41 違う種類のケーキ
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数日後。
いつもと違って胸元がきっかりフリルで覆われたドレスと、帽子姿のクローディアが診療所に現れた。
手にはトランクがあった。
いつもの派手な色に肩が大きく開いたドレスの娼婦姿ではない。化粧もほぼない。
普通の娘姿にジルは目を丸くした。
「せんせー、セシリアは?」
「今うちのもんと出掛けてるが……なんだ? なんの仮装だ?」
「うっさいな。せっかくお別れの挨拶にきてやったってのに。そっか、いないのか」
「お別れ?」
「うん。田舎に帰ることにしたんだ。オヤジの良さが分かったっていうかさ。
いままでも帰ろっかなーとは思ってたけどきっかけなくって、こないだちょっとふんぎりついたっていうか。
せんせーにも礼言っとくよ。色々ありがと。世話になった。二人目のオヤジみたいで楽しかったよ」
突然素直に感謝をされ、ジルは口を開けて呆けた。
それを見てクローディアはにっと笑ってみせた。
「ま、それはともかく。せんせー、セシリアのこと頼むよ。あの娘さあ、あたしより年上だと思うけど危なっかしくて心配なんだよねー。こないだもオトコにからまれてたし」
「!? なんだと?」
「娼婦と間違えたふりして近寄ってきたそうだよ。 あの娘さ、ああして地味にしてるけどやっぱオトコからすりゃぱくっと食べたくなるトコあんじゃん」
「そうなのか!? ぽやんとしてそうだからか!?」
「ケダモノにはわかんないの? あ、そっか。せんせーは大柄女じゃなきゃ反応しないもんね」
その言い方はどうかと思うが、確かにジルには標準~小柄サイズの女性はただの小動物かほんの子供にしか見えない。
セシリアもクローディアも例外ではない。
ふっくらした少し背が高いエレンディラくらいでないと女として認めていない。
「あの娘、私たちとは違うでしょ。こんな小汚い通りに住んで、地味にしたって、かえって目立つんじゃない?
なんてーの? フルーツケーキの中に一つ真っ白クリームのケーキがいるみたいな。こんなトコにいていい娘じゃないよね本当は」
「…………」
ジルは考え込んだ。
確かにセシリアはきちんと教育された知識のある娘であり、大事に育てられたのではないだろうか。
「ま、彼女もあたしみたいに大変だったしね。だからせんせーきちんと守ってやりなよ?」
「ったく。娘は嫁に出したはずなのに次々増えやがる気分だ」
「あはは。じゃ、元気でね、せんせー」
元娼婦は昔の素朴な笑顔を取り戻して、故郷へ帰っていった。
「そうですか……お会いしたかったです……」
帰ってきてからジルに聞かされて、セシリアは淋しげに肩を落とした。
せっかく仲良くなれたのに。
「お前に感謝してたぞ。あとこれはあいつからの餞別だ」
ジルから渡された、少し大きめの袋の中を見て驚いた。
若草色に、レースがカフスとカラーに施されたドレスだった。
スカートのすそには濃緑で雛菊が刺繍されてあり、少しばかりの華やかさがある。
街着にはぴったりである。
「クローディアさんたら……!」
「もらっとけもらっとけ。太っちまって入らないそうだ」
「あらすてきね! あの子分かってるじゃないの、セシリアに似合いそうなのが」
「そ…そうですか……? あの、私には派手じゃ……」
「どこが! もうちょっとレースがあってもいいくらいなのに!」
派手すぎず地味すぎずでちょうどいいじゃない、とエレンディラは言うが、セシリアにはこれを着て歩く勇気がない。
「ねえ、少しだけ着てみなさいな。いまだけよ」
そう請われて着てみると、クローディアは手を叩いて褒めてくれた。
まるでセシリアにあわせて仕立てられたようにちょうどよい着心地だ。
が、ジルは思いきり眉間に皺をよせていた。
「だめだだめだ! それを着ての外出は禁止だ! 仕事着にしろ!」
ジルの発言に女性2人は、「はあ!?」と声を上げた。
さすがにセシリアはすぐに反論した。
「大事な頂き物を汚せというんですか!? いくら先生でも聞けません! 酷すぎます!」
「んだとコラァ! 口答えするのか俺に!」
「します! 先生は燕尾服で手術しろといわれてできますか!?」
「そんな安物と燕尾服を一緒にするな! とにかく禁止だ禁止! わかったなコラァ!」
「聞けません!」
「じゃあこの服は俺が没収だ!」
「そんな!」
「ねえ、あなた」
にこにことエレンディラがジルの前に立ちはだかった。
「何だ!?」
「クローディアさんのツケ、どうしたのかしら?もちろん頂いたわよね?」
はっ、と、ジルは息を詰め、その場に崩れた。
「……忘れてた……」
「まあ。忘れてた。忘れていたの。あらあらあらあら」
エレンディラの冷たい冷気に当てられ、ジルはそれ以上セシリアを相手にしている場合ではなくなった。
そんなこんなでせっかくのドレスはうやむやのまま、外出着にも仕事着にもならず、クローゼットに仕舞われるだけとなった。
セシリアはジルの横暴が理解できずにいたが、エレンディラは分かっているようで、
「こういう時の口は働かないんだからねえ、あの人ったら」
と笑っていた。




