42 親子げんか
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「医師、珍しいもの食べていますね」
ぼろぼろと机の上にこぼされるカップケーキのカスを横から手を伸ばして拭きながら尋ねる。
ここに来て半年。
今ではいらいらする気もすっかり失せ、悲しいが慣れてきた。
大きな赤ちゃんだと思えばいい。
「んあ。きのうの患者、オックスくんだっけ?甘いものが好きなんじゃないかって置いていった。
評判の店のだってさ。甘えなあ」
「お茶いれますよ。医師は人気者ですね。この間はクッキー頂いてましたし」
「若い男どもに尊敬されているのさ俺は」
「いいですね、尊敬されるって…ん?」
煎れたお茶をテーブルに置いてふと目にしたのは、菓子の箱についたカード。
『セシリアさんへ』
と書かれている。
「…あの、医師?」
「ありゃ、そんなもんあったのか。まあいいだろ。弟子のものは師のもの。師のものは師のもの、もぐ」
けろりとして言ってのけるジルにセシリアは青ざめていった。
「わわわたしにですよねこれ…」
「んあ?なんだ男とつきあいたいのか?既婚者のくせに。なまいきだぞ、お前もっと目立つ指輪…」
「ではなくて、私、さっき会ったのにこれじゃ貰っておいて全無視の酷い人間じゃないですか!男だの女だのの前に礼儀がない最低な人間ですよ私!」
「でもあのクッキーの奴も普通だったろ?ほれ、あのなんだっけエイブとかいう奴。まあ、心で泣いているかもしれんがな、かっかっかっ。だいたいおまえ感謝しろよ。俺が食い止めてやってるんだろうがおかしな男が寄りつかないようによ。」
「あのクッキーもなんですか!? 先生が先週食べてた!?
えっと、食い止めるとかいうならどうして医師が貰っているんです? はじめから貰うべきじゃないでしょう?そういうのは」
「だから俺が食っておまえにいかないように止めて…」
「へりくつ言わないでください、食べたかっただけなんでしょうそうなんでしょう? もう! 医師のバカ!」
「バカ!?バカって言ったなてめえ! 弟子のくせに破門だ!」
「弟子ではなくてお手伝いです! いえ乳母ですよこうなったら!」
「ああんどういう意味だ!」
その時扉が開いて身なりのいい紳士が呆れ顔で入ってきた。
「…なんだね、親子げんかかね。外まで聞こえておるぞ、みっともない」
セシリアは恥ずかしさと自分のはしたなさに赤くなったり青くなったりしたが、ジルは青一色だった。
「…ダティラー卿!?わざわざこんなところに…」
医師がきちんといすまいを正し、礼をとるのをセシリアは初めて見た。
ダティラー卿、と呼ばれた男はまったりとソファに腰掛け微笑んだ。セシリアは慌ててお茶を入れに動いた。
そのあとは休診の札を下ろし、席を外した。
医師たちはしばらく話し込んでいて、日が暮れるころに来客は帰り支度を始めた。
ダティラー卿は帰る際、セシリアに
「父親を困らせるのも娘の仕事だ。あいつにお灸を据えておきなさい」
と言い残して去っていった。
すっかり親子と勘違いされている。
まさか似てるのかしらと、ヒゲもじゃの顔やあの性格を思い戦慄していると、否定するきっかけを逃しそのまま卿を見送ってしまった。




