています」
ああ、駄目だとセシリアは自分を手放した。
その言葉がこんなにも欲しかったのかと思う。
何か言おうと声を出す前に唇が塞がれた。
以前かわしたものとは違い性急で、全てを覆い尽くすような勢いだった。
すぐに深くなった口づけに次第に息苦しくなり、身をよじると今更逃がさないとばかりに体を強く抱き込まれた。
体の熱が上がっていく。
何度も角度を変えて繰り返され、意識が遠ざかりそうだった。
自分の中にこんな熱があったことを今初めて知り、ユーリスにこんな荒々しさがあることを知り、それに対してなすすべがない。
抱え込まれた腕に背中を預け、飲まれて抗えない感覚に、されるがままになるしかなかった。




