28 追跡
人混みは慣れていなく、何度か何かにぶつかり、怒鳴られながらも追いかけた。
見失いそうになったが、道は朝の混雑で馬車が何度か止まる羽目になっていた。もう少しで追いつく、という所で転んでしまったが、また立ち上がって走った。
(生きて…生きていたの…!?ならどうして…)
町に帰ってこないのだ。
だが以前聞いたことがある。戦争の負傷により過去の記憶を失ってしまい、まったく別の土地で別人として生きていた元兵士の話。
彼もそうなのだろうか。
なんの巡り合わせだろう。昨日、あそこをとび出して、鉄道が止まらなければ見かけることはなかった。
(神が導いたのかしら…)
そう思ってしまう。
だめだ。追いつかない。
きょろきょろして、馬車の前でお金のやりとりをしている男達に目がいく。
「すみません!乗せて下さい!」
牛乳配達の馬車を追ってくれと言われた御者は眉間の皺を思い切り寄せてみせたが、セシリアが2,3枚の札を渡すと
「乗りな!お嬢ちゃん!」
といなせになった。
…やっぱり自分はお嬢ちゃんな見かけなのか?
馬車はひたすら走っていく。
随分走るな、と窓の外を見ると、既に王都を抜けている。
牛乳屋がどこまでいくのだろう。配達範囲というものはないのか?
そうこうしていると再び街に入った。
王都とはまた違う雰囲気の街である。大きな建物ばかりが建ち並ぶ通りもあったり、商店街もあるがそんなにごちゃごちゃしていない。綺麗な街だ。
馬車が止まった。
「馬車ごとここに入っていったぜ、お嬢ちゃん!」
「ありがとうございます!」
急いで飛び降りて言われた場所に飛び込む。
門がある。
その向こうに臨むと広大な芝生の敷地に、古い造りの大きな建物がいくつか見える。
教会だろうか?なんの建物かなど気にはしていなかった。入ろうとしたとき、
「あなた関係者?違うだろ?」
門番が止めた。
「…あ、あの牛乳を積んだ人に…」
「ああ、なんだ、さっきの彼に用か。んー残念だな。この中のあちこち回るからしばらく戻らないぞ。あ、まてよ、そのまま正門から出ちまうか…」
「えっ、ここ裏口か何かなんですか?こんなに大きいのに…」
「あっはっは。そうだよ、あと三つ出口があるのさ。それにしてもなんか可愛いねえお姉さん。牛乳屋はあきらめて…」
「なーに女ひっかけてんだあ?仕事しとるのかあ?」
ぱちくりしたままのセシリアそっちのけで同僚同士でどつき合いが始まったのでセシリアはそこから離れて待とうとしたが向こうの渡り廊下にジーンが見えて思わず走り出していた。
「あ、ちょっと君!」
「いかせてやれよ。男を追ってる女を止めちゃいかん…」
仕事にだらしない二人のおかげでセシリアは中に入れたものの、直ぐに見失ってしまった。
さっき転んだ時の傷も痛む。
よく動き回る人だから、さっさと仕事をこなしているのだろう。
(どこいったのかしら…)
馬車もどこに止めたのだろう。ここの敷地は馬車道まで完備されている。
それにしてもかなり広大な敷地、もしや、ここは…
カラーン
カラーン
…神は私をどこへ導く気なのだろう。
黒いガウン姿の青年達が一斉に中から出てくる。
「あー一つ目終わったー」
「なあ今女がいなかったか?」
「…おまえ、そこまで飢えて…」
「それよりあの問題の…」
青年たちがさらにどよどよとあふれ出てきた。
セシリアはとっさに柱の影に隠れて誰にもみつかってはいない…と思うが、心臓が張り裂けそうだった。
黒いガウンは田舎者のセシリアでさえなんなのか知っていた。
神学生が故郷の教会を訪れたことがあるから。
つまりカレッジの制服だ。
ユーリスが入学した大学の街だ、ここは。
(何でこうなるの…?門番さん、ごめんなさい。勝手に入ったばちが当たりました)
泣きたくなってきた。




