34 新しい縁
「女があんな仕事できるか!!」
エレンディラの夫、ジルは熊のようにのっそりと大きくヒゲだらけの男だった。
大声で言われセシリアは少し萎縮したが、同じように体の大きい父の冷酷さに比べれば感情がストレートなジルの方がまだましだった。
だがエレンディラはまったく負けていない。
「読み書きができるから問診書の整理が頼めるわよ。私は無理だし、あなたいつになったら整理する気?」
「う……」
「室内の清掃はどうするの?あなたに耐えられる殿方はいらっしゃるかしら」
「ぐ……」
助手を付けても、ほとんど室内の清掃に仕事を費やされ、
「僕は掃除婦ではない!!」
と辞められるのが常らしい。
男の身で掃除をするのはそれはごめんこうむりたいものなのだろう。
小間使い女を雇おうにもこの時代、女性の識字率は低い。
「最近は看護学校もできているからそちらから求人は…?」
こそりとセシリアはエレンディラにたずねた。
「ああいうやからは大病院へ行くし、給料が高くつくのよ。もちろんあなた血は大丈夫よね?」
「血…」
「ここは外科の仕事がほとんどだからな。流血沙汰の患者が多い。暴れるし、グロいぞ」
ふん、と大男は鼻で笑う。
「あら、医師見習いのぼんぼんなんか血を見たことがない連中だらけじゃない。何度ぶっ倒れたかしら。それに比べ女性はしょっちゅう見ているのだから。ね?」
「え、ええ。はい、大丈夫です!」
多少(?)のことで仕事と住居をのがすわけにはいかないと強がってみせる。
ジルはうなり声をしばらく上げていたが、観念したようにセシリアを見下ろした。
「しょうがない、見習い期間を1ヶ月もうけてやる。駄目なようだったら即追い出すからな」
そう言って奥へ引っ込むジルを見送りながらエレンディラとセシリアは手をとりあって喜んだ。
「エレンディラさん、本当にありがとうございます!なんて感謝していいのか…」
「いいのよ。がんばってちょうだいね」
「はい…でもこんなにしてもらっていいんですか?私まるっきりの素人なのに…」
少しエレンディラの顔がすまなそうになった。
「ごめんなさい。私あなたの背中、見てしまったの。それでこれは何か大変なことがあったのねって…安い同情心よ。安心して。誰にも言わないから」
「エレンディラさん…」
今度はセシリアがすまない気持ちになった。
「いい人なんて思っちゃだめよお?きつくて後悔するかもしれないんだから」
「そんなことしません。このご縁を大事にします」
あらあらとエレンディラは笑った。




