14 幸せ
その夜は祝宴となった。
ルーシー・アンとアーサーの婚約祝いだ。
まだ互いの親に報告もしていないのに、友人達が大盛り上がりし、なし崩し的に決まった。
アーサーは、自分の所は心配ないと言う。
鹿猟で訪れた時、彼の父もルーシー・アンを気にいっており、息子をけしかけたくらいだったのだ。
ライベッカ家とて、伯爵家が侯爵家の申し込みを断れるはずがない。
友人達はおろか、屋敷内の者達も喜びの声を上げ、厨房は他の者も総出で手伝って大わらわである。
セシリアも料理を作るのに参加し、いくつものケーキを焼いた。
「ほんとうに良かった。ルーシー様はこれで幸せになれる」
グレイスやアンが涙を流している。
「侯爵様ならきちんとお守りしてくれるわ」「そうだそうだ」
ルーシー・アンはずっと顔を真っ赤にしている。
嬉しさと気恥ずかしさでいっぱいのようだ。
とっておきのドレスをグレイスたちが用意し、いつもと違って少し大人っぽく飾りたてられた。
可憐さが倍増し、セシリアも女中一同もため息をついて見とれた。
賑わう中、一人憮然としているのがユーリスだった。
まるで娘を嫁に出す父親のようで、周りは近寄りがたいのかそっとしておいていた。
「先生のお陰で、決心がつきました!」
セシリアの手をつかんでぶんぶんと振りながら感謝するアーサー。
いや、たしかにけしかけたが、こんな速攻で話が進むとは思わなかった。
「先生、本当にありがとう…」
ルーシー・アンが眩しい笑顔で微笑む。
「兄様ともきちんと話し合えました。…お陰で私、どんなに守られていたかも分かりましたの。兄様とずっと一緒にいたかったけど、いつまでも兄様だけに負担はかけたくないもの…」
「話し合えましたか。よかったですわ」
本当にほっとする。
こんなにお互いを大事に思い合っている兄妹が負の感情に流されてしまうのはいたたまれなかった。
ユーリスはともかく、今のセシリアの顔を見て二人の間にわだかまりはないと確信できる。
そのあと可愛らしい主役二人は男たちに囲まれ厚い祝福を受けた。
はやしたてたりアーサーについていろんな暴露話を出してルーシー・アンを笑わせたりしていた。
そんな大人になっていく少女を離れたところから見守っていると、隣にユーリスが座ってきた。
セシリアは少し緊張したが普通を装った。
だがユーリスがいつまでも無言でほおづえをついているのでなんだかますます落ち着かない。
「頬、大丈夫ですか?」
やがてぼそりとそんなつぶやきがきこえた。
「え、ええ。大丈夫です。かすったようなものですからお気になさらないでください。こちらこそでしゃばった真似を」「コックさーん!食料補給お願いしますー!」
一番大柄な友人がコントラバスのような大声を出したのでセシリアの声はかき消された。
「それに私が勝手に飛び出して、自分から向かっていったようなものなので。馬車に飛び出す当たり屋みたいなことをした人間ですね私」
「当たり屋…そんな言葉知ってるんですか。牧師の娘のくせに」
「教会が仲裁に入ることもありますから。あ、女が口にする類ではありませんよね…」
「そうですね、はしたないですよ」
「わっはっはっはっはっ」
どっと笑いが起こり、そっちを見るとルーシー・アンが泣き笑いをしている。
「幸せそうですね、ルーシー様」
「…そうですね。感謝しますよ、先生。僕からルーをとり上げてくれて」
不機嫌そうに話すユーリスに少し驚いた。そんな彼はめったに見たことがなかったからだ。
「あなたが余計なことをあいつに吹き込んだおかげで、トントン拍子に話がすすんでしまった。どうしてくれるんですか?婚約とはいえ、ルーはまだ13なんですよ。…さっきのことといい、お節介な人だな、と本当にイライラしました。もう手も口も出さないでもらえますか?」
優しさのカケラもなさそうな口調にセシリアは少し面食らったがすぐに笑った。
「いやです。また口も手も、なんなら足も出します。恨んでくれても憎まれても私は構いませんから。それでルーシー様が幸せになるのなら」
「…自己犠牲の神ティリアの化身にでもなりたいんですか。ご立派ですね」
「ユーリス様、わかってますから。そんなことをしても私はあなたを憎みませんから、諦めてもらえますか?」
「………」
さっきからユーリスはほおづえをついたままこちらを見ない。
「ルーシー様ったらさっき、ユーリス様とずっと一緒にいたいけど負担をかけたくないっておっしゃったんです。それじゃアーサー様の所へ行くのはユーリス様の為、みたいでなんだかおかしかったです」
ユーリスはなんの反応もしないがセシリアは構わず話した。
「私、ここに来て本当に良かったと今日、心底思いました。こんなに互いを思いやる兄妹って見れてなんだかすごくうれしくなるんです。お二人に出会えてよかったなって。ユーリス様もルーシー様と同じくらい幸せになるように私は…」
「やめて下さいよ先輩ー!それは言わないでください!」
「だったら将来俺を侯爵家で優遇しろー!」
「あははははー!」
笑いが幾つも重なる。
にぎやかだなあ、とそちらを見て感心していると、耳元に軽く吐息がかかった。
「ありがとう先生」
振り返るとユーリスは席を立って部屋の外へ向かっていた。
セシリアは微笑んでそれを見送った。




