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落 陽  作者: nonono
第二部 秋
18/78

18 招待

5年目の夏。

その年、屋敷を訪れたのはアーサー一人である。

ルーシー・アンが16になり次第結婚という話が決まり、事実上婚約者同士となった二人は今、誰から見ても春まっさかりといった所だ。

その様子はルーシー・アンがようやく兄離れを出来た証明になった。


それでもユーリスが来ないことにたまに寂しさを漏らしていた。

「大学に進まれたのですから仕方ありませんわ。お忙しいのでしょう。それにルーシー様にはアーサー様がいますでしょう?」

「でも…」


「アーサー様、大事な教え子をよろしくお願いします。ユーリス様に二人揃って叱られないためにも」

セシリアに言われたアーサーは大きくうなづく。彼も少しずつ逞しさをみせてくれる。

「先輩の恐怖伝説に加わらないためにも頑張りますよ」

と言ってみせた。

そんな理由で頑張らないでほしいな、それにそんなに怖いのか、とは思ったものの、苦笑してルーシー・アンを託した。


そうして今年が終わればルーシー・アンとは完全にお別れになる。

夏が静かに過ぎていき、一つ、二つと減っていく「宝」の時間。

そんな秋口。

手紙が二通届いた。一つはルーシー・アンに、一つはセシリアに。

差出人はライベッカ家当主その人からだった。


ルーシー・アンの手紙の内容は、冬になる前に社交界へ出る前の行儀見習いの準備に王都へ来るように、とのことだった。

セシリアの手紙の内容は、今までの労をねぎらうので、期間が終了後こちらへ来るようにとのこと。

つまりルーシー・アンとの勉強が終わればそのまま一度二人で王都へ来いということか。

「…よかった、とりあえず王都まで先生が一緒にいて下さる」

ルーシー・アンが夕食後、セシリアの腕にすがって言った。

「でも私、先生と別れたくない…」

可愛い教え子がこんなにも別れを惜しんでくれるなんて。

彼女も日に日に元気をなくしていた。

口数も少なくなっており、冬からの行儀見習いに心が不安になっているだろうと感じていた。

そんな教え子をセシリアは優しく抱きしめた。

「私もです、ルーシー様。こんなにも大事な教え子は後にも先にもできないでしょう。私も本音を言えば離れがたい気持ちでいっぱいです」

この仕事が終われば、あの故郷へ帰り、仕事があれば出て稼ぎを父に渡し、仕事がないときは父の手伝い、そして面倒を見ていく。

セシリアの残りの人生はそれで片づけられる。

今だけしかない、この「宝」を大事にしよう、とセシリアはルーシー・アンの艶めいた髪をなでた。


王都までの道のりは思ったより遠くもなかった。

馬車で2時間ほど揺られ、鉄道に乗り換え、そこから半日。

そんなものなのか、とセシリアは少し拍子抜けした。

「鉄道が出来ましたからね。かなり違いますよ」

身辺警護もかねて同行する下男のゲイルが少し楽しげに教えてくれた。今日はいつもの作業服ではなくそれなりに仕立てのいいビロードの上着を着こんでいる。

髪も綺麗に撫でつけ、誰も田舎出の下働きの男とは思わないだろう。

「見違えたわ、ゲイル。素敵よ」

ルーシー・アンが素直に褒め称えると大男は流石に照れたように頭をかいた。

「王都にあるのが別邸のはずなんですが、見て驚かないで下さいよ。贅沢すぎて目を回しますから」

「まあ、本当なのですか?ルーシー様」

「…私はあまり好きじゃないの。本当、ゲイルの言う通り目を回します」

ここだけの話にしてね、と笑いあうルーシー・アンとゲイル。そのあとも王都の話を聞かせてくれるゲイルに、彼が王都に住んでいたという事実を知る。

「みんな元は王都の者です。まあ、色々ありまして。今はあそこが好きですよ。静かでいい。ユーリス様ものんびりしてくれてるでしょう?」

「兄様が?全然黙ってないわよ?」

「それだけ王都はせかせかしてるってことです。やれ朝からあの仕事だ昼からあれだ夜はこれだ」

手振り身振りでおどけるゲイルに二人は笑って、不安感を一時忘れることができた。


王都は確かに時間も空間も別物だった。

道をひっきりなしに往来する馬車、遠くから聞こえる鉄を打つ音、びっしり並ぶ建築物、行き交う人々。

すぐに手配してあった馬車に乗り込むことが出来たが、窓から見る景色にセシリアは息を飲んだ。

(…こんな世界があるなんて…)

狭い道に大きな荷物を運んでいく男、それにぶつからずにすれ違う人々、道行く者の服装。

自分の服装がいかに野暮ったいかを知ったが、むしろさっきから見かける真っ赤なドレスだのあちこちに花をつけた帽子だの見につけるほうが勇気がいる。

賑やかな大通りを抜け、少し静かな街並みになると、大きな宮殿のような建物ばかりになった。

その内に獅子を模した台座を両脇に構えた巨大な門に差し掛かった。

ルーシー・アンがぎゅっと手を握ってきた。

「ここです」



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