38 さまざまな原因
「どうして自分の子供を痛めつけるのかしらね……。たまにいるのよ、患者に」
しばらくしてからエレンディラがつぶやく。
セシリアは自分の心を見抜かれたようでどきりとした。
エレンディラは作業の手が休まることなく、なにげないそぶりの口調なので、話の流れで出た疑問なのだろう。
「なぜなんでしょうね……」
父の心の内など分からない。
「様々原因があるんでしょうね。ロニーの母親だって、最初はよく可愛がっていたのよ。だけど旦那さんが女を作って姿を消してからおかしくなっていったわね。
一度問いつめた事があったの。そしたらこう言ってたわ。
『自分の母親も小さい頃私をよく殴った。ああはなりたくないと思っていたのに、だんだんロニーが憎くてたまらなくなった』って」
「子に、伝わっていくという事ですか……?」
ぞっとする。
そんなものが親から受け継がれるなんて。
「もちろんみんなそうなるわけないわよ。向かいのエノルさんちだって、息子さん、エノルさんにさんざんムチでお尻叩きされて育ったけどあんなに立派な一家の長になってるじゃない。
ジルは、『誰にも頼らず一人で育てようとするからだ。母親は子からの愛情だけでなく他人からの愛情も必要になる。旦那からの愛情がないのも原因になる』と言うけど。
でも誰だって好きで一人で育てようとするわけじゃないんだしね。バカ親はともかく。
どうすれば、何がいいのか、なんて正解どおりに生きようとしてもできない人間が多いものね。この界隈は」
その言葉はやるせない気持ちになる。
じゃあ、とセシリアは今聞いてもらいたいことを口にした。
「社会的にも立派な立場なのに、子供が悲しめばいいと思っている親は……どうして存在するんでしょう」
ばさり、と音がしてエレンディラの手にしていた洗濯物が落ちた。
彼女はセシリアの肩をがしりと掴み、涙を浮かべている。
あ、勘違いされてる?
「い、いえ、私じゃなくて知り合いです。暴力はないんですけど、息子の同級生を使っていじめをさせたり、遠ざけたり、子供のうちから厳しい学校に入れたり……」
「あら、いじめはおかしいけど、厳しい学校に入れるのは別に問題ないんじゃないの?」
確かにあの父親のしていることは社会的に見れば立派に子供を育てている事になる。
だがセシリアには何かおかしな気がしていた。
あの父親にはなにか、異質なものを感じる。
それをうまく伝えるのがむずかしい。
「社会的地位がある人間だからこその……目に見えない、精神的虐待というんでしょうか……」
「そうね。親がいじめの首謀者って子供には酷よね。なんだかその親が子供みたいね」
それなのだ。
異質なものはそれだと気づいた。
気にくわない奴が泣けばいい、つらい思いをさせたい。
大人(世間)にはバレないように。
イアンからあんな事をされ、そんな子供っぽいいびつな感情があの父親から感じた。
まるで人の親ではなく、イアンと同類のようだ。
「それじゃお子さん大丈夫なの? そんな風にされたらどこか歪んでしまうんじゃないのかしら。他人を大事にできなくなるわよ。一番信じなきゃいけない人間がそれじゃ。暴力と変わりないわよ」
人ごとではないように心配顔になるエレンディラだが、セシリアは不思議に思った。
「……一番は別にいるとしたら大丈夫なんでしょうか」
「そうねえ。片親がそんなでももう片親の愛情があれば立派に育つものだしねえ」
あの人はイアンや、あんな父親が昔からいても歪んでいない。
むしろ逆のような気がする。
ルーシー・アンがいたからだろうか。
彼女が心の支えだったのだろう。
それだけではない、別の理由もあることを、セシリアはのちに聞かされる。




