3 兄妹
よく晴れた日、セシリアはルーシー・アンと共に森をまったりと歩いていた。
夏に入り、日差しも強くなってきた。
敷地内の森も小径も、森番のおかげでよく手入れがされている。
危険な獣もあらかた狩り尽くされている森は鳥が平和にさえずり、女二人がのんびりと散歩できる場所である。
「先生、水浴びしてみたいな。気持ちいいのよ」
この先にある人口池を指して言っているのだろう。昔は小さな泉だったのを先代が、涸れることのない水を利用して池にした。
たぶん先代も今日のような暑い日に水浴びをしたくて作ったのだろう。
「殿方ならいいけど、貴婦人がすることじゃないわ」
セシリアの苦笑にルーシー・アンははしたない事を言ってしまったと、少ししゅんとした。
その愛らしさに負けて、
「今日は着替えの準備もなにもないもの。でも、この先もっと暑くなりそうね。そうしたら足を入れるだけでも今日より気持ちいいかもしれないわね」
と、暗に今度やりましょう、と許してしまった。
とたんにルーシー・アンはぱっとひまわりのように笑顔になり、セシリアの足に抱きついた。
「先生大好き!」
本当に可愛い子だな、とセシリアは胸が熱くなった。こんな感情、あの町にいたら体験できなかった。
牧師の娘だということで、町の子は親たちに「そそうをしたらいかん」ときつく言われ、いつも他人行儀な態度だった。
同い年の女の子ですらそうだった。
あとで知ったが、仲良くしていた女の子の親に父が、
「不埒なことを教えるな。あなた方は何の宣教師になったつもりだ」
と告げたという。
不埒なことなどあるわけがない。普通の子のように普通におしゃべりをして笑いあっただけだ。
父には女が笑いあっておしゃべりする姿がおぞましいのだ。
楽しく話し合う女たちは下卑た悪魔の宴となんら変わりないと言う。
結局セシリアは友人をなくし、新しい友人を作ることは出来なくなった。
「あら?」
池の縁に人影がある。森番や下男でもない。
水面に反射する光が逆行になってよく見えないが女性ではない。
ぱしゃんと水音。
「あ、もしかして…」
ルーシー・アンが笑みをこぼし、駆けだした。
「ユーリス兄様!」
その声に人影が振り向いた。その顔を見てセシリアはつい感嘆した。
ルーシー・アンに似て整った顔立ちを持つ少年だった。
「ルーか。相変わらずおてんばだなあ」
「お兄様いつ帰ってらしたの!?」
胸に駆け込んできた少女を抱き上げて少年は笑った。
水面の光は兄妹の白金の髪を乱反射させ、セシリアはそのまぶしさに眼を細めた。
たしかパブリックスクールに入っている3つ上の兄がいるとグレイスが話していたのを思い出す。
ユーリスはセシリアに気づくとルーシー・アンが初めて会った時そうしたように微笑んだ。
あわててセシリアは礼を取り名乗る。
「ルーシー・アンお嬢様の教師を務めさせております、セシリア・ユイロッサと申します」
「ユーリスです。妹が御苦労かけますがどうか見捨てないでやっていただけますか?」
「お兄様ひどい!私だって日々貴婦人になってるのよ!先生だっていつも褒めてくださるもの!」
いつもと違って勝ち気そうなルーシー・アンと、その表情が面白くて楽しげに笑うユーリスにセシリアは兄妹っていいなと微笑んだ。
夏期休暇で帰ってきたユーリスに、屋敷の者は皆喜んだ。
少しでも賑やかな方が彼らも嬉しいらしい。その日の晩餐はいつもより豪勢なものだった。
なによりもルーシー・アンの嬉しそうな明るい顔は皆を楽しませてくれる。
セシリアはいつもルーシー・アンと食事と共にしていたが、今日はユーリスと水入らずにしようと食事を辞退した。
が、ユーリスの方が「いない間のルーの猫かぶりな話が聞きたいんですよ」と誘い、共にすることにした。
ルーシー・アンはユーリスの物言いに少しふくれてみたりしてそんな顔も可愛い。はしたない、と注意するのをつい忘れてしまう。
食事は楽しいものだった。
一人増えただけでこんなに笑いあえるものかしら、と驚く。
ルーシー・アンと二人だけでも楽しいものだが、また違う面白さがあった。
二人の兄妹は本当に気を許しあって、見ていて暖かくなる。
ユーリスは13才だという割に話術がうまかった。セシリアに話題を振るタイミングや飽きのこない内容を話せることに、都会育ちはちがうのね、と感心する。
なのにルーシー・アン相手には子供っぽさを見せつけたりして、妹の様々な感情を引き出してみせた。