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落 陽  作者: nonono
第三部 冬
35/78

35 むかむか、ふらふら

※痛々しい表現があります。

 規約に引っかからない医療表現ですが、人によっては気分が悪くなる可能性があります。

「いたいよーいたいー!いたー!」

 大の男が小さな子供みたいに泣きわめく。手術台に運ばれ、知人も家族もいなくなると虚勢が消えてしまうのだろう。

「おい!セシリアとやら!受け箱におがくずはいってねえぞ!包帯たりねえぞ!」

「は、はいっ」

 仕事中、鉈で太股を深く切ってしまった男は暴れる体をジルによって押さえつけられ、セシリアが指示通り革バンドで台に縛り付ける。

「おまえは払いが悪いから麻酔はなしでいいよな。あれ高いし」

「いや払う払います!たすけて!」

 懇願されてようやくジルは麻酔になる麻薬を吸わせる。

 セシリアは手元がよく見えるようにする手助けで、燭台を傍で掲げていた。おかげで施術の様をじっくり見る羽目になった。

 最初は目をさすがに反らしたくなる光景だったが、縫合の手際の良さには感心する。

 縫合された経験者としては息をのんだ。

 しかも目立たなく綺麗なものだ。

(この人に施術されていたら私の背中ももう少し目立たなかったかも…)

 背中のムチの跡は時に肉を深くえぐり、一度縫合が必要になった。

 縫合前の処置が悪かったのもあり、縫い跡が盛り上がって目立つ箇所がある。

「麻酔を少量で済ますために、を心がけていたら自然に手つきが早くなったのさ」

 そういうジルを尊敬しながらも、手術を見て意外と大丈夫だった自分にほっとする。


 が、手術患者は毎日のように来た。

 工場が近くにあるためか、機械の扱いで重傷を負ったり、大やけどをしたり。

 街頭に立つ娼婦が男に暴力を振るわれて運ばれたり。

 様々な怪我人が運ばれてくる。

 さすがに胸がムカムカしてきた。


「おいこら!どこいく!」 

 ジルに怒鳴られても構わず手術室から飛び出してトイレへ駆け込んだ。


「……すいません……もう大丈夫です……」

「……」

 戻ってきたセシリアを怒鳴ろうと待ちかまえていたジルだが、とりあえず手術に没頭した。

 意外にも早々に帰ってきたので出血や麻酔の時間に影響はない。

 だがたまに燭台の炎がふらふらするセシリアに合わせてゆれる。

「しっかり持たねえかコラァ!」

「は……はい………」



「気絶しないだけまだ見所あるわよ!」

 エレンディラが励ましジルがふん、と笑った。

 彼はセシリアが最近食欲が落ちてきているのを知っている。

「気絶はなくても一歩手前です……」

「慣れよ慣れ。それしかないの。大丈ー夫、あなた見込みあるわよ」

 そして室内の清掃と消毒。

 ジルは基本ものを片づけない男だった。。

 朝片づけた机の上は一時間もせず、荒らし放題、薬品の瓶は元の位置に戻さない、使った布はその辺に置く。

 片づけたそばで散らかされ、さすがのセシリアでもイラッとし始めた。

 そのくせ、

「病院は清潔が第一だ。不潔は感染症の元だ。いいか、少しでも拭きのこしがあってみろ、たたき出すからな!」

 不潔の原因が吠える。

「もうね、今まで私がこの人といつも一緒にいたくてずっとくっついて拭いてたの~でも最近つかれちゃって~」

「おいおい倦怠期かあ~はっはっは」

 ああ見えて奥さんに愛情たっぷりなところは素敵だなあ、とは思うけど。 


 仕事が終わると病院の3階にある部屋に戻る。

 医師夫妻の嫁いだ娘さんが使っていた部屋だそうで居心地がいい。

 娘さんがいなくなったので薬品に使うハーブを乾燥させる部屋にしていた為、匂いが少し染みついているがそれが毎夜リラックスさせてくれる。

 忙しい事はありがたかった。何もかも忘れてくれる。

 その日その時間のことだけにかまけていられる時間がとてもありがたい。

 そう感じながら、夢も見ない深い眠りにつくのだった。



なるべくこういった怪我の表現は控えたかったのですが、今後の話の都合上、どうしても必要な為今回だけ入れさせていただきました。

ご了承下さい。

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