43 誘い
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来客が帰ったあとのジルは考え事をしていた。
エレンディラが帰ってくると、なぜかセシリアも交えてダティラー卿の話をした。
「ダティラー卿に、助手として誘われてな」
「まあ…!」
エレンディラが声をあげた。
あの紳士はジルの師でもあった。
さまざまな分野の研究をし、医界の重鎮でもある。
王立医師団に席を置く子爵様という立場に括らず、身分に関係なく優秀な者を弟子にとり、育てている。
そして今度新しい地に行くことで信用に足る弟子を連れて行きたいという。
セシリアには少し複雑だった。
うさんくさい外科医に分類されるかと思いきや、師があんな立派な紳士だなんて。
しかもジルは信用度が高い…?
「先生はもしや、ご立派な腕をお持ちなんじゃないんですか……?」
おそるおそる聞いてみると、エレンディラが高らかに笑った。
ジルはむっすりとしてそっぽを向いている。
エレンディラは笑いをおさめて説明した。
「ええ、そうねえ。外科の腕は誰もが認めると思うわぁ。天才だってもてはやされたくらいよぉ」
「本当ですか!?」
「それに、たしかにダティラー卿の元で内科も学んだのだけれどねぇ」
「……俺がパープーだったんだ」
解剖学はよくても病理学がまるでダメだった。
「どこになにがあってどうなるかはまだしも、病原は成長して別のものになるからわけが分からなくなる。で、何度かキレて……」
研究室立ち入り禁止となったという。
今歳を重ねてこれでも落ち着いた方なのだろう。若い頃はどれだけ暴れたのか。
「まあ、その他にもいろいろな。卿には色々と迷惑をかけたもんだ」
それでも声をかけてくれるのだから実力(外科に限る)がしっかりと認められているということだ。
「実入りも跳ね上がるが…」
「そうね…!」
「敬愛する師の要望だが…」
「そうよ…!」
「俺はここを離れたくない」
「………………ジル!!」
エレンディラがジルに抱きつく。
「それでこそあなたよ!そうよ私たちはここが一番性にあっているわ!もう、あなた大好き!」
いちゃいちゃが始まり話は終わりそうなのでセシリアはそろそろとそこから立ち上がった。
立ち去るセシリアの後ろ姿をみてジルはつぶやいた。
「ここが一番性に合ってるは同意だが……あいつはどうなんだかな」
「え?」
いちゃつきをやめてエレンディラは夫の顔を覗き込んだ。
「セシリアは性に合ってると思うか? ここが」
「合ってるわよ。最近のあの子、ここに来たばかりのころと違ってよく笑うようになったじゃない。それに顔色もよくなったし、健康的になったわよ」
「まあ、そうだが……。一人で外出できんだろ、こんな場所じゃ。変なやからが多いからな」
「それはそうね。私みたいになぎとばせたらいいんだけど……」
セシリアは外でもめ事を作りたくない、と最近はあまり外出しない。
せいぜいがエレンディラの買い出しに付き合うくらいだが、それも週に1度くらいだ。
「変な男の人に出会ったりしたくないですから」
そう言って空いた時間はエレンディラの薬品作りの手伝いをしている。
この間、夕方すぎに通りに出ただけで男に絡まれたとクローディアが教えてくれた事例もあることだし、それがいいだろうとジルも同意した。
(ただなあ……)
やはりこの通りに住むのは不自由すぎるだろうに。
これでは、3階と一階と裏庭しか世界がない。
なんかしてやるべきかな、とジルはめずらしく真剣にセシリアの先を案じた。




