23 断罪
本当の本当に目が廻るわここは…
血行がどうなっているのか、わからない。体が冷えていくのはたしかだ。
他の者達の侮蔑の目が襲う。
それを気に病むほどに意識の余裕はなかった。
ルーシー・アンがなにか叫んでいた。
「ちがうの先生!私そんなつもりでお父様にいったんじゃ…」
「黙りなさい、ルーシー・アン。お前はよく教えてくれたよ。初めてわが娘と思えた瞬間だ」
冷たい男の目が射抜いてくる。
それをただ茫然と見ているしかなかった。
「身持ちの堅い素振りが実に巧かった。あらかじめルーシー・アンから聞いていなければこの私でも本性が掴めなかったところだったよ。なあサイラス」
「いっそあのドレスどれかに着替えてた方がかわいげがあったというものですよ」
こちらを見もせず長男はつぶやいた。どうでもいい、といった表情だ。
ルーシー・アンが泣き叫ぶように告げた。
「わ、私は先生と兄様の結婚を認めさせて、お父様なら出来るって…」
「私は話をきいてやろうと言ったのだよ。認めるとは言っておらん」
少女の目からぽろぽろと涙がこぼれていた。
無垢な少女はきっと、勇気をふりしぼって、いつもあんなに怖がっている父親に頼み事をしたのだろう。
あの父親はひとまず娘を安心させて仲良く呼びつけ、その上で息子に近づいた汚らわしい女ごと、地面に叩きつけようと決めたのだ。
泣かないで下さい、私は大丈夫ですからと声をかけてあげようとしても、声が出なかった。
「『神の花嫁』と自ら口にしたな。それであなたは息子に何をした?ユーリスをどうやって誘惑した?」
「私とユーリス様の間にそのようなことはございません。今までも、これからも」
なんとか振り絞った声だが、か細くはなかった。
だが伯爵は冷たいまなざしを変えることはない。
「何も知らない、とでも?聞けばあなたはいつもルーシー・アンとユーリスの間に入っていたというな?
『神の花嫁』であるならなぜ男の前に出る?なぜ誘いに乗る?なぜ言葉を交わす?
それを名乗るのであれば修道院にでも入っていればよいであろう。あなたは口だけの、男を喰らう魔物だ」
何も言い返せなかった。
父が修道院に入るのを許さないから、僅かでも自由があってもいいと思ったから。
…すべて、言い訳でしかないのか。
父の声がする。
お前の中に魔物がいる。この魔物を出さないと。
ムチの跡が痛い。
「…申し訳…ございません…」
うつむき、神への懺悔のようにセシリアはつぶやいた。
「先生…!」
いつの間にか晩餐は終わっており、周りの席には誰もいない。
ルーシー・アンが涙を流して膝にすがりついていた。
こんな時でもその愛らしさに微笑んでしまう。
ぎゅっと抱きつかれ、愛おしさにこちらも泣きたくなる。彼女は自分を責め続けているんだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい…!私、先生とずっと一緒にいたくて…!と、父様だって分かって下さると思って…!ごめんなさい…!」
「ルーシー様…」
「私、気づいてました…。兄様が先生を好きだった事…。だって兄様、先生の事いつも見てました…先生だって…。だからお二人をどうにかしたくて、でも私にはなにもできない…から…、『神の花嫁』のこと…父様なら、なにか、できることが、あるかもって…」
泣き声はもうしゃくり声に近く、その痛ましさにセシリアはいじらしくなる。
「…いいのです。私のことなんてとるに足りません。それより私はあなたが心配でたまりません。お願いだから自分が悪いなんて思わないで下さい…それに…どうか、ルーシー様が笑ってすごせることだけが私の望みなんですから…泣かないでください…」
「わ、私のことは心配しないでください…!お嫁さんになってしまえばいいだけのことです。さっさとアーサー様のもとへいくつもりですから…!」
そう言ってルーシー・アンはようやく笑って見せた。
二人はもう一度抱きしめあった。
「…お別れですね、ルーシー様。5年間、本当に幸せでした。ルーシー様は私の太陽です。いつも暖かいきもちにさせて頂きました」
「先生…!先生!」
一旦泣きやんだ少女は再びセシリアの胸で泣き出した。
これで、ルーシー・アンとは本当にお別れになると思うとセシリアも抱きしめた腕を離しがたかった。




