44 静か
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翌日。
「わ、私は行きません…」
「そんなこといってもねえ、お返事は早い方がいいしねえ。私はこれから奥様方とお茶会だし…」
「んだよおまえ。せっかくキレーなトコ見せてやるっつってんだろうが。宮殿だぞ宮殿…みたいなとこだぞ」
ダティラー卿の元へは使いなどではなく自分で直接行って断りをいれる、そういう論理でジルは王立医師団のあるエトナ宮へ向かうことにしていた。
ついでにセシリアもついてこいと誘うのだが……
怖い。自分の意味の分からない巡り合わせ率は高い。
(ユーリス様…)
ようやく思い出す事が少なくなったというのに王立医師団という言葉を聞いてからまた思い出していた。
「医学部の学生さんもいるんですか…?」
「剖検がエトナ宮で大々的に行われているからな。その講義に当たっていれば」
「行きません。解剖こわいです」
「ああん? まだそんなこと言ってんのか。そうかい。土産はないからな。一人で寂しく行ってくるよ」
子供だ…と女二人はぷりぷり出て行く巨体の後ろ姿を見て思った。
「まったくだだっ子なんだから。そこが好きなんだけど」
そんなエレンディラをセシリアはふふっと笑って見つめた。
エレンディラも出て行き、一人になって掃除をする。
それを終え、書庫からジルの本を借り、ゆったりと時間を過ごす。
久しぶりに一人で過ごす時間。
そうなると思い出すのはあの屋敷で過ごした時間。
ルーシー・アンと過ごした授業、夏の日々、花畑、手入れのされた庭、森。
それに夕暮れの池。
必死でその思い出を打ち消す。
(未練たらしいのね私。もう、いいかげんにしたい…)
なんだか本の内容が頭に入らない。
いつもと違って静かすぎるからだろうか?
静かなのは嫌いじゃなかったはずなのに。
(さみしいのかな、私)
自分が欲張りになってしまったと感じる。
患者たちや医師夫妻、みんなセシリアによくしてくれる。
笑いあったり、たあいのないことで一喜一憂したりが幸せなはずだ。
だけど……。
仲のいいジル夫妻、近所中を駆け回る親子、最後には家族の元へ帰っていったあの娘。
皆、互いに繋がりをもった人がいる。
自分はそれを作れないことが思い知らされていた。
(さみしいんだな、うん)
その心を認めなければよかった。
さみしさが溢れてならない。
(こんな時は……)
ロニーの所にでも遊びにいこう。
彼がいなかったら仲良くなった花屋のアリスの所にでもいこう。
そう思い立ち、出掛ける支度をした。
支度がととのい、階段を数段下りたところで、玄関が開く音が聞こえた。
二人のどちらかが帰ってきたのだろうと階下へ向かったが、足音が違うことに気づいた。
(…さっき掃除の時ドアを開けて、鍵をしめていなかったのかしら私…)
勘違いした患者だとすれば、いや休診の札は出してある。
階段から下を覗いたがホールには誰もいない。その代わり奥の部屋から影が伸びている。
あちこちを歩いているが、物に触れる様子はない。泥棒ではないのか、と少しずつ音を立てないようにして奥の部屋を覗く。
更に奥に歩いていく影を追って部屋に入り、セシリアは目を疑った。
ユーリスがそこにいた。




