ルーシー・アン (1)
門を潜りながらルーシー・アンは思う。
(なんとか先生ともっと一緒にいることができないかしら。なにか方法は…)
ルーシー・アンはセシリアと出会った時、心は不安でいっぱいだった。
以前の家庭教師のように、出来損ない、と烙印を押すのだろうか。
それとも機械仕掛けのように毎日判を押したような表情と言葉と授業内容で日々を潰していくのだろうか。
田舎に閉じこめられた世間知らずな小娘。世の中の評価はそうだということをルーシー・アンは知っている。
グレイスやアンがどんなに醜聞から守ってくれてもそれは感じてしまう。
父が連れてくる客人、冬の間父と共に屋敷にやって来る執事や数多くの女中、そしてサイラス。
影で言う者、面と向かって言う者、一番辛いのが父とサイラスの目。
邪魔でしかない、そう言っていた。
いつもいつもユーリスの元へ逃げて隠れていたのに、そのユーリスも父が全寮制の学校へ押し込んでしまったせいで、夏と冬の短い間しか会えない。
遠くから初めて見たセシリアのことは今でも忘れられない。
少しだけオレンジがかった金髪をシニヨンで一つにまとめ襟首が隠れるようにしている。黒に近い灰色の、なんの装飾もない、体の線がわからない地味なドレス。
お年を召した方がしそうな格好だ。
だから顔を見て驚いた。
今までのセシリアより若い事に驚いたが、それでもきっと例外なく、石のように冷たい人物なんだろう、そう不安になった。
なぜならセシリアには表情がなかったからだ。
なにもかも目立たぬように、陽の光に気づかれないように、意図的にそんな風にした身なりだがそれが
(この間読んだご本の挿絵みたい)
と思わせた。
せっかく綺麗な女神様のはずなのに、色が冴えなく滲みぼやけていた。
挿絵画家の手腕が酷く、華やかさが消えた絵だった。
「はじめまして、ルーシー・アン様」
目が合ったとたん、その石のような表情が崩れた。またもびっくりした。
「仲良くしましょうね」
そんなことを言ってくれた教師は初めてだった。
小さな少女は嬉しくて嬉しくて、今すぐにでも抱きつきたいくらいに喜んだ。
そんな態度をすれば今までの教師みたいに嫌われてしまう、そう思ってなんとか貴婦人の態度をこなしたが、やはり隠し切れていないのだろう、セシリアはくすくすと笑った。
その笑顔が嬉しくてもっと引き出したくてしょうがなかった。
最初の印象など夢のようで、セシリアは暖かく、優しく、そして子供のように無邪気だった。
学識はあるのに、身近なことをたまに知らない。
一緒になって「あれは何かしら」と調べることがある。そうやって二人で解決して笑い合う。
だけどけして危ない目にはあわせない。
森を歩いて、たかが子ウサギが近づいてもとっさにルーシー・アンを庇い、池であろうと小川であろうと水辺に一人で行くことを固く禁じ、教え子の行動に責任を持った。
それが、私を自分以上に気にかけてくれているのだ、と分かりルーシー・アンは初めて同性の家族を持った気持ちになった。
「どうしたのですか?ルーシー様」
夜風がうるさくて眠れない夜。
セシリアの暖かい匂いを思い出して、彼女の元を訪れてしまった。
ドア越しに現れたをセシリアを見て、一瞬他の人が現れたと思ってしまった。
髪を下ろして寝間着姿になったセシリアは別人みたいだった。
いつも結い上げている髪がとっても綺麗で、燭台の光にきらきらしている。
髪を下ろしただけなのに、こんなに変わるものなんだ。
(やっぱり先生は女神様なんだわ。輝くことが許されない、でも本当は綺麗な女神様)
その綺麗な女神様が消えてしまわないようにしっかりと抱きついた。
セシリアはあらあらと笑って、こちらが部屋を訪れた意図をすぐに理解し、招き入れてくれた。
同じベッドの中に入るとその暖かさと柔らかくなでてくれる手の感触にすぐに寝入ってしまった。
母のような、姉のような、時に親友のような、かけがえのない人になっていた。




