ルーシー・アン (3)
だがある日から逆にユーリスが少しだけセシリアを避けているような気がした。
夕暮れの散歩を日課にしているセシリアが、靴を濡らして帰ってきた日からだと思う。
ユーリスがくれた髪飾りを亡くして池を探していたという先生がお労しくて仕方がなかったのに、ユーリスはあまりその話題にふれたがらない。
まさかユーリスは先生を嫌ってしまったのかしら。
どうして?髪飾りをなくしたから?
「先生は悪気はなかったのよ。あんなにすまなそうにしているのに…」
「?なんの話だい?」
耐えきれずユーリスに、先生を嫌わぬよう申し入れたが、ユーリスの様子は妹が突然訳の分からない事を言い出して困惑してるだけだ。
「兄様、先生を避けてるでしょ?分かっているのよ。おそばに寄ろうとしないし、手を差し伸べることもしないし…」
ユーリスは少し呆れ顔になって、すぐに笑った。
「避けてないよ。…そうだな、僕の年になるとかかる病気みたいなもの」
「なあにそれ。なんの病気?治るの?」
「治る治る。来年あたりには治ってるさきっと」
そう言って妹のおでこを軽く突いた。
これをした後のユーリスは何を聞いてものらりくらりとかわす。
…もう。病気ならますます心配なのに。
その年の秋、ルーシー・アンは初恋を知った。
物語の中やアンの話でしか知らない、甘い甘い気持ち。
土砂降りで鹿狩りを中断させ、馬車がぬかるんで帰路につけないカーライル侯爵の一行を、グレイスが仮休めの場として屋敷を提供した。
変わった采配をしているのだな、と侯爵が言うのも無理はない。
屋敷の一手を執事ではなく一介の女中頭が行うところなどそうそうないだろう。
とはいえグレイスの手腕は執事にも劣らない。
いつ呼びつけたのか来客はいつも驚くが、近くの村から男衆も手伝いに現れる。
七人ほどの来客は雨の止むまでの数日を快適に過ごすことが出来、満足して帰っていった。
その七人の中に一人だけやや小さな少年がいた。
侯爵様の一人息子、アーサーと名乗った彼は、まだセシリアくらいの背丈しかないが、今年13と言われればそうなのだろうと納得する。
栗毛の柔らかそうな髪に、笑うと垂れ下がる目尻に愛嬌があった。
気負いなく話しかけてくれる彼にルーシー・アンはろくに返事も出来なかった。
胸がどきどきしてどうにかなりそうだったからだ。
翌年、下男のゲイルを追い越しそうなユーリスにセシリアと二人で最初は驚いた。
だがセシリアもユーリスもいつもどおりに笑いあうので自分もそれに習わなきゃ、と感じた。
ユーリスはどんどん父やサイラスのように大きくなっていく。
それが少し怖くもあったが、頼もしさもあった。
確かにユーリスは去年口にしていた病気とやらはなくなっていた。以前のように何事もなくセシリアに接している。
ただ今度は…セシリアの方がおかしい気がする。
ユーリスから贈られた髪飾りをたまに見つめている。
ユーリスもよくセシリアの手を握ったり、肩に触れたりしていることが多いのは気のせいだろうか。
…兄様、先生に触れすぎじゃないかしら?
とある日に川のそばで見た光景。
ウサギとたわむれて遠くまで行き、そろそろと戻ったとき、花畑にユーリスとセシリアが見えた。
ユーリスがセシリアの髪に夏雪草を指し、何かをささやいていた。
セシリアは少し顔を赤らめてうつむこうとするがユーリスの手で顔を上げられる。
今じゃユーリスはセシリアより頭一つ分近く高くなり、セシリアは首をかなり後ろに傾けないといけないほどだ。
笑いあう二人に、
(そうか。そういうことだったのね…)
と喜びのような嬉しさのような高鳴りが胸に湧いていた。
なんて綺麗な光景なんだろう。いつまでもあのままにして何かに閉じこめておきたい。
(そうよ!二人が結婚すれば先生は本当の家族になってくれる!)
数日後、二人に結婚を勧めた。
だが、苦笑しながら自分の立場を語るセシリアと、無言のままの兄にやきもきするだけだった。
たしかに互いの立場からすれば無理な話だ。
(どうにかしてあげたい。私ばかり幸せになっても……)
自分にできることは何かないだろうか。




